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ITAKURASTYLE「あなたの顧客は上司じゃない」

組織のヒエラルキーの中では、部下は上司の指示に従うことが求められます。

上司の指示が常に具体的で、明確であり、且つ事業目的に対して的確であることは、一般的に上司たるべき人間を高く評価する傾向がありますし、その上司の下で働く部下にとっても、「やりやすい」環境にあると認識されます。

しかし僕は、上司の指示が具体的過ぎることによって組織が組織として十分な価値を提供できないと思っています。

たとえば、企業の顧客に直接接する立場の営業マンの場合、顧客からのクレームや要望など、彼が直接感じた「現場の生きた情報」を可能な限り「言葉」や「数値」にして上司に対してレポートする義務を負います。

上司が優秀であれば、それらの情報を吟味し、的確で具体的な指示を出すことができ、組織は円滑に機能するように思えます。

しかし、営業マンが接する顧客は「生身の人間」ですから、営業マン自身が「感じた」顧客像を、言葉や数値によって100%伝えることはおそらく不可能です。
従って、不完全な情報に基づいた完全な判断は、結果として不完全な判断になりがちです。

また、上司の具体的な指示に従って行動する部下は、一般的に優秀な人間と評価されがちですが、それは完全なロボットにはなりえますが、組織の一員としての「付加価値」を提供しているとは言えません。

以上の簡単な例から分かるとおり、情報分析⇒判断⇒具体的で的確な指示を行える上司と、上司からの指示を忠実に実行できる部下のセットが、必ずしも企業価値を押し上げる要素にはなりえないということがお分かりいただけるのではないでしょうか。

このように、組織の価値を最大化できない理由に、

「部下が上司を顧客だと認識している」という状況が考えられます。

当事務所のパートナーとの間でCFOについて話していたときのことです。
ファイナンス理論に精通しているパートナーが僕に議論を投げかけました・・・。

「CFOの顧客は、CEOなのですかねぇ?」

もちろん僕は、即座に答えました・・・

「違うよ。投資家(=債権者+株主)だよ。」

 

僕は、普段自分が利用するホテルや飲食店などの評価を行うとき、最も重視するのは、「その従業員が誰を顧客だと思っているか」という点です。

以上の点において、最近、最もイケテナイ組織を感じた例をご紹介しましょう。

自宅近くの「スーパービバホーム」(←トステムの経営)でのことです。
このお店は、業務用の素材を扱う「業務館」と、家庭用の素材を扱う「生活館」に分かれていて、業務館の営業開始時間が午前8時、一方、生活館の営業開始時間は午前10時。

僕は、ある素材を探しに、午前9時前後にこのお店を訪問しました。
僕は求める素材を自ら探すのが面倒だったので、業務館の従業員にたずねました。
すると、その従業員は、その商品は10時から営業を開始する生活館にあることを僕に告げ、その上で、こう切り出しました。

「(生活館は)まだ営業していませんが、僕が一緒に行きますからどうぞいらしてください。」

なんとすばらしい従業員だろうか。
すばらしいというより、僕からみれば、「販売機会を損失するより、少々ルールを破っても自分が同行することによって販売機会を捉える」を優先したこの従業員の判断は、「正しい」と思いましたし、なにより営業開始まで待たなければならない不便さを回避できるのですから、僕にとって幸いでした。

僕は、その従業員に付いて、床から5~60cm開いた状態の業務館と生活館を仕切っているシャッターを潜り抜け、営業前の生活館に入りました。

するとそこには営業前の訓示(?っていうのかなぁ)をしている店長らしき人物と、それを聞き入る(姿勢だけしている)10名前後の従業員がいました。

僕は、「ちょっと気まずいなぁ」と思いましたが、先の従業員の勧めということもあり、そのまま付いていきました。
すると突然、僕の存在に気付いた店長と思しき人物が、「僕に向かって」、

「お客さん、困ります。まだ営業開始前ですから。」

しつこいですが、いや、ウソだと思われる方の方が多いと思いますが、この言葉は、僕を連れ立った従業員向けではなく、顧客である僕に向けられた言葉です。

呆れた僕は、この言葉に対して、当初何も発言しませんでした。
なぜなら、この店長に対して事情を説明すべきは、僕を連れてきた従業員であるべきだと思ったからです。
しかし、その従業員は、上司であるところの店長の言葉に対して、

「すっ、すいません。」

というばかりで、事情説明なんて何も話さない。

本来、「すいません。」を言うべき相手は、本当の顧客である僕であるはずなのに。

そんな状況にいたたまれなくなった僕は、当然ながら憤慨しました。そして、まるでセミナー講師のように、事情説明にとどまらず、従業員教育講座をはじめたのは言うまでもありません(笑・・・内容については言うまでも無いことなので、割愛します。)

このイケテナイ組織の表面的な問題は、たくさんあります。
しかし、その根本には、従業員は最初、優れた顧客対応を行おうとしたが、上司と顧客に同時に接したとき、彼の顧客が、上司になってしまった点。

そして、彼の上司である店長においては、目の前の本当の顧客より、「ルールという上司(=つまり上層部という上司)」を顧客として捉えている点にあります。

もし、店長においても、その部下においても、本当の顧客が誰であるか、をしっかり認識できていたとすれば、本当の顧客である僕が不愉快な気分になるような接し方はしなかっただろうと思います。

少なくともこのお店は、明らかに一人の上客(・・・僕はアウトドアが好きですし、一戸建ての住宅に暮らしている関係で、この店のような生活素材店の優良な顧客だと思います。)を失ったことになります。

このような例は、他にもたくさんあります。
読者の皆様も似たような経験を複数お持ちではないでしょうか。

企業の従業員が顧客と認識すべき相手は、それぞれの部門が担当するアウトサイダーであるべきです。

財務部門は、債権者や株主が顧客であり、
営業部門は、当然ながら、商品を手に取る顧客が顧客であり、
開発部門は、営業部門を媒介にはするが、本当の顧客は商品を手にする顧客であるべきです。

そして、CEOは、その企業のすべての利害関係者を顧客だと認識した上で、経営をするべきです。
そうでなければ、CEOの「直接の顧客」たる株主の利益の最大化、つまり、投資家から観た企業価値の最大化を実現することができないですから。

まあ当たり前の話ですが、この当たり前ができていない「上司を顧客だと思い込む従業員」と、「自分を顧客だと思い込ませる上司」による企業価値破壊は、このところ非常に目に付きます。

たとえば、「船場吉兆」の度重なる不祥事に対する、料理長など担当部門の釈明会見を聞いていると、まさしく、「上司が顧客」という間違った認識を感じざるを得ません。

企業の不祥事、そして気がつかないところでの企業価値破壊の「一つの大きな原因」に、その企業の利害関係者が、「本来顧客ではない相手を顧客だと思い込んでいる」が上げられると思います。

以上のように書くと、「じゃあ上司の仕事はなんなんだ?!」と思われる方もいらっしゃると思います。

これには明確に答えなければなりません。

上司のミッションは、企業理念に沿った部下の「教育」と、その部下を「良い状態に保つこと」に尽きると思います。
これ以上に言うことはありません。

2008年5月8日 板倉雄一郎

PS:
などと偉そうに書いてきましたが、当事務所の活動においても、このような問題が実はあります。

その原因は、本文で書いたとおり、僕の教育の仕方に問題があるのだと思います。
結局のところ、組織はトップで決まる。
それ以外の何者でもないですよね。





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