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ITAKURASTYLE「資本コストは支払い金利だけじゃないのよ」

本日(2006年8月25日)の日本経済新聞朝刊一面トップ記事に、
「上場企業 負債依存度30%割れ」との見出しの下、
「金利上昇に抵抗力 財務改善進む」という内容があります。

この記事、企業の資本コストに関する理解が足りていません。
見出しでいきなり、「わかっていない度」満点です。

企業が有利子負債を返済するということは、すなわち、
株主資本に対する有利子負債の割合を減らすということ。
つまり、資金調達におけるDE比率の変更を意味します。
このとき、考慮しなければならないことは、2つ。

一つ目は・・・
金利が上昇すれば、有利子負債コストである「支払い金利」は上昇するが、
同時に株主資本コストも金利上昇分、上昇する。
金利は、株主資本コストの「底上げ分」ですから、
金利上昇に伴い、その分、株主資本コストも上昇するというわけです。
つまり、金利上昇に伴い、
有利子負債コストも、株主資本コストも同等に上昇するわけです。

二つ目は・・・
そもそも、
「株主資本コスト」 > 「有利子負債コスト」
ですから、有利子負債の返済によってWACCは上昇し、
結果として企業価値は破壊されます。

つまり、有利子負債比率を減少させたところで、
金利上昇による、
当該企業の全資本調達コストの加重平均(=WACC)の上昇を、
抑えることはできないのです。
解決できるのは、支払い金利を抑えることによる会計上の利益という
「一側面」だけです。
むしろ、
有利子負債の返済は、有利子負債コストにおける節税効果を失い、
企業全体の資本コストを押し上げることになります。

株主資本コストは、
有利子負債コストのような「キャッシュアウト」を伴いませんが、
株式時価総額に影響を与えます。
株主資本コストの上昇は、株式時価総額の下落という形で現れるわけです。

以上から、金利上昇局面における合理的な資本政策とは、
有利子負債を返済することではなく、
事業リスクに見合った最適DE比率を維持したまま、
変動金利の有利子負債を、
長期固定金利の有利子負債に置き換えることです。
(その場合も、いずれ固定金利の有利子負債の返済期限がくれば、
 有利子負債コストもその時点での長期金利になってしまいますが)

この記事もまた、
株主資本コストを無視し、
有利子負債コストだけを考慮した「経常利益」という指標と同様、
企業経営上最も重要な資本調達コストに関する理解の欠如
が見受けられます。
「借金返済=健全な財務」などという
稚拙な発想によって書かれた記事など、
毎月5000円も支払って読むべき記事ではありません。
一面トップ記事としては、残念ながらいけてません。

せめて、WACCに関する基礎的な理解を得て、
WACCの因数であるところのKe(=株主資本コスト)に与える金利の影響も
しっかり考慮いただきたいと思います。

しつこいようですが、金利が上昇すれば、Keも上昇します。
DE比率をいじったところで、金利上昇の影響を免れることはできないのです。
金利上昇局面における株主資本比率の上昇は、
なおさら、企業の資本調達コストを押し上げる結果になります。

2006年8月25日 板倉雄一郎

PS:
以上は、ファイナンスの常識中の常識。
そして企業経営上きわめて重要なことです。
もっと深く知りたければ、セミナーにいらしてください。
(↑ って、現在セミナーの募集してないじゃんかよ!)





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