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ITAKURASTYLE「ナンバーポータビリティー」

3社とも、それぞれにがんばっているようです。
中でも、孫正義氏の記者会見での発言が面白かった。

「ドコモの利益は1兆円。KDDIも5000億円。
 これは、儲けすぎではないでしょうか」 by 孫正義。

利益の直接比較」には意味がありません。

ドコモのROAは、9.6%。KDDIのROAは、7.6%。
(↑本当はROICを出したいところですが、
    計算が面倒なので四季報からROA拾いました。)
どちらも、インフラ事業としては、低いROAではありませんが、
全くもって「儲けすぎ」かどうかは、僕にはわかりません。

ちなみに、
孫正義氏の言うところの「儲けすぎ(だから料金を安くします)」という発想は、
要するに、ソフトバンクという企業の利害関係者への配分を、
「株主」 < 「顧客」 にいたします。という意味に他なりません。
つまり、
「シェア獲得」のために、株主に対する配分を減らしてでも、
顧客への配分を増やす(=低価格でサービス提供)ということです。
よって、同社の顧客になるのは合理的ですけれど・・・

結果、価格競争になり、
3社の投資家に帰属するキャッシュフローは減少します。
もちろん、ソフトバンクの場合も同じです。
なのに、不思議なことに、ソフトバンクの「予想外価格」によって、
同社の株価は上昇しています。
なんつーか、おかしな現象です。

単純に「ニュースフローで儲けるぞ」って人が多いのか、
それとも、遠い将来、
低価格路線で得たシェアをベースに、付加価値サービスを提供すれば、
投資家に帰属するキャッシュフローが、がっぽり増える、
という夢でも見ているのか。
僕には理解不能です。

ちなみに、ソフトバンクによる「同社の契約者間の通話無料」は、
それこそ、シェアが少ないからこそ実現できる「予想外料金」です。
シェアが少ないからこそ、同社の契約者同士の通話より、
同社外への(からの)通話が多いわけですから。
でも、この戦略が功を奏し、シェアが拡大したら、どうするんでしょうか。

過去に何度も書いていることですが、
「Get share at first , Profit later」という戦略は、
獲得したシェアの上で、付加価値を提供し、
その付加価値によって利益を得ることができるビジネスモデルの場合に、
初めて有効な戦略です。
(たとえば、WindowsOSと、Officeアプリケーションのような)
さて、ケータイインフラ事業で、どこまで付加価値を提供できるのでしょうか。
また、他の2社にできなくて、ソフトバンクにだけできる付加価値って
あるのでしょうか。

たとえば・・・
「ソフトバンクのケータイだけがアクセスできるコンテンツ」を設定し、
そのコンテンツが、ケータイキャリアを乗り換えるほどのキラーコンテンツなら、
ケータイのシェアは伸ばせるかもしれませんが、
一方で、
そのコンテンツを広くアクセス可能にした場合のコンテンツとしての収益
を削ることになります。
つまり、何かを得れば、必ず何かを失うわけです。
(↑ これ多くの人が忘れがちなことです。)


ソフトバンクの戦略は、どこか「無理やりシナジー」です。
たとえば、ケータイについている「Yahoo!ボタン」。
あれ、Internet Explorerのデフォルトページ設定のように、
「飛び先」を利用者が再設定できるのでしょうか?
おそらくできないのでしょう(←調べていませんので間違っているかも)。
だって、ハードウェアのボタンに「ロゴ」が印刷されていますし。
で、
「安い料金で利用者を囲い込み、Yahoo!を使わせる」ということでしょうが、
このような「無理やりシナジー」は、実は見えない「シナジーロス」を伴います。

たとえば、僕のように「検索はGoogle」と思っている人にとっては、
「あのボタン、嫌だなぁ・・・だからソフトバンクのケータイにはしない」
と思う人の契約を失っている可能性を否定できません。
そもそも、「ワンタッチダイヤル」や、「ワンタッチURL」は、
今時、どのケータイにも付いている機能です。

こんなボタンは、シナジーどころか、単なる「セット販売」に過ぎません。
無理やりシナジーを得ようとすれば、以上のように、
「見えないロス」もあるわけです。

たとえば、
ワンコのシャンプーショップの隣に、ヒトの美容室があり、
さらにその隣に、
(ワンコとヒトの仕上がり時間を吸収する)「ワンコOKの喫茶」などがあれば、
(その3店舗が同一のオーナーであれ、提携であれ、単なる偶然であれ)
シナジー効果が得られるわけです。
この場合、
独立したシャンプーショップと、3店舗が並んでいるシャンプーショップを比べ、
シャンプーそのものの価値や、場所の利便性などが同等なら、
多くの人は、3店舗合体型を選ぶでしょう。
非常に、「自然なシナジー」というわけです。

また、
鉄道を作り、鉄道会社を始め、
その鉄道の果てに野球場を作り、球団を所有し、
さらに、鉄道周辺の土地を買い、住宅地を開発するなど不動産事業を行えば、
(半ば無理やりですが)シナジー効果が得られます。
(この場合も、半ば無理やりシナジーですから、
 「その球団好きじゃないから」という顧客を失っている可能性
 は否定できません。)
同様に、
ネットインフラをつくり、コンテンツを提供すれば、シナジーが得られます。
しかし、この場合、「その企業のインフラ」を利用しなくても、
「その企業のコンテンツ」にたどり着くことができますから、
(たとえば、Yahoo!BB経由でGoogleにアクセスとか)
この場合のシナジーとは、「業界全体のシナジー」であって、
「その企業内部のシナジー」ではないわけです。
よって、
「あれで客を呼び込んで、これで利益を稼ごう」などという戦略は不可能です。


さて、今後のシェア争いが楽しみです。
いずれにしても、3社の顧客(=ケータイ利用者)にとっては、
ハッピーなナンバーポータビリティーです。
って事は、その分誰が・・・(笑)

ナンバーポータビリティーによって、最も儲かるのは、
消費者と「広告代理店」でしょう。

2006年10月25日 板倉雄一郎

PS:
断っておきますが、ソフトバンクの「顧客になる」のは合理的だと思います。
僕個人は、しばらく様子見。(←こういう人、結構多いと思いますけれど)

PS^2:
ところで、ソフトバンクの「調達サイド」の検証については、
彼らが、ケータイ事業の証券化の詳細を発表してくれないので、できません。
参考エッセー:ITAKURASTYLE「ソフトバンク 携帯事業を証券化」
調べなくとも、
ソフトバンクが、「他の何も失わずに金利だけが下がる」なんて事は、
ありえません。





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