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企業と法律 第17回「インサイダー取引疑惑」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

今日は、バレンタインデーですね。最近は、あまりドキドキしなくてなんとなく残念です(笑)。2月14日に関して言えば、私は10代のころは朝から意味なくウキウキしました。。。まあ、オッサンになったということでしょうか。

今日のテーマは、バレンタインデーとは、全く関係ありません。今回は、餃子中毒の事件とJT社(日本たばこ産業株式会社)株の株価について、考えてみたいと思います。

餃子中毒事件は、日本の食の安全や食料自給率の問題、日中のメディアによる報道姿勢等、様々な問題提起をしました。昨年の一連のいわゆる偽装問題と決定的に違うのは、現に被害者が発生している点でしょう。現状は、故意犯か過失犯かも不明な現状であり、推測を含めた様々な情報が飛び交っていますが、再発しないことと被害者が一刻も早く回復することをお祈りしたいと思います。

ところで、同事件が発覚したのは、先月(2008年1月)30日でした。ところが、今回の事件で問題となった餃子の販売元であるJT社の株式は、2日前の28日から急に落ちています(もっと言えば、事件が起こった12月末からも落ち続けています。※1)。

このことで、売り注文は、インサイダー取引だったのではないかという推測がされています。この推測が、正しいものか少し考えてみたいと思います。

もしインサイダー取引だとすると、原則として、(1)インサイダー(会社関係者)又は一次情報受領者であり(※2)、(2)重要事実を知って、(3)公表前に、取引を行ったことが要件となります。

今回の内容は、少なくとも「業務遂行の過程で生じた損害」や「運営、業務又は財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」に該当しそうですので、(2)の重要事実にあたる可能性はかなり高いと考えられます。また、今回の事件は、新聞報道とJT社のIRを比べると新聞報道が先行していたと思われますので、新聞報道よりも前(※3)の取引は、(3)の公表前に該当する可能性もかなり高いと考えられます。

したがって、今回は、売主が、(1)インサイダー又は一次情報受領者にあたるか、が最大の問題となります。

インサイダーとは、会社の役員や従業員はもちろんのこと、主要株主やアルバイトも含まれます。また、会社と取引をしていた人もインサイダーにあたる場合(※4)があります(「一次情報受領者」ではない点に注意)。

今回の売主が会社の役員や従業員、そしてこれらの人から情報を入手した人であれば、インサイダー取引の可能性は非常に高いのは当然ですが、役員や従業員ではなく、会社とは全く関係なく、独自に事件の情報を入手した場合を考えたいと思います。

まず、ニュースとして知りうる者としてはメディア関係者が考えられます。メディアの取材では、被害者のみではなく、関係する会社からも話を聞くのが常でしょうから、一次情報受領者又は一次情報受領者の関係者(※5)に該当し、インサイダー取引となる可能性が高いです。

次に、JT株を運用するファンドのマネージャーが実際に家族等の身近な人が被害にあった場合を想定してみましょう。そのファンドマネージャーが事件の深刻さを認識して(※6)、即座に売り注文を出した場合はどうでしょうか。この場合、会社やインサイダーとなんの接触もないのであれば、そのファンドマネージャーは、インサイダーでも、一次情報受領者にも該当しませんので、問題なく取引できそうな可能性は高いと思われます。

最後に、最悪の場合として、空売りで儲けるために、故意に毒を混入したケースを想定してみます。このような行為が殺人未遂罪に該当する可能性は高いですが、インサイダー取引はどうでしょうか。この場合も、その行為者は、インサイダーや一次情報受領者とはいえませんので、インサイダー取引には該当しません。ただ、相場変動目的の暴行の罪(金融商品取引法158条。※7)に該当する可能性は否定できません。

今回のJT社株の問題は、確かにグレーではありますが、事件が事件だけに、黒に近いとも白に近いともいえないところがあるのではないかと考えられます。いずれにせよ、あまり推測を積み重ねても仕方がないところがありますが、こういう事例を、インサイダーはどのような場合に該当するのか(「構成要件」といいます。)を再認識していただく機会としていただければ幸いです。

また、誤解されがちな点の再確認となりますが、捜査機関にとってインサイダー取引は決して立証が難しいタイプの犯罪ではないという点を認識いただければ幸いです。株式の売買等は、簡単に証拠に残りますので、売買等をした事実の立証は容易です。また、上記の(1)から(3)までの要件のうち、(2)や(3)は客観的に決まりますので、(第三者の証言や客観的な立場から)インサイダーや第一次情報受領者であることさえ立証できれば、基本的には犯罪としての立証ができてしまうわけです。くれぐれも「ばれないだろう・・・」等と思って、インサイダー取引に手を出して、一生を棒に振ることは避けていただきたいと思います。

P.S. 今回の事件では、日中のメディアの報道対応が全く異なることも注目されました。この場で、いずれが良いとか悪いとかを議論するつもりはありませんが、メディアの報道から一定のバイアスを排除するのはほとんど不可能であることは皆さんもご存知だと思います。昨日のエッセイ「バフェット氏の提案と株価」「ポスト(アメリカ流)資本主義」でもありましたように、報道から「事実」の部分を抜き出し、その事実を確認できるものは自ら確認し、自分の頭で考えるという作業は大事だと思います。


※1 昨年末以来、日経平均も下がっているため、事件やインサイダー疑惑の根拠として取り上げてよいかについては、慎重を要します。

※2 今回の事件は、ジェイティフーズ株式会社で生じた事件ですが、JT社(日本たばこ産業株式会社)の100%子会社ですので、基本的には同じ扱いだと考えて問題ありません。

※3 厳密には、新聞報道との関係では、「2以上の報道機関へ重要事実が公開され、その後、12時間経過した場合には、公表されたものとする」というルール(いわゆる12時間ルール)があります。他の「公表」とみなされるための要件については、割愛しています。

※4 会社と契約を締結している者又は締結の交渉をしている者は、当該契約の締結若しくはその交渉又は履行に関して重要事実を知って、取引を行うと、インサイダー取引になります。

※5 職務上伝達を受けた者が所属する法人の他の役員等であって、その者の職務に関し当該業務等に関する重要事実を知った者は、一次情報受領者と同様に、重要事実の公表後でない限り、売買等をすることはできません。

※6 上記のような情報程度で、(会社に確認もしないで)ファンドのお金を運用するかは、疑問がないわけではありません。原因が餃子にあるのか、メディアが取り上げるのか否か等、一消費者レベルでは確信が持てないことも多いようにも思いますので、現実的は犯罪といえるかは検討の余地があります。

※7 金融商品取引法158条は、通常、風説の流布が問題となる規定ですが、相場の変動を図る目的をもって、風説の流布や偽計を用いることや、暴行や脅迫をすることが禁止されています。なお、有毒物質の使用が「暴行」にあたるかという論点については、争いがあります。

2008年2月14日  M.Mori
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