板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  ITAKURASTYLE  > ITAKURASTYLE「ワーキングプア」

ITAKURASTYLE「ワーキングプア」

先週末(2007年12月10日)のNHKスペシャルにて、
「ワーキングプア」が取り上げられていた。

ワーキングプアとは、
働けど、働けど、生活保護水準以下の収入しか得られない人の
経済的様態を示す言葉だけれど、
この番組の副題に「論理の飛躍」が感じられた。
その副題とは、「努力しても報われない社会」。

果たして、
「与えられた仕事を毎日こなすだけが努力」なのだろうか?

僕は、この国の環境が、「努力が報われない社会」だと思わない。
努力する「内容」を吟味する「努力」が足りない結果、報われないのだ、と思う。

僕は釣りが割りと好きだし、釣果も割といい。
釣果が良い理由については様々な要因があるけれど、
釣りをしていて、明らかなことがある・・・
それは、
何度も何度もルアーを投げる「努力」をしたところで、
ずっと長い時間微動だにせず釣り糸を垂れる「努力」をしたところで、
そもそも、「魚がいないところでは釣れない」ということ。
だから僕は、
魚が、「どこにどんな状態で居るのか」
を突き止めるための知識と情報を集めることに「努力」をする。
結果、釣果は良い。

確かに、すべての人に、全く平等に、
豊かになるためのチャンスが配分されているわけではない、と思う。
しかし、だからこそ、「努力の内容」について、
それが効果的であるかどうかを吟味する「努力」が欠かせないのだと思う。

GE(General Electric)社の創業の父・トーマス・エジソンの言葉がある・・・
「Genius was 1 percent inspiration and 99 percent perspiration.」
 (天才は1%の直観と99%の努力である)

この言葉は「天才」について語られては居るが、
多くの普段の生活に生かせる重要な示唆が含まれていると思う。
多くの人は、このフレーズを聞いて、
「なるほど、天才と言えども努力なしではだめなのね」と、
「努力の重要さ」を認識するのだろうけれど、
僕は、
「なるほど、努力だけじゃだめなんだな」と、
「努力の内容の重要さ」を認識します。

何度か書いていることですが、
「貧乏暇なし」とは、「暇が無いから貧乏」なのだと思います。
目の前の仕事に追われ、
「学習する時間」や「吟味する時間」・・・つまり「考える時間」が不足し、
ただひたすら、言われるがままに仕事を続ける。
知識も乏しく、仕事の内容や努力の内容を吟味する時間が無ければ、
そりゃ報われない可能性が高いのではないか、と思います。

今の自分に努力できることとは、
「今の自分の持てる知識と経験を、努力によって増大させること」ができれば、
「それ以降の自分の持てる知識と経験の範囲」は、結構大きく広がるものです。

努力は、自らが豊かになるために欠かせません。
せっかくの努力ですから、その「内容の吟味」については、
十分に「努力」する必要がありますよね。

2006年12月13日 板倉雄一郎

PS:
ところで、このNHKスペシャル、
「ワーキングプアの方々自身には、全く責が無い」という視点で作られていました。
果たして、
盲目に、国を信じ、行政を信じ、企業を信じ、先生を信じて生きてきたことに、
なんら自己責任は無いのでしょうか?
政治も、行政も、それを担う人を選んできたのは、他でもなく私たち自身ですから。

PS^2:
そういえば、番組にコメントを寄せていたある経済学者が、
「中国をはじめとする安い労働力を受け入れると言うことは、
 日本人労働者の賃金を引き下げることになる」
などと、時代錯誤の発言をしていました。
人材を物理的に日本に連れてこなくても、
とっくの昔に、彼らの安い労働力による商品や原材料は、
この国にたくさん入ってきていますし、
もはやそれなくしては、今の日本経済も成り立ちません。
この経済学者は、「配分の取り合い」だけが、
経済をまわしていると思っているのでしょう。
それとも、だれでも同じ程度の労働価値しか社会に提供できないとでも思っているのでしょうか?





エッセイカテゴリ

ITAKURASTYLEインデックス