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企業と法律 第35回「増資の手段~株主割当増資~」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

板倉雄一郎事務所パートナーの森です。

報道を見ると、パナソニックの三洋電機買収の交渉は、相当難航しているようですね。三洋電機の事業で魅力的な部分が少ないため(他の部分は、買収側にとって負担が大きいため)、買収にどれだけのお金をかけるべきか、非常に悩ましいところでしょう。場合によっては、ディールが破たんするかもしれませんね。

(なお、もちろん私は、公私ともに本件に一切関与しておりません)

さて、今回は、法律の一般論です。

この不況下では資金調達が難しく、このことが経営再建に影響を与えているケースは多いです。株価は低いし、銀行は貸してくれないし・・・というわけです。まさに「晴れた日に傘を貸し、雨の日に返してくれと言いに来る」わけです。

このような場合に、どうしても資金調達したい会社が採れる手法には、何があるでしょうか。

もちろんリストラや資産売却が事実上の資金調達効果を生む場合はあるでしょう。しかし、これらの方法には、将来のキャッシュフローを減らしてしまうリスクが潜んでいます。事業態様を変えずに、資金調達をするためには、どのような方法があるでしょうか。

その答えの一つが、「株主割当増資」です。

企業が増資をする場合、通常は公募や第三者割当増資が用いられます。公募は、株式市場を通じて広く様々な投資家に株式を買ってもらう方法です。第三者割当増資は、特定の第三者に株式を引き受けてもらう方法です。

公募の方は、証券会社のホームページでも、見かけると思います。公募やIPO(IPOも公募の一種です。)が行われると、それらの募集についての告知が証券会社を通じて行われます。

第三者割当増資は、三洋電機が大和証券、三井住友銀行、Goldman Sacksに優先株を割り当てたケースや、Goldman Sacksがバークシャー・ハサウェイに優先株を割り当てたケース等があります。PIPEsと呼ばれることもあるようです。

最近話題となっている増資には、次のようなものがあります。それぞれを検討してみましょう。

・三菱UFJフィナンシャル・グループの増資

1兆円増資で話題になりました。これは、公募増資と優先株式の第三者割当増資のあわせ技です。銀行の増資については、単にお金の不足だけの問題ありません。バーゼルⅡと呼ばれる国際的な自己資本比率規制を維持するために、銀行からの貸付先があまりなくても増資をする必要が生じます。これは、「お金」が必要というより、会計上の「自己資本」を主目的とした増資といえるかもしれません。

・Goldman Sacksがバークシャー・ハサウェイに優先株を割り当てたケース

これも同じく金融機関の増資です。この件では、Goldman Sacksが第三者割当の方法により、優先株式を割り当てています。優先株式の内容としては、10%の優先配当(普通株主が配当を受け取る前に、配当をもらう権利)が付いてたり、安くて普通株式を買える権利(5年以内の希望の時期に、1株当たり115ドルで50億ドル(約5,300億円)分の普通株を追加購入する権利)がついているようです。

ちなみに、私がこの話を聞いた時は、ソロモン・ブラザーズがウォーレン・バフェットに優先的な転換社債(利回り9%!)を割り当てたケースが頭をよぎりました。もちろん同じ証券会社とはいえ、Goldman Sacksはソロモン・ブラザーズと得意分野や体質、財務内容、市場環境、経営陣、法的規制等、様々な点で異なります。ただ、この先、バフェットとGoldman Sacksは、どのような関係を築いていくのか、非常に興味があります。

・GMへの救済プラン

アメリカ政府がGM等を救済するには、資金注入しかありません。今回の資金供給に用いられるのは、貸付けなのでしょうか。それとも、やはり優先株になるのでしょうか。現実的に考えると、事実上の再生手続きのような形で、コストカットに加えて、資産売却、負債圧縮、100%減資等を行った上で、優先株で出資するくらいでないと、アメリカ政府としては、受け入れられないと思います。

資金の必要性(問題の根本)が従業員の給与・年金等の社会保障だとすると、つなぎ融資(貸付け)では、本当に焼け石に水としか言い様がありません。(アメリカでは、砂漠に水を撒くようなものと言うそうですが・・・)

普通に考えて、民事再生(連邦倒産法第11章:Chapter 11)を申し立てて、債務を圧縮し、立て直すのが筋でしょう。というか、このままでは、恐らく、そうならざるを得ないのではないかと思います。(この場合、日本経済への影響も甚大でしょう。)

この件では、日本の国鉄の労使紛争も頭をよぎるのですが、個人的には、今年のイタリア旅行で非常に不安にさせられたアリタリア航空です。私の出発直前に、イタリア版民事再生の申請があり、フライトキャンセルの可能性が伝えられたため、旅行代理店にフライトチェンジを交渉しました。

再生申立て後も、ベルルスコーニ首相も交渉に乗り出し、エールフランスやルフトハンザ、国内のベネトン等の企業グループ等様々な企業に救済を求めました。このとき、交渉のネックになっていたのは、GMと同じく、労組でした。11月には、パイロット・乗務員によるストライキで搭乗便がキャンセルなりました。端から見ると、「破綻したら全員首」なのに何で・・・と思うのですが、リストラ対象の当人にしてみれば、破綻しても首、リストラ策断行でも首であれば、ストライキを起こした方が目があるかもしれないことに考えることになるのでしょう。。。解決が難しい問題です。

さて、これらのような大型で優良の案件や逆に社会不安が極めて大きい案件であれば、条件さえ整えば、第三者割当てによって、パワフルな株主が引き受けてくれる可能性も高いでしょう。

しかし、世の中、このような会社ばかりではありません。ある程度、強制的に割り当てることによってしか、増資できないケースもあるのです。株主割当増資は、これらの典型的な増資方法とは異なります。すべての既存株主に対して、「1株あたり○円で新株を引き受ける権利」を与えて、払い込みを行った株主にのみ、新株が割り当てる方法を「株主割当増資」といいます。ポイントは、全員の株主に、「1株あたり○円で新株を引き受ける権利」が割り当てられるため、出資して株式を引き受けないと、持ち株比率が下がってしまう点です。

昔は、上場企業の資金調達方法としても、割と多く用いられていましたが、最近ではあまり用いられることはありません。株主割り当ての方法では、いくらの資金が調達できるか、予め見通しが立たない上、既存株主に、「お金を出さなければ、持ち株比率を減らしますよ!」というメッセージを与えることになりますので、評判があまり良くないということにあると思います。ただ、今回のような不況で、「とにかく、ちょっとでもいいので、現金が欲しい!背に腹は代えられない。。  でも、今さえ乗り切れば、なんとか立て直せるかもしれない。」という会社であれば、株主割当増資を行う企業も出てくるかもしれません。

保有している銘柄で、株主割当増資が実施されそうになったら、どうすればよいでしょうか。具体的には、ある会社の株式を持っていると、その会社から、「平成○年○月○日現在の株主に対して、○円で当社の株式を割り当てます。」という発表がなされた場合に、どのような行動をとるかということでしょう。

発表当初は、追加投資なんてできないよと考える株主の売りがでて(or 業績が想定以上に悪いことの根拠としてとらえて)、売りが殺到するかもしれません。この場合、新株を引き受けるべきでしょうか。それとも、引受権の行使を避けるべきでしょうか。

調達した資金がどのような投資に使用されるのかが重要なことはいうまでもありません。従業員の給与や社会保険、運転資金に使用されるのであれば、ROI(ROIC)がWACCを上回っているかを見直す必要があるでしょう。すぐれた設備投資に使用されるのであれば(あと少しの資金で、新薬の開発・認証が完了する等のケースではありえると思います。)、応じたほうがよいでしょう。ただ、今回は、純粋にX円と理論株価の比較のみで、検討してみたいと思います。

X< 理論株価であれば、当然引き受けるべきでしょう。引き受けなければ、希薄化がおこりますので、こちらの資金の都合上、引受が難しいのであれば、割り当て日により前に、売却することをお勧めします。

一方、X > 理論株価の場合は、判断に迷うところです。引き受けなければ、1株当たりの理論株価(Value)は、増大するからです。しかし、持ち株比率は下がります。持ち株比率が重要な意味をもたないケースでは、引き受けなくてもよいかもしれません。ただ、持ち株比率に意味があるとき(あと少しで、50%を超える場合や33.3%を超える場合等)には、引き受けなければ、持ち株比率が低下し、影響力や交渉力が相対的に下がりますので、難しいところです。

今回、株主割当て増資をテーマにしたのは、すでに、非上場企業では、数は多くないものの、この方法による資金調達が行われつつあるからです。ひょっとすると、この動きが上場企業にも派生し、上場企業でも株主割当て増資が起きるかもしれません。

特に、無借金経営の会社では、民事再生を申請して、債務を圧縮して会社を立て直すという方法は難しいです。まだ、事業本体は大丈夫なのだけど、運転資金が不足しつつある・・・という場合には、事業の健全性をアピールしたうえで、株主割当て増資が行われることもあり得るでしょう。

(注)本エッセイは、具体的な案件についてのアドバイスではありませんので、現実の具体的案件については法律や会計の専門家にご相談下さい。

2008年12月16日  M.Mori
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