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ITAKURASTYLE「デリバティブの正しい使い方」

ウォーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハサウェイが、デリバティブに伴う評価損を計上したとするニュースがあります。

このニュースを斜め読みすると「デリバティブ」「損失」という言葉が並ぶので・・・

「バフェットも、ついにやっちまったな」

と早合点される方もいらっしゃるかと思います。
しかし実際には「合理的な(というか定石の)オプション取引スタイルの一つ」です。

このケースを理解するためには、デリバティブ取引の一つである、「オプション取引」について知る必要があります。

<オプション取引の基礎>

将来のある時点(限月)において、ある価格(行使価格)にて、ある投資対象を、
買うことができる権利を「コールオプション」と呼び、
売ることができる権利を「プットオプション」 と呼びます。

これらのオプションを「売ること(=ショートポジション)」もできますし、
これらのオプションを「買うこと(=ロングポジション)」もできます。

組み合わせると、オプションの取引は・・・

「コールオプション」の「ショートポジション」
⇒行使価格で「買う権利」を「売る」という意味。

「コールオプション」の「ロングポジション」
⇒行使価格で「買う権利」を「買う」という意味。

「プットオプション」の「ショートポジション」
⇒行使価格で「売る権利」を「売る」という意味。

「プットオプション」の「ロングポジション」
⇒行使価格で「売る権利」を「買う」という意味。

となります。

(慣れていない方にとっては、こんがらがりますよね。詳しく知りたい方は、ネット上で「オプション取引」などのキーワードで検索してみてください。さほど難しいことではないので、やさしく解説しているサイトも結構見つかるはずです。)

オプション取引で重要なことは「権利」と「義務」を明確に認識することです。

これら四つの取引例を「権利」と「義務」に分解すると・・・。

1、コールオプションを“買った者”は、行使価格にて、
投資対象を「(オプションを売った者から)買う権利」を有する。

例えば、行使価格が1万円のコールオプションを(オプションを売った者へ)プレミアムを支払うことによって保有する場合、限月の市場価格が1万円より高い場合、保有するコールオプションの権利を行使することによって、市場価格より安い価格(この場合1万円)で当該投資対象を手に入れることができるメリットがあり、また、限月の市場価格が1万円より安い場合は、わざわざコールオプションを行使して市場価格より高い価格で当該投資対象を手に入れる必要はないため、この場合、コールオプションを「捨てる(=権利放棄)」すればよいわけです。

2、コールオプションを“売った者”は、行使価格にて、
投資対象を「(オプションを買った者へ)売る義務」を有する。

例えば、行使価格が1万円のコールオプションを売った場合、売った時点で「プレミアム」と呼ばれるオプション料を(オプションを買った者からの)収入として得られる代わり、上記1の「市場価格が1万円より高くなった場合」、上記1のコールオプションを保有する者による権利行使に応え、(市場価格が1万円より高いにも関わらず)、行使価格の1万円で、当該投資対象を「売ってあげなければならない」という義務が生じるが、市場価格が1万円より安い場合、上記1のオプション保有者は権利を捨てるわけですから、最初に受け取ったプレミアムが儲けになるというわけです。

3、プットオプションを“買った者”は、行使価格にて、
投資対象を「(オプションを売った者へ)売る権利」を有する。

例えば、行使価格が1万円のプットオプションを(オプションを売った者へ)プレミアムを支払うことによって保有する場合、限月の市場価格が1万円より安い場合には、保有するプットオプションの権利を行使することによって、市場価格より高い価格(この場合1万円)で当該投資対象を(オプションを売った者に対して)売ることができるメリットがあり、また、限月の市場価格が1万円より高い場合は、わざわざプットオプションを行使して市場価格より安い価格で当該投資対象を売る必要はないため、この場合、プットオプションを「捨てる(=権利放棄)」すればよいわけです。

4、プットオプションを「売った者」は、行使価格にて、
投資対象を「(オプションを買った者から)買う義務」を有する。

例えば、行使価格が1万円のプットオプションを売った場合、売った時点で「プレミアム」と呼ばれるオプション料を(オプションを買った者からの)収入として得られる代わりに、上記3の「市場価格が1万円より安くなった場合」には、上記3のプットオプションを保有する者による権利行使に応え、(市場価格が1万円より安いにも関わらず)、行使価格の1万円で、当該投資対象を「買ってあげなければならない」という義務が生じるが、市場価格が1万円より高い場合、上記3のオプション保有者は権利を捨てるわけですから、最初に受け取ったプレミアムが儲けになるというわけです。

なんだかこんがらがりそうな話ですが、以上をいくつかの視点で整理すると・・・

1、プットであれ、コールであれ、そのオプションを「売った者」は、売った時点でオプションプレミアムというオプション料を収入として得ることができるが、市場価格の予想がはずれた場合、オプションを「買った者」による権利行使に応える(損失する)義務を有する。

2、プットであれ、コールであれ、そのオプションを「買った者」は、買った時点でオプションプレミアムを支払わなければならないが、市場価格の予想が当った場合には、市場価格より有利な価格で投資対象を「買う(または売る)」権利を行使でき、市場価格の予想が外れた場合には、オプションを放棄すればよい。

つまり、損益の視点で見ると・・・

3、プットであれ、コールであれ、「オプションを売った者」は、利益はオプション料に限定されるが、損失は限定されません。

ただし、(相場が大きく動かない限り)、オプションが行使されないので、「儲ける確率が高い」。

4、プットであれ、コールであれ、「オプションを買った者」は、損失はオプション料に限定されるが、利益は限定されません。
ただし、(相場が大きく動かない限り)、オプションを捨てることになるので「儲ける確率が低い」。

ということになります。

つまり、オプションを「買う」という行為は、一見「損失限定 & 利益無限大」ですから、すんばらしい商品に見えますが、オプションを売る側も自らの利益を追求しますから、権利が行使され損失をこうむるような行使価格のオプションを容易に売ることはしません。

権利行使される確率が高い行使価格のオプションの場合、そのオプションを売る側の損失の可能性が高いわけですから、その分、オプションプレミアムが高くなりますし、その逆に、権利行使される可能性が低い行使価格のオプションのプレミアムは安いわけです。
(オプション価格に関する理論は、ブラック=ショールズ式によって算出されます。)

以上のことが理解できると、様々な投資活動の「保険」として、または、「利益の増大」として、オプション取引を上手に利用することができるようになります。
(現実には、プットオプションとコールオプションの売りと買いを組み合わせたいくつかの「オプション取引の定石モデル」があり、専門のトレーダーは、これらを「相場の具合」によって上手に使い分け、「勝ち続けるパターン」を持って居たりしますが、本題とそれますので割愛します。)

では、バークシャー・ハサウェイの例に戻りましょう・・・(やっとか)

<オプション取引の応用>

話は、少し高度になりますが、(米株式の場合)割とよく使われる手法ですので、お付き合いください。

ある投資家が、ある投資対象の価格が一定の価格に「下落したとき」に、一定の枚数保有しようと「意思決定」しているとします。

その意思決定が強固な場合、この投資家にとって「プットオプションのショートポジション」は、極めて合理的な「投資スタート」となります。

投資対象の現在の価格が1万円だったとしましょう。
この投資家は、この投資対象の価格が5,000円になったら投資しようと意思決定しているとします。
最初に、この投資対象のプットオプション(行使価格5,000円)を売ります。
当然ながら、プットオプションを売った時点でオプションプレミアムを受け取ることができます。
(↑ 利益①)

その後、このオプションの限月までの期間で、市場価格が5,000円まで下がらなかった場合、この投資家が売った「行使価格5,000円のプットオプション」は、オプションの買い手にとって何の価値も無くなる(=市場価格がプットオプションの行使価格より高いので、オプションの権利を行使するより、市場価格で売ったほうが利益が大きい)ので、プットオプションを売ったこの投資家は、実際に、投資対象を手に入れることはできませんでしたが、最初に受け取ったオプションプレミアムが丸々儲けになるわけです。

しかし、このプットオプションの限月までの期間で、市場価格が5,000円を下回った場合は、どうでしょうか。
一般的には、オプションを売った「義務」として、市場価格が5,000円を下回っているのに、(プットオプションを買った者が権利行使するので)、市場価格より高い価格で、当該投資対象を「買わなければならない」わけです。
もし、「単なる投機」として、プットオプションを売っていたならば、「大損」になるわけですが、そもそもこの投資家は、プットオプションを売る段階で、「(当該投資対象を)5,000円になったら買う」という意思決定をしていたわけですから、プットオプションを買った者の権利行使に応じ、当初の希望通り、5,000円で当該投資対象を買えば済むことです。

この投資家は、当該投資対象を5,000円で手に入れたのでしょうか。

いえいえ、この投資家は、投資のスタート時点で、プットオプションを売ることによって、売った時点ですでに「オプションプレミアム」を受け取っている(上記の利益①)わけですから、トータルでは、「5,000円-オプションプレミアム(利益①)」で、希望の投資対象を手に入れることができたわけです。
単に、市場価格が5,000円になったときに買う場合に比べ、オプションプレミアムの分、「安く買うことができた」わけですよね。

(また逆に、すでに保有している投資対象を、将来ある価格まで市場価格が上昇した時点で売却することを意思決定している場合、コールオプションを売ることによってオプションプレミアムを稼ぐこともできるというわけです。)

ちょいと難しいかもしれませんけれど、お分かりいただけましたでしょうか?

<バークシャー・ハサウェイの損失の意味>

以上のめんどくさい理屈がお分かりいただければ、バークシャー・ハサウェイの「時価会計上の損失」の意味が良くお分かりいただけると思います。

売りつけたプットオプションの行使価格より市場価格が下回れば、プットオプションを売った者に「(市場価格より高い)行使価格で買い取らなければならない義務」が発生します。
会計上は、その「一時的な」損失を、「損失引当金」として計上する必要があります。

投機目的でオプション売買を行っているなら、この損失が現実損になりますが、上記の説明どおり、「最初からある価格で投資する意思がある」のであれば、「買う義務=そもそも買うつもりだった」ということになり、実際の損失は「もうちょっと安く買えたかも」という範囲に限定されますし、そもそもプットオプションを売った時点で、オプションプレミアムの収入を得ていると言うわけです。

結論として、バークシャー・ハサウェイの「投資のスタート」は、極めて合理的というわけです。

<日本株の場合>

「なるほど、んじゃ僕もやってみよう!」
そう思われる方もいらっしゃるかと思いますが、残念なことに、日本の株式市場では、オプション取引が整備されておらず、個別企業のオプション取引は、ゴールドマンサックスによる「eワラント」に限定されています。

この「eワラント」は、対象となる個別企業も限られ、且つ、流動性が低く、且つ、行使価格のスプレッドが大きく、正直あまり使い物になりません。
(オプションを売る側のゴールドマンも、自身の儲けを最優先にしますから、オプションが行使される確率が高い行使価格のオプションを安く売ろうとはしません)

日本でのオプション取引として、流動性が比較的高く、行使価格も比較的小刻みになっているのは、日経225先物オプションしかありません。

しかしながら、もし、日経225(俗に言う「日経平均」)に対するインパクトの大きい銘柄(たとえばファナック)への投資を考える場合、上記のバークシャー方式は、「使えなくは無い」とはいえます。

ただし、日経225と個別銘柄の市場価格推移が乖離する可能性を考えると、リスクは決して小さくはありません。

このあたり、実際の投資活動には十分注意してください。

<オプション取引の詳細について>

実際にオプション取引を自身の投資活動に生かそうと思われた方は、実際のオプション売買に入る前に、「必ず」オプション取引に関する学習によって、そのリスクについて十分認識した上で、

「自分にとって本当に必要なことだろうか」

を十分に検討したうえで行ってください。

いつも書いていることですが、投資活動に関する損失について、僕は一切の責任を負いませんので、あしからず。

2008年6月11日 板倉雄一郎

P.S.
ポールソン(米)財務長官による「口先介入」がありました。
結果、少なくとも短期的には、ドル高傾向になっています。
しかし、米に限らず、特に新興国ではインフレが重大な問題になっていますから、どの国もインフレ対策の一つの手段として「自国通貨の切り上げ」を模索しています。
ドル高は、他の国にとって自国通貨下落を意味しますから、利害がまるで一致しません。

なんだか面倒なことになりそうですね。
日本の「輸出」企業にとっては、「円安ドル高」は好都合ですが、一方で円安は輸入インフレを加速しますから、日本全体で見れば、「必ずしも喜べることではない」わけです。

しばらくは、方向感のはっきりしない相場が続くのではないでしょうか。
しかし、長期投資の視点で見れば、どんな時代にもリスク(=不確実性)はありますし、特に輸出入をビジネスモデルとする日本企業の場合、為替や輸出入先の国の経済状態など、いわゆる外部要因の影響を強く受けるわけですから、確かにリスクは高いと思います。

しかし一方で、そんな環境に何十年も置かれてきた日本企業は、それらのリスクを「吸収する術」を持っているのも事実です。
やはり投資するなら(投資タイミングにもよりますが)日本企業だと、少なくとも僕は思います。

あくまで、「価値 > 価格」の状態での投資でなければなりませんけれど。

 





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