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企業と法律 第39回「株式の譲渡制限制度と日刊新聞法のルール」

(毎週木曜日は、パートナーエッセーにお付き合いください。)

昨日(2月18日付け)の日経新聞1面に、どーんと大きな文字で、「日経側の勝訴確定」という記事がありました。自社の勝訴は、やはり大きな記事になるようです。この取り上げ方自体が中正公平な報道かは私には判断つきかねる問題です。

ところで、この記事を通じて、株式の譲渡制限制度を考えてみたいと思います。


1.日経新聞事件の概要

この事件は、元社員Aが元社員Bに株式を譲渡したところ、日本経済新聞共栄会が元社員Aからその株式を買い戻す権利に基づいて、その株式を取得したと主張し、元社員Aが保有していた株式が元社員Bのものなのか、日本経済新聞共栄会のものなのかが争われた事件です。

日本経済新聞共栄会が買戻し権を主張する前提として、①日本経済新聞社は、株式の保有資格を原則として現役の従業員又は役員に限定し、従業員等が退職等により資格を失った時等には現役の従業員等に株式を引き継がせることを内容とする社員株主制度を採用している、②日本経済新聞共栄会は、持株会であり、共栄会から従業員に対しても1株100円、従業員から共栄会が買い戻す場合も1株100円で行う旨のルールが成立していた、③元社員Aはそのルールの存在を認識した上、1株100円で日本経済新聞社の株式を購入した等という事実関係があります。

元社員A側としては、このルールは会社法の譲渡制限ルールより厳しいものであり無効であり、また、1株あたりの金額が不当であるので、元社員Bへの譲渡は有効であるという主張だと思われます。

2.日経新聞事件の特殊性

まず、日経新聞社は、日刊新聞紙を発行する会社は、「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律」という特殊な法律が適用されます。

この法律の第1条には、次のように書かれています。

日刊新聞法第1条
一定の題号を用い時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社にあっては、定款をもつて、株式の譲受人を、その株式会社の事業に関係のある者に限ることができる。この場合には、株主が株式会社の事業に関係のない者であることとなったときは、その株式を株式会社の事業に関係のある者に譲渡しなければならない旨をあわせて定めることができる。

このとおり、日経新聞は、定款に規定を置くことにより、株主が事業に関係のない者となった場合、売渡の強制ができるのです。

一般の会社では、定款でこのような売渡強制条項を置くことはできません。

本件では、このような特殊事情を前提にして、さらに従業員持株会的な組織である日本経済新聞社共栄会の独自ルールの正当性が争われたものでした。

3.1株100円の固定金額制度

株価はDCF法で求められるのであるから、固定金額性は不当とする考えもないわけではありません。しかし、ここでは、(判決と順番は異なりますが、)①もともと譲渡価額を理解して株を買っていた、②取引する場はなく、(共栄会が買い取ってくれるので)下値リスクがないため、上値がなくても不合理ではない、③日刊新聞法第1条に基づいたルールによって現役の従業員のみに株券を交付するというルールを設けているという理由から、固定金額性を含めて、妥当であるとしています。

結論から言えば、私は、この考え方はやむを得ないと考えます。おそらく、一番大きな要素は、「当事者において合意がある」ということに尽きると思います。有効な意思表示によって合意された譲渡価額が無効といえるのは、公序良俗に反するような場合等に限られますので、1株100円は公序良俗に反するとまではいえないという判断はやむを得ないでしょう。ほとんど、再売買の予約に近いものではないでしょうか。

1株100円は公序良俗に反するとまではいえないという判断について、この日経新聞の株は、上場株式のようにキャピタルゲインとインカムゲインを前提にした株とはかなり性質の異なる株式になっているという要素は大きいでしょう。日経新聞の株は、上場株式とは大きく異なり、ほとんど劣後債権に近い(利益がなくなれば、配当(利息)がないという点は異なる。)性質を有しているように思います。日経新聞を銀行に、株主兼従業員を預金者に、配当を利息に見立てていただければわかりやすいかもしれません。この場合、株主が実際に得るキャッシュ(配当)を基にしてDCF法で算出する方式(配当還元価額方式と言われる。)も考えられないわけではないですが、将来の配当の予測と割引率という変動要素が大きいですので、それなら予め合意した価額でも不当ではないということだと思います。

4.「譲渡制限制度」と「外部からの不当な干渉の阻止」と「公平中立な報道機関」

さて、一般の会社では、このような株式譲渡ルールを設けられないのでしょうか。

上場企業は、株式譲渡に制限を課すことができませんので、このような株式譲渡ルールを設けることはできません。一方、日本の大半の会社である非上場会社のほとんどは譲渡制限会社です。これらの譲渡制限会社では、株式の譲渡について取締役会(株主総会)の譲渡承認が必要とされており、承認がない場合は、会社側で譲受人を選ばなければなりません。

先ほどもお伝えしたように、一般の会社では、定款で売渡強制条項を置くことはできません。しかし、譲渡制限会社であれば、株主が保有株式を売りたいと言った場合に、会社がその株式譲渡を拒否し、(株主が持ち続けるといわない限り)会社が譲受人を指定することができます。想定外の第三者が株主になることを防ぐことができます。

要するに、売渡強制条項以外は、一般の非上場の会社でも可能です。外部からの不当な干渉を阻止するというのは、一般的な譲渡制限会社と同じです。

しかも、持株会規約や株主間契約という予めの株主間の合意という形をとれば、売渡強制条項や予めの譲渡価額の合意も許される可能性が高いでしょう。従業員持株会について、判例は、基本的に、従業員が自由な意思で制度趣旨を了解して株主になった以上、当該条項は有効と解しています(譲渡価額については問題とされるケースがあるかもしれません)。

昨日の日経新聞の26面では、最高裁が同社の株式譲渡ルールについて、合理性があると判断したことを以って、「まさに編集・経営の独立を保持するための基盤であり、最高裁判決も報道機関の独立性、中立性に深い理解を示したと受け止めています。」「日経は社員持株制度を今後も維持し、国民の知る権利に奉仕する中立公平な報道を続けていきます。」という見解を述べていますが、流石に論理の飛躍があるように思います。

何も、報道機関の独立性・中立性が重要であることに異論を唱えるつもりはありません。特に国家権力からの独立は国民の知る権利との関係で重要だと思います。ただ、今回の最高裁判決では、どこにも「報道機関の独立性・中立性」の話は出てきません。最高裁判決は、日経新聞の株式譲渡ルールは不合理ではありませんよと言っているに過ぎず、しかもこのようなルールは、(定款ではなく、持株会規約等の契約形態によって)一般の会社であっても認められる可能性があるものです。

訴訟の当事者として勝訴して嬉しい気持ちはわかるのですが、この判決をもって、「言論の独立確保へ合理性」「中正公平な報道継続 使命」と堂々と謳われても、そのような報道姿勢はミスリーディングであると言われても仕方ないようにも思います。


2009年2月19日  M.Mori
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