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ITAKURASTYLE「企業買収」

本日(2006年9月4日)の日本経済新聞の7面に、
「米グーグル、提携加速 穏やかな連邦経営シフト」
という見出しの記事があります。

「水平型」戦略で成長持続というのが本題の焦点。
この記事の中に、グーグルCEOエリック・シュミットの

「事業拡大のためのM&Aは歴史的に機能していない。」
という発言が掲載されています。

まさに、おっしゃる通り。

M&Aとは要するに、
「被買収企業の経営権や、
 投資家に帰属するキャッシュフローを手に入れる代わりに、
 買収企業のキャッシュや、(株式交換の場合)一株当たり価値を差し出す」
という行為です。
よって、
普段私たちが株式投資を行うことと「まったく同様」に、
「差し出すキャッシュ=価格」を上回る「価値」を手に入れられる場合に、
初めて買収そのものの経済的効果が期待できるわけです。

ファイナンス的には、
「被買収企業が生み出すであろう投資家に帰属するキャッシュフローを、
 買収企業の資本調達コストによって、
 現在価値に割り引いた値以下の価格での買収」
(↑ つまり「NPV > 0」という意味)
という条件が満たされて初めて、企業買収の経済的効果が得られます。

しかし、過去の多くのM&Aのケースでは、
1、買収合戦により、買収価格が高騰する。(買収時NPV < 0 になってしまう)
2、1のカウンターとして「シナジー効果」を持ち出すが、
  シナジー効果が予測されたほど達成できない場合が多い。
3、2のシナジー効果を得るための「追加投資」が予想以上に大きくなる。
4、そもそも企業文化の異なる互いの「チーム」の連携がうまく運ばない。
などなど、つまるところ、
「お買い物そのもの」の失敗や、
「買ったものを上手に生かせない」という失敗が多くのケースで見当たります。
(↑ このあたりのケーススタディーは、
 当事務所の「アドバンスドファイナンスセミナー」にて、しっかり講義しています。
 残念ながら、次回の開催は未定ですが)

一方、アライアンス(=業務提携)の場合、
相手先の「投資家に帰属するキャッシュフロー」や「経営権」を、
手に入れることはできませんが、
本業において必要な機能や資源を、
「相手先企業の資本によって間接的に」調達することができます。

アライアンスの場合、
少なくとも「買収費用」のキャッシュアウトの必要がないために、
相手先企業の投資家に帰属するキャッシュフローの割引現在価値は、
特に重要な判断材料とはならず、
判断すべきは、互いの業務上のシナジーによって、
新たに生み出されるキャッシュフローの割引現在価値と、
業務提携にかかるコスト(=シナジーを得るための価格)の比較となります。

よって、アライアンスは、M&Aに比べ、
1、相手先選択の自由度が増す=本当に必要な機能や資源を選べる
2、新規投下資本がアライアンスの実現の範囲にとどまるので、
  投下資本利益率の低下を防げる。
3、最悪の場合、アライアンスを解消するだけで終れるので(?)リスクが小さい
などの利点があるわけです。

グーグルの経営戦略は、極めて合理的な判断に基づいて行われている。
と、僕は思います。


たとえば、株式交換によるM&Aを繰り返したとしましょう。
被買収企業の「会計上の利益」がプラスである以上、
買収を繰り返せば繰り返すほど、会計上の利益は膨らみます。
被買収企業の現在価値を大きく上回った買収価格を支払ったとしても、
いわゆる「増収増益」という「カタチ」を、
でっち上げることができるわけです。
しかし、
経営者の最も重要な仕事である「企業価値の最大化」という点においては、
価格に見境の無い買収を繰り返すことによって、
「投下資本利益率」は劇的に低下し、
いずれ買収企業の投下資本利益率は、資本調達コストを下回ることになり、
買収企業の企業価値は継続的に破壊されることになります。
さらに既存株主にとっては、
総発行株式数の増加による希薄化の結果の損失の方が、
株式交換によって得られる被買収企業の価値より大きく、
買収のたびに、一株あたりの価値が下落するわけです。
もちろんそのしわ寄せは、買収企業の株主が背負うことになるわけです。
(たとえば、ライブドアの買収戦略がその典型です。)

と、書いたついでに・・・
残念ながら、本日の一面トップ記事は、いけてません。
今時、
「売上高経常利益率」(←これ笑うしかない指標です)を持ち出すなんて・・・

「経常利益」という指標には、その「英訳」は存在しません。
経常利益とは、本業の稼ぎを示す「営業利益」に対して、
主に「支払い(または受け取り)利息」が加えられた指標ですから、
企業の資本調達コストの内、有利子負債コスト「のみ」をカウントした、
日本独特の「株主資本コスト=株主に対するリターン」を無視した、
めちゃくちゃいけてない指標であり、
企業を経済的に評価する上で、ほとんど参考にならない指標です。

「経常利益」は、有利子負債を返済しただけで増加します。
しかし、
有利子負債の返済は、当該企業のDE比率を変化させ、
「株主資本コスト > 有利子負債コスト」であることから、
WACC(=加重平均資本コスト)を増加させ、
結果として、企業価値を破壊します。
「経常利益」を基準にした経営判断や投資判断が、
如何に本質を見失っている行為であるか、
今一度確認していただきたいと思うわけです。
ITAKURASTYLE「資本コストは支払い金利だけじゃないのよ」と、
あわせて読んでいただければ、
「もしかしたら、有利子負債を返済したことが、
 『売上高経常利益率』の上昇に相当影響を与えているかもしれない。」
ぐらいのことは、考えて欲しいと思います。

せめて、「営業利益」を参考に分析した記事、
できれば、キャッシュフローを参考に分析した記事、
本当であれば、
企業のオペレーションと企業価値の相関に関する記事、
を書いていただきたいと思います。

このところの同紙の記事を見るたびに、
社員(記者)教育を怠っていることを感じます。
それは同グループに属するテレビ東京の経済番組にも共通しています。

(WBSに関しては、そのコメンテーターが真っ当なおかげで、
 良質のコンテンツだと思います。
 予断ですが僕は元JALのCA・小谷真生子さんの声を聴きながら就寝します。
 彼女、彼女自身の間違っちゃった発言のリカバリーがぎこちなくて、
 好きです。
 ↑ だからなんなの(笑)
 彼女とは、僕の著書「社長失格」をドラマ化したテレビ東京の番組
 「社長失格」の収録のときに、
 同番組の司会をやっていただいた彼女と、
 スタジオで、一度ご挨拶しただけですが。)

何らかの教育を施さないと、この新聞、いずれ読み手が居なくなるでしょう。
単なる「報道」であるならば、情報を羅列すればそれでOKです。
しかし、
単なる情報の羅列では、毎月5000円近い購読料を稼げません。
よって、
付加価値として、情報の分析を行おうとしているわけですが、
単なる基礎的な会計のレベルでも「明らかな間違い」は多々あり、
それが企業価値や買収の是非ともなると、
(一部記事を除き)まるでトンチンカンな内容が増える傾向にあります。

巷で(いや、お食事会などで(笑))、当日の日経の記事の問題を、
その場に居る会計士など、それなりの知識を持った人間と、
「あほやねぇ~」とワイワイやるのは楽しいのですが、
それなりの知識を持っていない読者は、記事を鵜呑みにしてしまいます。
日本経済新聞の存続以前に、読者をミスリードしてしまうような記事は、
どうにかならないものかと、「毎日」思う次第です。

是非、同社の記者に対して、真っ当な教育を!

2006年9月4日 板倉雄一郎

PS:
ではなぜ僕が日経をとっているのか・・・
単に「情報そのもの」を拾うためです。
その情報を分析した記事は、参考にしていません。
たとえば、
「グーグルCEOエリック・シュミットの発言そのもの」を読みますが、
その発言の分析は参考にしない、とかです。
もちろん、感心する内容の記事もたくさんあります。
だからこそ、トンチンカン記事を見るにつけ、
「(内部の人間が)ちゃんと指導してやればいいのに」と思うわけです。

PS^2:
僕の発言は、毒舌でストレートです。
だって、やさしく書いていたのでは、気づけない人が多々居るから。
「おばかさん」に分類されれば腹も立つでしょう。
しかし、その腹立たしさは、僕より、自分自身に向けた方が合理的です。

 





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