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ITAKURASTYLE「経営なのか、博打なのか、社会活動なのか」

ソフトバンクモバイルの資金調達に関する詳細が、
金融機関向けにリリースされたようです。
詳細に関しては、それらを報じた他のメディア(「東洋経済」など)に譲るとして、
ここでは、「っで、どうなのよ」について書いてみたいと思います。

その前に、これまで書いてきた「基礎」について、十分に理解いただくために、
以下のエッセーを是非お読みください。

DeepKISS第79号「ソフトバンクのボーダフォン買収」
ITAKURASTYLE「ソフトバンク携帯事業を証券化」
など。

上記エッセー内でも書いたとおり、有利子負債のスキーム変更によって、
「ソフトバンクが何も失わずに、有利子負債コスト(=金利)『だけ』軽減できる」
なんてことは、ありえないわけです。
確かに有利子負債コストは「多少」軽減できたようですが、その代わりに、
たくさんの「財務制限条項」が加わりました。

1、「四半期ごとの契約者数の下限設定」(←結構大変だと思う数値)
2、「四半期ごとの負債償還目標の設定」(←7年で完済って・・・できるの?)
3、「半期ごとのEBITDAの目標の設定」(←EBITでないところが、よかったね。)
(EBITDAとは、「営業利益に減価償却費を足し戻した利益」)
4、「半期ごとの設備投資額の累計上限の設定」(←結構枠が大きい)
5、「リースなど資金調達上限の設定」
などが財務制限条項らしいです。(←東洋経済より)

なんだか難しく感じますが、以上を「(ちょっと乱暴な)口語」で表現すれば・・・

しっかり契約者増やすんだぞ!
ただし、利益が減っちゃうような安売りじゃだめだぞ!
んでもって、EBITDAに影響がないからって、投資やりすぎてもだめだぜ!
(EBITDAは、営業利益に減価償却費が足し戻された値なので、
 設備投資をいくら実施しても、影響がない指標)
その上で、しっかり金返せよ。金利つけてな!

と、債権者が条件をつけているというわけです。

以上の条件が、
ソフトバンクの株主にとって「悪い条件ばかりだ」とは言えません。
設備投資を抑えつつ、利益を維持しながら、契約者数を伸ばし、
さらに、有利子負債による資本レバレッジの効きすぎた同社にとって、
有利子負債の償還期限があるわけですから、
「以上の条件が満たされるような経営」が実現できれば、
同社の株主にとっても悪い話ではない・・・とも言えます。

しかし、
「条件が付く」=「経営の自由度が失われる」
となるのは間違いないわけです。
これは、同社(の株主)にとって、極めてリスクの高い状況でしょう。

そもそも経営上のリスクとは、
取れる手段に制限が加えられることによって最大化します。
たとえば、
目的地までの「道」が複数あれば、ある道が厳しくても、
戻って他の道を進む選択をすることが可能ですが、
目的地までの「道」が一本しかなければ、
どれほど厳しくても、それ以外の「道」を選ぶことができないわけですから、
うまく到着できれば、万々歳ですが、そうでなければ散々な目に合うわけです。
かくして、選択肢が少なければ、リスクが増大するわけです。

その上、上記の財務制限条項は、
当たり前ですが「債権者の立場」が優先されています。
したがって、他の要因・・・特に競合の存在・・・を多くの点で無視しています。

一本しかない道。
その道に、ある日、「コドモ熊」や、他の国の「英雄」が飛び出てきて、
邪魔するかも知れません。
逆に言えば、「コドモ熊」や、「英雄」にとって、
獲物が通る「道」がはっきりしているわけですから、
これほど狙いやすい獲物は他にないと言っても過言ではありません。

そもそも、競合他社は、同社に比べ、
1、資本コストが安い(←資金が必要な勝負では資本コストが安い者の勝ち)
2、市場占有率が高い(←あらゆる場面で競争優位性となります)
3、設備が充実している(←ケータイですから、つながらなくっちゃね)
4、そして、同社に比べ「経営の自由度が高い」
など、
「利用料金の話」でしか優位性を打ち出せない同社
(↑とは言っても、ただの「広告上の表現」なだけですが)
に比べ、競合他社の優位性は確かなものです。

以上から、同社の株主のリスクは、かなり高いと予測できます。
資本市場が割りと効率的であれば、そのリスクは株価に反映され、
リスクに見合った株価まで下落するでしょう。

ただし、リスクが高いということは同時に、
「うまく行った場合のリターンも高い」ということを意味しますから、
博打好きの方は、是非チャレンジしてみてください(笑)

(リスクが高い=投資家に帰属するキャッシュフローの割引率が高い
 =割引現在価値の下落・・・うまくいけば株主のリターンの増大)


この会社、「資金調達面」で最も基本的な過ちを犯していると思います。
リスクの高い(=業績変動要素が大きい)事業には、
リスクマネー(=イクイティー)による資金調達、
リスクの低い(=業績変動要素が小さい)事業には、
デットによる資金調達が基本で、
それぞれの資金を最適なバランスで組み込むことが、
企業価値最大化の条件です。
(参考エッセー:DeepKISS第54号「最適D/E比率」)
しかし、まるで逆をやっていますから、とっても心配です(笑)


そういえば、その昔、
1、「無料」を謳い、
2、リスキーな事業にもかかわらず有利子負債による資本レバを利かせ、
結果、債権者の理解が得られず、大失敗した会社がありました。
僕が、他の誰よりも、よーく知っている企業の話です。
(この会社の場合の「無料」は、本当に無料だったんですけどね)
その会社とソフトバンクの大きな違いは、
「(ソフトバンクの方が圧倒的に)他の資産をたくさん持っている」わけなので、
(ソフトバンクの)デフォルトの可能性は極めて低いでしょう。

そもそも、債権者がたくさんの条件をつけるようになると、
経営はやばくなるわけです。
言い方を帰れば、
経営がやばいから、債権者がたくさんの条件をつけるわけです。
僕、そういうこと、誰よりもよーく知っているわけです。


人生でも、企業経営でも、「可能な限りオプションを残すこと」。
これとても大切なことです。
特に、リスクの高いことをするなら、絶対にオプションを削ってはなりません。

ただし、
オプションを用意することばかりに専念すると、
結局何もできなくなり、結果としてリターンもなくなってしまいます。
だからこそ、せめて、
リスクに見合ったリソースを選択する必要があるわけです。

しつこいようですが、
DeepKISS第54号「最適D/E比率」)
を是非お読みください。

2006年11月24日 板倉雄一郎

PS:
そういえば、ゴールドマンサックスが資金提供者から抜けています。
彼らは「(ソフトバンクに)はずされた」と表現していますが、
本当に「はずされた」のでしょうか?(笑)





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