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企業と法律 第19回「よくある勘違い?!(自己株式ふたたび)」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

暖かい日が多くなってきましたね。
春が近づいて来ているのが実感でき、気分もウキウキしてきます。

今回のテーマは、自己株式です以前にも取り上げましたし、BTB第2回「自社株買い」でも取り上げられていますが、よく勘違いが発生するので、もう一度取り上げたいと思います。最近では、トヨタやファナック等、日本有数の大企業が、株価の低迷(経営者が「価値>価格」と判断する状況)を受け、自己株式の取得をしており、自社そのものが最大株主となっている会社すらあります(そのように表記されてしまいます)。この自己株式の取扱いを誤ると、バリュエーション等をする上で影響が大きいのは勿論のこと、会社の意思決定の意味を履き違えてしまうことになりますので、十分理解していただきたいところです。

先日も、とある日刊の経済系の新聞で誤解を招きそうな表現がありましたので(2008年3月10日ITAKURASTYLE「第29回合宿セミナーランナップ」のPS参照)、この記事を中心に検討してみたいと思います。

この記事では、次のように表現されていました。

「自動車部品のヨロズは、保有する自己株式二百十五万株(発行済株式の10%)を処分すると発表した。JFEスチールやスズキなど六社に二十四日付で割り当て、三十一億円強を調達する。・・・(中略)・・・ヨロズは日産自が系列解体を進めたことを契機に発行済み株式の30%強にあたる六百六十万株の自社株を保有。投資家などから消却を望む声が膨らんでいた。株主にとって金庫株の活用が進んだのは一歩前進だが、資金の一部を持ち合いに使うこともあり、資産効率の改善が今後の課題となる。」

結論を先に伝えますと、
ファイナンス的にも、会社法上も、

「自己株式の処分」  「自己株式の消却」
「自己株式の処分」  「株式の発行」

であり、

「投資家などから(株式の)消却を望む声が膨らんでいた」
 ↓ 
「自己株式を処分した」
 ↓ 
「株主にとって一歩前進」

というのは、正直なところ、読んでいて「???」となりました。

1.自己株式の性質

自己株式は、会社が何らかの事情で取得した自己の株式です。それゆえ、通常の有価証券とは異なる特徴があります。

① 議決権がない
② 配当請求権がない
③ 残余財産分配請求権がない
④ 資産性がない(資産の部には計上されない)

①~③は、会社法上の特徴です。④は、会計上の特徴です。

これらの性質から、次のような特徴が導けます。

(1) 自己株式を消却してもしなくても、企業価値に影響は全く変化しない
(2) 自己株式を第三者に渡す(処分する)場合、新株発行と同じ手続が必要

自己株式の処分と新株発行は、金銭等の払込を受けて、株式を交付する手続という意味で、全く同じです。実際に、会社法は、新株発行と自己株式の処分を同じに扱っています(会社法第199条(※1))。

2.自己株式の処分

「処分」という名前が勘違いを生む原因かもしれません。ここでは、「譲渡」くらいの意味で理解していただければ問題ありません。要は、会社から自己株式が第三者に移動することを意味します。自己株式は、普通の株式にあるはずの権利がなく、資産性もありませんから、会社が新株を発行することと、自己株式を譲渡することは、基本的に何ら代わるところはありません(※2)。
従って、考え方は、新株発行と同じです。

例えば、もともと1株あたりの株主価値が1500円の会社が、1株あたり1400円で新株発行をする場合は、既存株主の1株当たりの株主価値は、減少します(これを「ダイリューション(希薄化)」といいます)。

自己株式の処分も同様に、1株あたりの株主価値が1500円の会社が1株あたり1400円で自己株式の処分を行えば、既存株主の1株当たりの企業価値は、減少します。

ちなみに、今回の株式会社ヨロズの自己株式の処分を見てみましょう。

株式会社ヨロズのホームページには、このようにあります。

3月7日「第三者割当による自己株式の処分に関するお知らせ」
3月8日「自己株式の処分に関する取締役会決議公告」

いずれも、第三者割当ての方法で、1株につき 1,465円、払込期日平成20年3月24日とする「自己株式の処分」を行ったことが明確にされています。

直前の時価とほとんど変らない金額での第三者割当ですので、直ちに希薄化が生じたとはいえないでしょう。(ただ、「時価<株主価値」であれば、希薄化は生じているでしょう。)
このように、手続のみならず、ファイナンス的にも新株発行と自己株式の処分は同じなのです。

3.自己株式の一生

ここで、まとめとして、自己株式が生まれてから死ぬまでを見てみたいと思います。

自己株式の一生は、
自己株式の取得  →  保有(金庫株)  →  消却/処分

ですね。

自己株式は、最終的には、消却されるか、処分されるかとなり、そうでなければ、放置(保有)され続けます。

ちなみに、自己株式の消却とは、単純にこの世から自己株式(金庫株)を消し去ることです。取締役会決議のみで可能ですし(会社法第178条)、非常に簡単です(※3)(※4)。とりあえず、会社の価値に何らの影響も与えないということがわかっていただければ問題ないです。あるブログで、自己株式の消却は、「資本効率の向上」に貢献するとか、「一株あたりの利益も、純資産も増えます」と書いているのを見たことがありあすが、見かけ上はありえますが、実質的には変わりません。仮に生じているとすれば、自己株式を「取得」した時点で生じているのです。

ここで、自己株式の一生について、問題形式にしてみましょう。「○」か「×」か「わからない」か「場合による」で答えてみてください。

【質問】
(1)会社が自己株式を取得すると、その会社の企業価値は上がる。
(2)会社が自己株式を取得すると、その会社の株価は上がる。
(3)会社が自己株式を取得すると、その会社の1株あたりの株主価値は上がる。
(4)会社が自己株式を取得すると、資本効率がよくなる。
(5)会社が自己株式を消却すると、その会社の企業価値は上がる。
(6)会社が自己株式を消却すると、資本効率がよくなる。
(7)会社が自己株式を消却すると、PERが上がる。
(8)会社が自己株式を処分すると、その会社の企業価値は上がる。
(9)会社が自己株式を処分すると、資本効率がよくなる。

【答え】

(1) 「×」 
会社からキャッシュアウトしますので、企業価値は下がります。

(2) 「わからない」
株式市場にはミスターマーケットがいますので、株価なぞ、どうなるか誰にもわかりません。短期的な需要が増え、上がるかもしれませんし、割高時の取得と判断され、下がるかもしれません。

(3) 「場合による」
「1株あたりの株主価値 > 自己株式の1株あたりの取得価額」であれば、1株あたりの株主価値は上がるでしょう。逆であれば、下がります。

(4) 「○(場合による)」
会社が自己株式を取得すると、余剰現金が減り、資本効率が上がります。ただ、事業資金や、将来の投資に必要な資金を社外に流出させることは、会社にとっては本末転倒です。成長期か成熟期か等の会社のステージを見極めましょう。

(5) 「×」
消却は、企業価値に何の影響も及ぼしません(登記に多少費用がかかりますが、これは通常無視できる程度でしょう)。

(6) 「×」
キャッシュ・資産の出入りが何もありませんので、資本効率は変わりません。

(7) 「×(但し、PERの定義による)」
キャッシュ・資産の出入りが何もありませんので、PERも変わりません。ただ、PERの定義において、分母の「1株あたり利益」を算出する際に、自己株式控除前の発行済株式総数を使用している場合では、そのPERは下がるでしょう(そのPERの定義は意味がない。逆に言えば、もう少し低い値が本来のPERであるにもかかわらず、高い値が算出されてしまっている。)(尚、このホームページをよくご覧になっている方がPERを重視されているとは思いませんが・・・)。

(8) 「○(わからない)」
自己株式を処分するのは、新株発行と同じです。会社に新たにキャッシュが入ってくるという意味で、その瞬間は、キャッシュの増加分、企業価値が増えます。但し、将来業績予測にマイナスの影響を与えるようなキャッシュの使い方が予想される場合は、企業価値にとってはマイナスかもしれません。

(9) 「×(わからない)」
自己株式を処分すると、代わりにキャッシュが入ってきますので、直ちに資本効率が良くなるということはありません。ただ、優れた設備投資等を経て、大きな目でよい資金調達と評価される可能性はあります。株式の持合に利用するのであれば、資本効率は悪いままです。

P.S.  以上のような企業の資金調達サイドにおける財務オペレーションと企業価値の相対的関係について板倉さんが200分以上!に渡り解説するDVD「財務オペレーションと企業価値」がこの5月に発売される予定ですので、お楽しみに! 企業の財務関係者は必見です!!

※1 
会社法
(募集事項の決定)
第百九十九条  株式会社は、その発行する株式又はその処分する自己株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、その都度、募集株式(当該募集に応じてこれらの株式の引受けの申込みをした者に対して割り当てる株式をいう。以下この節において同じ。)について次に掲げる事項を定めなければならない。
(以下、略)

※2
新株発行と自己株式の処分の手続は、厳密には、自己株式の処分には発行済株式総数の増減がなく登記すべき内容が異なるという点や、会計上の処理が少し異なるという店では全く同じではないですが、ここでは無視して良いと思います。

※3
自己株式の消却に比べ、自己株式の処分は、「募集事項の決定」(公開会社では原則、取締役会決議)や「2週間前までの公告又は通知等」が必要とされ、消却より遥かに面倒です。

※4
勘のよい方であれば、自己株式の処分=新株発行であれば、自己株式を取得すれば、その瞬間に消却するというルールにして、金庫株として保有することや、自己株式の処分を認めなくてもよいのではよいかという疑問をもたれると思います。その疑問は、極めて真っ当な疑問です。現実に、取得された自己株式が当然に消却の取扱いになる法制度もあるようです(江頭憲治郎著「株式会社法 第2版」(有斐閣)236頁参照)。

2008年3月13日  M.Mori
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