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ITAKURASTYLE「敵対的M&A 生き残りのためのM&A」

<敵対的M&A>

「敵対的」とは、一体「誰と誰が敵対しているのか」という視点が、
時に置き去りになります。

が、珍しく(←失礼)、
昨日(2006年7月24日)の日本経済新聞一面記事では、
最後の方にちょいとだけではありますが、
「敵対的とはあくまで経営陣に対してであり、
   買収の是非を最終判断するのは、株主である点も忘れてはならない」
との本質に触れた記述がありました。
ちょっとだけ、うれしくなりました(笑)

買収側の株主と、非買収側の株主が敵対していることはありません。
なぜなら、もし仮に、株主と株主が敵対していたとしたら、
被買収企業の株主は、
買収企業のTOBに応じなければ(=株式を売らなければ)、
それでいいわけですし、
株主の立場から観れば、「一株辺りの価値が増えるのか減るのか」
という視点で判断をすればよいわけですから、
少なくとも、株主と株主は敵対しません。

多くの場合、「経営者と経営者」が、「その椅子」のために、
敵対しているわけです。
しかし、本来経営者は「株主の代表として株主に選ばれる立場」ですから、
経営者が敵対しているというのも、(経営者が真っ当なら)おかしな話です。

経営者と経営者が敵対しているかどうかはひとまず置いておいて、
その買収によって、
「買収企業の買収前株主価値」+「被買収企業の株主価値」が、
「買収後の株主価値」より大きくなるか否かという「一点」によって、
買収の是非を、双方の「(主に)株主」が判断すべきことです。

メディアでは、
「ファンドや新興市場の企業による敵対的M&Aの例があったが、
 大手企業や中核企業が買収側に立つ敵対的M&Aは見られなかった。
 今後は、中核企業による敵対的M&Aも加速する。」
という内容や、
いつものごとく、極めて稚拙で、極めて短期的な、
「M&A格闘技術の解説」が報道されています。

んなこと、どうでもええわけです。

大切なことは、上記のとおり、
「買収によって、それぞれの株主価値がどう変化するのか」ですから。

カンタンに「買収」と書くことが出来ますが、その中身は、
「買収企業は、被買収企業の株主価値を手に入れる代わりに、
 キャッシュを失うか、または、
 (株式交換の場合)新規に株式を発行する。」
ということですから、
個人投資家が、株式投資をする場合と同様に、
「得る価値と、失う価値のどちらが大きいのか」
という視点による判断が最も尊重されるべきです。

何かを得れば、一方で何かを失うものです。
しかし、何かを失えば、必ず何かを得られるというわけでもありません。

もし、フェアバリューによる買収であれば、
(シナジー効果を無視すれば、)
「どちらの企業の株主価値にも変動は無い」となりますし、
もし、被買収企業の買収価格が、
被買収企業の株主価値を上回っていれば、
被買収企業の株主が得をする分、
買収企業の株主が損をすることになります。

世界の「M&Aのケース」を統計的に見た場合の成否は、
ほとんどの場合、「失敗」に終わっています。
その理由は、「買収合戦」によって、被買収企業の価格が、
その株主価値に対して、相当に高くなるからです。
何度も書いていることですが、
「どんなに価値ある企業でも、高く買ってしまえば買収は失敗」です。
それでも、現実には、
買収前の被買収企業の株主価値より高値での買収が行われます。
その理由は、買収による「シナジー効果による価値増加」が、
現実より「過剰に見込まれる」からです。

王子製紙による北越製紙のTOB価格860円で換算すれば、
時価総額およそ1400億円、
負債総額およそ700億円強。
よって、買収における企業「価格」は、およそ2100億円。
・・・非事業用資産を考慮しても、
同社単独のキャッシュフロー予測から考えて、
「安いとはいえない」と、思います。
しかし、「高すぎる」ともいえないとは思います。
なぜなら、それなりにプレミアムがなければ、
TOBは実現できないからです。
(そもそも、買収合戦がどうなるかは、まだ決まっていませんが)

きっと、「相当なシナジー効果」を見込んでの買収でしょう。

シナジー効果・・・これ、アナリストとかは、
「ある」とか、「ない」とか、カンタンに言ってくれますが、
「現場が動かなければ」、シナジー効果は得られないわけです。

どちらに転んでも、
(買収価格が、被買収企業単独での株主価値に比べ高ければ、)
どれほどのシナジー効果が得られるかが、
買収の成否を決めるというわけです。

(注意:以上の文章は、
「王子製紙による北越製紙の買収は失敗だ」とか、
「両社のシナジーなど期待するほど起こらない」とかいう主張ではありません。)

<生き残りのためのM&A>

また、「生き残りのための買収」という表現も良く聞きます。
「一体誰の生き残りのため?」と聞きたくなります。
多くの場合、
「経営者個人が生き残るために、株主を毀損する」ってなことに、
なってはいないでしょうか。

株主の立場では、投資先が「独立した企業」であること自体は、
さほど重要なことではありません。
買収によって、一株辺りの価値が増大すればよいわけです。
独立した企業を維持するために、株主が毀損されたのでは、
一体誰のための「生き残り」なのでしょうか。
従業員にしても、「誇り」や「やりがい」という要素はあるにしても、
独立した企業を維持するために、一部の従業員が解雇されたり、
給与をいただける可能性が低くなるのでは、
一体誰のための「生き残り」なのでしょうか。
債権者にしても、取引先にしても、全く同様です。

企業や経済を考えるとき、
「その言葉の意味」、「その言葉の主語」について、
つまり「一体誰が」というポイントを忘れてしまっては、
ほとんどすべての議論の意味が無くなってしまうことを、
常に覚えておく必要があります。

ABC株式会社の生き残りをかけて・・・なんて表現が、
無造作に使われます。
企業などという「人」は、この世に存在しないのです。

参考エッセー:ほとんどすべての過去のエッセー

2006年7月25日 板倉雄一郎

PS:
ところで、煩雑にM&Aが起こるとどうなるか・・・
間違いなく儲かるのは、「御見合い斡旋業者」ですね。
大型案件が増えれば増えるほど、「御見合い斡旋業者」は儲かります。

PS^2:
それにしても、製紙業界の資本効率って、悪いんですね。
この案件で、「(製紙業界の中で)利益率上位」といわれる北越製紙を、
ざっくり見てみましたが、ここでいう「利益率」とは、
「対売上営業利益率」や、「対売上経常利益率」のことであって、
「投下資本利益率」ではないのね。





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