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企業と法律 第38回「村上ファンド事件高裁判決」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

さて、今月3日、1年半前に地裁判決が出た村上ファンド事件の控訴審判決が東京高裁で言い渡されました。

今回の判決で注目されたのは、重要事実と執行猶予です。

1.重要事実

東京高裁は、重要事実の範囲について、地裁の判断を誤りとして、「ある程度の具体的な内容を持ち、実現を真摯に意図しているものと判断されるものでなければならず、それ相当の実現可能性が必要」と述べたとのことです。地裁判決は、「実現可能性がまったくない場合は除かれるが、可能性があれば足り、その高低は問題とはならない」と判断していることからすると、重要事実の範囲が狭くなったようにも思われます。

そもそも、重要事実とは、発行会社の決定事実、発生事実、決算情報、その他投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすものに加えて、子会社にかかる重要事実も重要事実になります(ちょっとトートロジーですが、ご容赦ください。)。

決定事実というのは、新株発行や減資、合併、株式交換、剰余金の配当等、M&Aやファイナンスの決定を言います。発生事実は、地震や火事等の事故や上場廃止になってしまうような事件を意味します。決算情報は、売上等の予想と差がある場合です。ここまでは金融商品取引法上、明確にされています。

で、インサイダー規制との関係では、会社が合併するぞ!という内部情報をどの段階で知れば、取引できなくなってしまうんだろうというのが大きな問題となります。取締役会で決議されてから発表までの間に取引をしては行けないことは、誰でも感覚的に理解できるところです。でも、大きな上場企業で、取締役会が開催されるまで、取締役会決議の結論がわからないなんてことはまずないはずです。

取締役会に議案が上程されるときには、普通は結論が見えているはずです。そういう時に、その情報を利用して取引をすれば、機関決定前であってもインサイダー取引になることも理解できます。では、どこまで遡(さかのぼ)ればオッケーになるのでしょうか。そこで、合併の話がどこまで進んだらアウトかというのが問題になります。

合併するかもしれないけど、可能性はとても低い段階・・・たとえば、複数の合併候補先がいて、戦略的にどうするかまだ全然煮詰まっていない段階というかなり検討の初期の段階について、地裁の「実現可能性がまったくない場合は除かれるが、可能性があれば足り、その高低は問題とはならない」という基準では、インサイダー取引になりそうですし、今回の高裁判決だと、相当の実現可能性があるとまではいえないからセーフというのは考えられそうです。

これだけ考えると、高裁判決の方が合理的なように思います。

しかし、合併の意思決定等どの時点から重要事実になるのか不明であることは変わりません。代表取締役が相当強い決意を持てばアウトなんでしょうか。判例が蓄積されて、徐々に明確になっていくものだとは思いますが、刑事罰が課される規定で、こんな曖昧な規範で本当によいのだろうか、という疑問は残ります。

実務的には、M&Aの交渉に立ち会っている人から、今の状態で、「相当の実現可能性あり」としてインサイダー規制の重要事実になりますか?と聞かれると、重要事実になる可能性がないとはいえない(=大丈夫とは断言できない)と回答するケースはまだまだ多いと思います。

2.執行猶予

今回の事件では、地裁で実刑(懲役刑)だったのに、高裁では執行猶予という点が注目されています。

実刑だと、刑務所に行かなければなりませんが、執行猶予では基本的に自由の身となります。大きな違いです。

この大きな違いは、どこから来ているのでしょうか。

報道によると、今回の高裁判決は、「もっと具体的な情報でなければ、規制の対象となるインサイダー情報には該当しないように考えていたとうかがわれる」としていたとのこと。何を情状酌量の事情として斟酌するかは裁判官の判断です。しかし、このような認識は、それほど情状酌量として大きな意味を持つとは思えません。

なぜなら、違法かどうかより、自分だけが知っている内部者情報や内部者的情報により、市場参加者より有利な投資活動ができた点には変わりなく、少なくとも有罪認定しているということは、本人の違法性の意識の大小はともかく、相当の実現可能性があった重要事実を知って取引していたのですから、違法にはならないだろうと本人が勝手に思っていた・・・なんていう理由で刑が軽くなるのは、少し理解できません(しかも、何せ彼はプロ中のプロとのことですので、なおさらです。)。

これは報道ベースでの検証ですので、他の情状酌量の事情も併せて検討したいところですが、経済事犯に対する目が厳しくなる流れの一方、村上ファンド代表の件では、インサイダー取引による起訴が本当に適切であったのかという検証もぜひ行われてほしいところです。

2009年2月5日  M.Mori
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