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ITAKURASTYLE「温暖化ガス排出権取引」

排出権取引に関する僕の結論は、

「排出権取引は21世紀の日本のチャンス!」です。

<京都議定書の最も優れた点>

投資や環境問題に興味の無い方にとって、京都議定書とは、「単に温暖化ガスの排出量を各国が抑制するための約束事」と思われているのではないでしょうか。

そんな「善意に基づいた、ただの約束事」だとすれば、排出ガスを世界規模で抑制することなど、ほとんど不可能でしょう。どの国も、企業も、最も関心があるのは「足元の生活」であり、「足元の業績」ですから、いくら温暖化ガスによって地球環境が長期的に経済や社会を壊滅的にする可能性を科学的根拠に基づき訴えたところで、足元のコスト増となる排出ガス抑制には消極的にならざるを得ません。

そこで、温暖化ガス排出抑制が、「足元の儲けにも繋がる可能性」を市場原理を通じて実行しようとするのが、京都議定書のすばらしいところ(=現実的なところ)です。

<京都メカニズム>

排出権取引について、「ざっくり」説明すると・・・

①1990年の実績に基づき、各国に温暖化ガスの排出「枠」を設定する。

(CO2以外の温暖化ガスについても、温室効果をCO2に換算する)

②その上で、削減「枠」についても設定する。

③温暖化ガス排出量をユニットと呼ばれる単位にて換算し、そのユニット(←排出枠の権利という理解でよいと思います)を売買することを通じて、温暖化ガスの排出削減目標を実現する。

つまり、排出権のクレジット化による流動化が京都メカニズムのポイントというわけです。

 

このメカニズムでいうところのユニット構成は、

①(ある国内において)植林事業などによって「新たに温暖化ガスを吸収した分」

②(ある国内において)企業など事業主体が温暖化ガス排出削減プロジェクトを実施し、「減少した温暖化ガスの分」

③(ある国の事業主体が別の国において)投資や技術支援を行い、その結果「減少させた温暖化ガスの分」

など、それぞれのユニットが発生した原因によっていくつか定義がありますが、要するに、

「自国他国問わず、温暖化ガスの削減に価値を提供した者には、削減した量に応じたユニット(←権利)を与える」というわけです。

その上で、それぞれの国の総排出枠(←排出しても良い温暖化ガスの量)は、以下に式によって規定されます・・・

「総排出枠」=

「総割当量」+

「(植林などによって吸収された)国内吸収量」+

「(国際協力などによって排出削減し得られた)ユニット取得分」+

---ここまでが温暖化ガス実質削減分と割当量の和---

「排出権取引によって(お金を払って)取得したユニット分」

となります。

したがって、

「総排出枠(除く、排出権取引によるユニット増減)」 < 「実際の温暖化ガス排出量」

の場合、不足した排出枠分のユニットを排出権取引を通じて「金を払って買ってくる」必要がありますし、その逆に、

「総排出枠(除く、排出権取引によるユニット増減)」 > 「実際の温暖化ガス排出量」

の場合、余った排出権相当分のユニットを排出権取引を通じて「他国に売却すること(=お金をいただくこと)」が可能になるわけです。

このシステムのおかげで、温暖化ガス削減のためのコストが、排出権取引を通じ、総排出枠以上の温暖化ガスを排出する国へ移転することになりますから、結果として、それぞれの国は、

「温暖化ガス排出削減対しコストをかけるか、または、排出権を買ってくるというコストをかけるかのいずれかになる」

というわけですが、見方をポジティブに変えれば、

「温暖化ガス排出削減技術を持つ国にとって、ビジネスチャンスになる」

といえるのではないでしょうか。

というわけで、少なくとも理論的には、温暖化ガスを世界規模で削減できる「はず」です。(あくまで理論的には、なので、実際には削減目標は達成不能だ、という意見が多数ですが。)

もちろん、以上の規定を守れなかった場合の罰則もあります。

①排出枠を超えて排出した分の1.3倍が、第二約束期間の排出枠から差し引かれる

(まるで債務の支払いを遅延した企業の金利が上昇するかのよう)

②排出量削減のための行動計画の作成を行う

(まるで債務超過に陥った企業に対し、銀行などが事業再建計画を要求するかのよう)

③排出権取引による排出権の取引が停止される

(まるで「不渡り」を起こした企業の銀行取引が停止されるかのよう)

といった、「わりと甘い」罰則ですが、地球温暖化の危機を前提にすれば、守れなかった国が(少なくとも環境問題において)村八分にされ、排出権取引というビジネスに参加できないという実質的な圧力にはなると思います。

(なお、京都メカニズムを運営し、排出ガスの評価を行う主体であるところの、CDM理事会や各国の担当省庁による温暖化ガス排出やその削減に関する調査方法、評価方法、ユニットの配分方法がどれほど合理的なのかについては、ややこしくなるので今回は割愛します。)

<日本にとってはビジネスチャンス>

以上のあくまで「ざっくり」とした京都メカニズムの説明をベースに、日本の場合はどうなの?ということについて書いてみたいと思います。

①日本国内の排出ガス削減は、他国の場合に比べ極めて難しいという現実

皆さんご存知の通り、日本は、過去のオイルショックに始まった、いわゆる「省エネ技術」が最も進んだ国の一つです。これ自体は非常に良いことなのですが、温暖化ガス排出量を「新たに削減」という視点で見れば、既に温暖化ガス排出削減のための技術が浸透しているわけですから、これ以上の削減を行うことは、他国に比べ難しいわけです。しいて言えば「家庭部門」において多少の削減余地があるという程度だと思います。

②ならば保有する技術を売ればいい

いわゆる「省エネ技術」を持っているわけですから、その技術をエネルギー効率の比較的低い新興国などへ移植することによって、温暖化に対する価値提供を伴いながら、得られたユニットを排出権取引を通じて売却することを通じて「金を稼ぐ」ことができるわけです。

これ、21世紀の日本にとって、極めて魅力的なビジネスチャンスだと思います。

<市場原理>

日本(の企業が)その省エネ技術を移植する先の国の立場でみれば・・・

「排出ガス削減技術に対するコスト」 < 「得られるユニットの経済価値」

という条件が満たされなければ、少なくとも経済的には、日本の省エネ技術にお金を払おうとはしません。

この鍵を握っているのが、排出権取引における「市場価格」です。

市場価格について、それが将来どのようになるのかを予測することは極めて困難ですが、「市場原理」が働くとすれば、

①もし、ばかばかしいほど排出権価格が安ければ、排出削減にコストをかけるより、排出権を買ってきたほうが安上がりですから、排出権が買われ、その結果排出権価格が上昇します。

②もし、ばかばかしいほど排出権価格が高ければ、排出権を買うより、排出削減にコストをかけるほうが安上がりですから、排出権が買われず、その結果排出権価格が下落します。

かくして、(京都メカニズムのデザイン、およびCDM理事会の排出ガス削減に関する調査評価方法に依存しますが)排出権価格は市場原理を受け、適正な価格を維持する「はず」なわけです。

排出権取引は、既に「ロンドン燃料取引所」などでその取引が始まっています。

<投資に生かせるか>

京都メカニズムによる「温暖化ガス排出削減は、お金になるんだよ!」というビジネス上のインセンティブが、今後どのように働くかについて、非常に興味があると同時に、

「温暖化ガス排出削減に直結する技術を持つ企業」の今後の成長にも興味があります。

きれいごとばかりでは世界を変えることはできないという前提に基づいた京都メカニズムと排出権取引ですが、そのビジネスチャンスを生かす企業は、きっと現れることでしょう。

このチャンスを生かせる産業分野は結構たくさんあります。

エコ自動車、太陽光発電や原子力発電、バッテリー技術、排出ガス浄化、新エネルギー・・・

それらのキーワードによって具体的な企業を探せば、日本企業の場合、商社をはじめ、たっくさんあります。

投資家としても、温暖化ガス排出削減に「お金を儲けながら」貢献することは不可能ではないのです。

<資本主義の曲がり角>

これまで続けられてきた、まるで「焼畑農業」のような米国流資本主義は、その弊害が次々と噴出しています。

「消費を前提にしたお金儲けシステム」という現在の資本主義の「利用の仕方」は、既に限界に達していると思います。

21世紀は、世界が豊かになるための資本主義の「利用の仕方」に変化しなければならないのだと思います。それを実現しなければ、私たちの豊かさを継続できないのだと思います。

京都メカニズムと排出権取引は、その大きな手段になりえると思います。

(というより、そうなるように言動する必要があると思います。)

 

以上、極めて「ざっくり」な解説と投資における一つのアイデアではありますが、読者の皆様の投資活動の参考になれば幸いです。

また、温暖化ガス排出権取引および京都メカニズムに関する資料は、ネット上にたくさんありますので、詳しい情報をお知りになりたい方は、適当なキーワードで検索して、「情報ソース」を是非参考にされてください。

僕も、以上の「ざっくり」文章を書くだけも、その情報集めに結構な時間を使いました。それでも僕はこの件に関する専門家ではありませんので、皆様が投資活動を行う際には、ご自身の目で情報を分析した上で。くれぐれも。

2008年3月5日 板倉雄一郎

PS:

この件、もっと掘り下げていきたいと思いますので、「次々回」の吉原パートナーのエッセイは、「排出権取引における会計処理」についてです。お楽しみに。

PS^2:

「実践・企業価値評価シリーズ第29回合宿セミナー」は、その募集を明日(3月6日)の朝で締め切ります。

ご興味のある方は、是非この機会に。

なお、次回開催の予定は現時点では未定です。

よろしくお願いいたします。





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