ある読者の方から、投資家から見た投資対象の経済価値を把握する手法の一つ、ディスカウンテッド・キャッシュフロー法(=以下DCF法)に対する質問と、疑問が寄せられました。
要点は・・・
DCF法は、将来FCF(=投資家に帰属するキャッシュフロー)と、その割引率(=投資家の期待収益率=企業の資本コスト)という二つの因数によって現在価値を割り出すが、
1、そもそもFCFの正確な予測は難しい
(↑ よってイイカゲンな因数になる)
2、そもそも割引率を少しいじっただけで結果が大きく異なる
(↑ 因数がイイカゲン*イイカゲンなので、結果がイイカゲンになる)
3、新興企業のように将来業績が予測しにくい対象の場合使い物にならない。
という指摘というか、疑問でした。
この指摘に対して、僕がどう答えると読者が思うか、に僕としては興味がありますが、
僕の答えは、
「その通り、DCF法は最悪の経済価値算定手法だ!
ただし、DCF法以外のあらゆる価値算定方法を除けば」
となります。
(チャーチルの民主主義に関する言葉のパクリです)
そもそも、株式にせよ、債権にせよ、不動産にせよ、現時点での「妥当な価格(=理論価格)」を割り出すという行為は、すなわち、「未来を予測する」という行為に他なりません。
未来を予測することを、正確無比に行うことなど、少なくとも人間には不可能なことです。
人間の活動の未来を、人間が予測するのですから、正確な方法など、この世に存在しません。
ではなぜ、僕達は、セミナーを通じてDCF法を伝えているのか・・・
結論から書けば、
「DCF法という視点による定点観測によって、
企業の真の姿が浮き彫りになるから」
です。
経済価値の算定方法は、DCF法以外にもたくさんあります。
単独期の会計上の数値を組み合わせ、その結果を3文字の英数字で表した各種指標、
DCF法の概念はそのままに、DCF法を簡素化した手法など、僕が知らない手法もきっとあるでしょう。
しかし、それらDCF法以外の経済価値算定方法にも、DCF法以上にたくさんの問題があります。
数ある経済価値算定手法の中でも、DCF法の「概念そのもの」は、極めて現実的且つ合理的な概念だと思います。
なぜなら、
1、キャッシュフローを最大の因数にしている
(↑ 会計上の利益はいくらでもでっち上げることができますが、会計上の利益では、オマンマ食べられないからです。)
2、単独期の会計上の利益を因数にしていないから
(↑ 投資家は、「その期の数字」に投資するわけではありません。)
3、投資家の期待収益率を開放しているから
などです。
特に3の「期待収益率」に関して、ビジネススクールなどで教えている「理論優先のDCF法」では、株主資本コストをCAPMというわけのわからない手法で算出することになっていて、僕も納得いかないわけですが、その部分の疑念を持って、DCF法の概念すべて否定してしまうのは危険です。
(たとえば当事務所のセミナーでは、株主資本コストの算出におけるCAPMの概念もお伝えはしますが、受講生にお勧めするのは、SMU第103号「資本コストと割引率」に詳しく書いている「自分勝手割引率」としています。)
DCF法は、
「どこかの誰かが発明した特別な価値算定手法」ではなく、
「資本主義の原理原則を表現した概念」に過ぎないわけです。
よって、
それぞれの因数が結果に与えるインパクトを知らず、
それぞれの因数の「現実的な範囲」の勘所を知らず、
ただひたすら数学のように計算を進めれば、
その結果は、如何様にも変化します(変化させることができます)。
と書いてきましたが、
DCF法という「概念」を基準に企業価値評価を行うことのメリットは、
現時点での妥当な価格の算出という「表面的なゴール」を目指つつも、
その分析の過程で、
1、当該企業のビジネスモデル(=バリュードライバー)の把握
2、当該企業の商品のマーケットに関する考察
3、当該企業の財務オペレーションの合理性の検証
4、当該企業の(経営者であれば)意思決定の基準
などが得られる点が、「現時点での妥当な価格の算出」などということより遥かに大きなメリットなのです。
現時点での妥当な価格を、「正確にはじき出す」なんて事は、しつこいようですが、「将来業績予測」が因数になっている以上、不可能なことです。
だからこそ、理論的なWACC算出に血眼になっているアカウンティングスクールなどの講義には、僕は否定的なのです。
「現時点での妥当な価格」など、ざっくりでOK!なのです。
ただし、DCF法の概念を知らずして、ざっくりも、こっくりもあったものではありません。
DCF法の概念を習得し、その知識を視点にして、企業を観察する。
これこそが、真の企業価値評価ということになります。
このように書くと・・・
「妥当な株価がざっくりとしかわからないのなら、
株式投資に応用できないじゃないかよ!」
という意見が聞こえてきそうです。
これに対する答えは、ウォーレンバフェットが既に述べています。
「株価のほうから訴えてくるぐらい、安いときに買う」
つまり、WACC算出や将来業績予測を、ちまちま、細かく実施することより、ざっくりとした価値算定を行い、その結果より「遥かに安い株価」を待つことが、株式投資には有効だというわけです。
ただし、いくら、
「現時点での妥当な価格」 >>> 「株価」
であったとしても、
その企業の財務オペレーションや、商品マーケットの将来を考え、
「時間経過と共に価値が増大するであろう企業」
でなければ、投資に値しません。
以上から、DCF法を株式投資に応用する要点は・・・
1、DCF法という「視点」から企業のスージを分析し、
2、時間経過と共に企業価値を増大させうるであろう企業(=過去に企業価値を合理的手法によって増大させてきた経営者による企業)を見つけ出し、
3、DCF法による現時点での妥当な株価に比べ、圧倒的に安い価格をミスターマーケットが提示したときに、大量に投資する。
ということが合理的だと、少なくとも僕は考えています。
理論株価が、1000円なのか、1100円なのか、といったちまちました算定のために時間を使うのは馬鹿馬鹿しいことです。
しつこいようですが、
理論株価の算出は、表面的なゴールに過ぎません。
大切なことは、DCF法という「一つの視点」から企業を観測することによって、その企業を理解することができることなのです。
僕達がセミナーを通じて、伝えるDCF法は、
経営や投資活動に「使えるDCF法」です。
なぜなら、
僕を含めたすべての講師が、「学問のための学問」を行う者ではなく、
経営や投資を「実際に行っている者」ばかりだからです。
(参考エッセイ:SMU第141号「童貞君のAV評価」)
僕達がDCF法を通じて、皆さんにお伝えしたいことは、
企業の仕組みであり、経済の仕組みです。
僕達が、企業の仕組みや、経済の仕組みを伝えることを通じて、
皆さんにお伝えしたいことは、
「自ら考え行動する思考」なのです。
「正確な答え」は、それぞれの人の中にしか存在しないのです。
現時点での妥当な価格は、投資家それぞれによって異なるのです。
(しかし、現実的に妥当な「範囲」は、間違いなく存在します。)
2007年6月11日 板倉雄一郎
PS:
「実践・企業価値評価シリーズ」第25回合宿セミナーの受講者募集中です。
定員を50名に拡大しましたが、そろそろ満員御礼です。
ご興味のある方は、是非この機会に。
なお、第26回開催の日程は、現時点では未定です。
PS^2:
とは言え、いわゆる創業間もないベンチャーの価値算定は、難しい。
というより、正直な話、いかなる手法を持っても無理(笑)
こういう場合、当該企業の経営者の資質を、あらゆる五感を研ぎ澄ませ観察する以外にないわけです。
しかし、そんな「超能力」を持った人は、めったにいません。
だから、ベンチャーへの投資は、それこそベンチャーなんですよね。
DCF法で表現すれば、「ベンチャーへの投資におけるリスクを、割引率に反映させる」ということになります。
僕の場合、創業間もないベンチャーに対する期待収益率(=割引率)は、リスクフリーレート+40%ぐらいでしょうか。
だって、誰よりもベンチャーのリスクについてよーく知っていますから。
結果、投資したいと思う株価を提示してくれるベンチャーは、ほとんど見つからないんですけどね(笑)
PS^3:
その昔、YEOの立ち上げメンバーとして、友人として付き合いのあったグッドウィルグループ折口氏と、最後に会話したのは、確か1年ほど前、僕が電話をかけたときだった。
その会話の中での彼の態度は、「君とはレベルが違うんだよ、僕は忙しいから下らんことで電話しないで」と言わんばかりだった。
今では、「違うレベル」でよかったと思ったりする。
グッドウィルは、過去にMSCBによる資金調達もしている。
昔の友達は、彼に限らず、一体何のために事業をやっているのだろうか。
2007年06月11日
ITAKURASTYLE「DCF法は最悪だ!」
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