板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  ITAKURASTYLE  > ITAKURASTYLE「日本企業の資本効率」

ITAKURASTYLE「日本企業の資本効率」

一般的に、日本企業(←定義は、日本で起業し、本体の法人税を日本国に納め、利害関係者の大部分が日本人で占められている企業)の資本効率(←たとえばROEやROA。より厳密な意味のROICでなくてもOK)は、欧米企業に比べ低いとされています。

確かに、ROEを直接比較すれば、欧米企業に比べ日本企業の資本効率は低いです。

日本企業のROEの低さの主な原因の一つは、「余剰現金を(欧米企業に比べ)大量に保有する傾向がある」からです。

たとえば、余剰現金が豊富な任天堂(7974)の場合、7000億円ほどの現金を保有しています。
(以下、有価証券報告書から細かく「現金および現金同等物、非事業用の流動資産など」を拾った数値ではなく、四季報に記載されている範囲のざっくり数字をベースにします。)

この金額は、
同社の年間売上高(の過去数年の平均値)に相当し、
同社の簿価総資産およそ1兆7000億円の40%に相当し、
同社の簿価資本(株主持分)の60%に相当します。

業績好調の任天堂ですが、以上の現金を分母に加算したROAは11%、ROEは16%と、決して「資本効率のよい企業」には見えません。

企業全体の資本効率は、このように決して高くないのですが、余剰現金を控除した「(同社の行うすべての)事業の資本効率」は、(ざっくりですが)ROA17%、ROE38%と、実は(規模を考慮すれば)極めて高い資本効率を「事業の上では」実現していることがわかります。

任天堂に限らず、非事業用資産(←余剰現金など事業に直接投下されないであろう資産)が総資産に占める割合が高いのが日本企業の一つの特徴でもあります。

一方、余剰現金を多量に抱えていると、間違いなく株主から「配当しろ!」や、「(株価がその価値に比べ明らかに低いときに)自社株買いしろ!」などと間違いなく指摘される欧米企業の場合、事業に必要な「当面の運転資金などを除き」、余剰現金の多くは配当なり自社株買いなどによって、「株主に対する直接的なキャッシュフロー」として株主還元されます。
欧米の企業経営の考え方のお手本としてのマッキンゼーに言わせると、「年間売上高の2%以上の現金は事業に投下されない余剰現金とみなすべき」という話になります。

さて、企業の永続性を考えたときに、どちらの考え方が「正しい」のでしょうか?

これ、現代ファイナンス理論(←企業価値評価理論)から言えば、間違いなく日本企業の経営は「イケテナイ」ということになりますが、一方で、輸入⇒付加価値⇒輸出という「業績が外部環境に強く依存する日本企業のビジネスモデル」の経営者としては、「いざというとき(←成長のための投資の場合もありますし、業績が急減速したときのバッファという場合もありますし、株価がその価値に対して明らかに低くなったときの自社株買いの準備という場合もあります)」のために、資金に余裕を持ちたいという心理も理解できます。

たとえば、先に挙げた任天堂の場合、そのビジネスモデルが「コンテンツビジネス」であるがために、「当たれば業績がよくなるが、外れれば業績が急減速する」という業績変動リスクが極めて高いことを経営者が強く認識し、「外から見れば」有り余る現預金も、経営者の立場から見れば、「この程度は確保しておかなければ継続性に自信が持てない」ということになるのだろうと思います。
事実、任天堂の過去には、PS2にやられて業績が落ち込んだ時期もありました。

このような「考え方」および「環境」の違いが、日本企業と欧米企業の余剰現金に対する経営方針の違いとして表れ、結果として日本企業は、「事業効率は高いが、企業全体の資本効率は低い」という結果になるわけです。

一投資家から観れば、欧米の考え方のほうが明らかに都合がよいです。
「定期預金や国債投資するために、あなたの会社に投資したのではない!
 定期預金したければ、投資家が自分で直接定期預金する!」
という理屈は、100%同意できるものです。

しかし、経営者の考え方「だけ」が間違っていることが、日本企業の資本効率の低さ(=余剰現金の大量保有)につながっているのでしょうか。

僕は、経営者が余剰現金を抱える大きな理由の一つに、「(日本の)投資家のリテラシー低さ」があると思います。

上場企業の場合、株式を上場していることの利点として、「資本の呼吸」があります。
業績好調で、たんまりキャッシュフローを得られた期には、その大部分を配当や自社株買いなどによって株主に直接お返しし、また将来の業績拡大のために投資を必要とする場合、新株発行や有利子負債増によってそれを賄うという「資本の呼吸」を効率良く実現できる「仕組み」こそ、株式上場の本質的な意味であるはずだからです。

が、「新規投資のための増資」を発表すれば、「増資=ダイリューション」と思い込んでいる短絡的な投資家が大多数を占めているとすれば(←実際そうですが)、株価は下落し、下落した株価での新株発行は、(新株を引き受ける新しい株主にとっては有利ですが)既存株主の(少なくとも時価評価)を押し下げることになってしまいます。

本来、企業が成長のために資本を必要とし、増資を行うときに株主が判断しなければならないことは、
1、どの程度の株価での増資なのか(フェアバリューでの増資が最も望ましい)
2、その資金を投じることによって得られる事業価値が、投じようとする金額より大きいのか小さいのか(=NPVがゼロ以上なのか否か)
の二側面を評価した上で、「売り/買い」を判断すべきなのは言うまでも無いことなのですが、そんなことなど全くわからない投資家が日本の株式市場にはたくさん居るわけですから、経営者としても、「合理的な資本の呼吸」に対して懐疑的にならざるを得ないと思うわけです。

つまり、「一時的に株主になった」企業から、現金を引き出すときには積極的だが、企業が成長のために資本を必要なときには逃げ出すという投資家が市場の大部分を占めているとしたら、経営者が余剰現金を抱え込むのも無理は無いと思います。

一時的に大株主になり、配当をむしりとった後は、さっさと逃げ出す「投機家」のためだけに資本政策を行う気にはなれないという経営者の気持ちが、僕には良くわかります。

つまるところ、企業経営とは、当該企業のすべての利害関係者の立ち振る舞いによって決定されるわけですから、投資家が投資先企業について熟知していること、資本の原理を理解していることが、投資家自身と投資家として関わる企業の「経済価値の最大化」のために、最も必要なことになるわけです。

僕が、いわゆるトレーダーが企業価値を破壊する、と訴えている理由の一つが以上のようなことです。

投資家が成長しなければ、企業の成長も効率的に実行できないわけです。
投資家が理解していなければ、投資家自身の経済価値の最大化も効率的に行われないわけです。

日本企業の資本効率を下げている一つの原因が、投資家の短期的な身勝手な振る舞いにあるのではないでしょうか。
資本効率が低い企業の利害関係者で、最も損をする(=運用機会損失)のは、他でもなく株主なのに。

2008年5月28日 板倉雄一郎

PS:
とはいえ、以上のような真っ当な資本政策の上での、「仕方なく余剰現金を抱えている企業」はともかく、ファイナンスにも企業価値にも全く関心の無い(=理解の無い)なんちゃって経営者による余剰現金保有も、日本企業の場合には良く見かけます。
投資家は、「その違い」を見抜ける必要があります。





エッセイカテゴリ

ITAKURASTYLEインデックス