板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  ITAKURASTYLE  > ITAKURASTYLE「シュリンクにっぽんに喝!」

ITAKURASTYLE「シュリンクにっぽんに喝!」

少なくとも経済に関して、一つもいい話が無いこのところの日本です。
経済紙、ビジネス雑誌などを書店で立ち読みしていると、どんどん暗い気分になってしまいます。
暗い気分になるのは、それらの書籍の表現を鵜呑みにするからではなく、皆さんこぞって、
「この国はお先真っ暗だ!」
と、もっともらしい数値を持ち出して主張していることが、僕をして、暗い気分にさせてくれます。

こんなご時勢だと、元気の出る話などしてしまうと、
「こいつなに言ってんだぁ?!」
と非難されそうな雰囲気さえあります。
もちろん、無条件に「日本は元気になるぞ!」なんていえない現実がありますが、せめて、「?だから駄目だ」ではなく、「?すれば良くなるはず」といった解決策「案」を皆が提示するようにならないものだろうかと思う今日この頃です。

そこで本日は、未来の経済を担う「はず」のベンチャー経営について、書いてみたいと思います。

僕の定義するところのベンチャーとは、
「行う事業の選択とその事業に対する経営資源の集中によって(←つまりリスクを取ることによって)急速に成長しようとする経営手法」
です。
この手法の有利な点は、ある市場に対して、競合他社より積極的な投資を行うことによって、勝ち残る可能性を高めるわけですが、一方でこの手法の欠点は、その投資が失敗すれば、会社ごと吹っ飛んでしまうということです。
いわゆる「堅実な経営」とは相反する手法ですが、目先で潰れない経営を目指すあまり(=リスクを取らないことによって)、事業の発展や成長、そして未来の安定した経営を逃すことになるリスクを抱えることになるという視点では、決して「ベンチャー=やんちゃな冒険」ではないわけです。
つまり、「リスクを取らないことのリスク」を考慮した経営手法こそ、ベンチャーなのです。

このところ良い話を聞かないアメリカですが、それでも現時点では立派な経済大国です。
経済大国として継続できたアメリカは、ITをはじめとするベンチャーの成功によって支えられているのは言うまでもありません。
この日本においても、戦後、極めてリスキーな投資を行ってきたベンチャーが、今大企業となって、この国を支えていることも言うまでもありません。

この定義の下、ここ数年で株式上場を果たした「ベンチャーと呼ばれている企業」のオペレーションを見ていくと、残念ながらこの定義に当てはまる企業は、極めて少ないのが現実です。

たとえばキャッシュフローの側面から分析してみると、上場後に・・・
「営業キャッシュフローを超える投資キャッシュフローの企業が少ない」
という傾向を見ることができます。
これじゃ、事業収益の範囲で事業再投資を実行しているわけですから、何のために上場による資金調達をしたのか僕には理解できません。
それどころか、使うあてのない資金を調達し、使うあてが無いから、つまらない債券(←当然、当該企業の株主資本コストを下回る利回りしかえられません=企業価値の破壊)にて運用する企業さえあるわけです。
株式上場による資金調達とは本来、ベンチャーでなくとも、事業の成長のための手段であるはずなのに、彼ら「ベンチャーと呼ばれている企業」にとって株式上場とは、「潰れないための余裕資金の確保」に過ぎないのだなぁ、とシュリンクしてしまいます。

そもそも、事業で稼ぐ以上のキャッシュを、事業から生まれるキャッシュの分け前を譲ってまで、外部から調達するのは、急速な成長のための「時間を買う」という行為です。
たとえば・・・
ある飲食店が、独自のオペレーションで儲けているとしましょう。
この飲食店の経営者は、「この方法なら、出店を増やせば増やすほど、儲けが増えるはず」と考えているとしましょう。
この場合、経営者の目論見どおりに儲けを増やすには・・・

(1)最初の一店舗の稼ぎを蓄積し、二店舗目の出店費用とする
(↑ 営業キャッシュフローの蓄積を、未来の投資キャッシュフローに充てる=成長段階でもフリーキャッシュフローはマイナスにならない=外部からの資金調達の必要なし)

(2)最初の一店舗の稼ぎという実績を元に、有利子負債なり、増資なりで外部から資金を調達し、一気に5店舗とか店舗を展開する。
(↑ 財務キャッシュフローによって調達した資金を、一店舗目の営業キャッシュフローとあわせて、投資キャッシュフローに充てる=成長段階ではフリーキャッシュフローがマイナスになる=フリーキャッシュフローのマイナス分の資金を外部から調達する必要あり)

このように、大きく分けて2通りの方法があるわけですが、(1)の方法では、外部からの資金調達の必要がありませんから、少なくとも株式上場による資金調達の合理性はありません。
(2)の方法を「思いっきり」採用する経営手法こそ、ベンチャーというわけです。

しかしながら、印象深い(2)の手法を行っている新興企業はほとんどありません。
(僕の)好き嫌いは別にして、また、投資家から観た場合の魅力は別にして(笑)、ソフトバンクなどは、図体は大きいけれどベンチャーの典型です。
しかし、ソフトバンク以上に積極的にリスクを取るべき新興企業のベンチャーの場合、その経営はまるで「ベンチャー風中小企業」です。

また、本来ベンチャーとは、先にも書いたとおり、「事業を選択し、その事業に経営資源を集中投下することによって急速な成長を実現する経営手法」わけですが、なんだか皆、縮こまってしまって一つの事業に集中できず(=リスクを取れず)、どこにでもあるような(=他の誰もがやっていそうな)事業に、「新規事業」などと称して、ちょこちょこ投資するような「お茶を濁す手法」が目立ちます。

こんなことじゃ、未来に期待を寄せることなんてできません。
そんな「なんちゃってベンチャー」に投資することもできませんし、
そんな「なんちゃってベンチャー」ばかり育てる結果になった新興市場など、一体どんな意味があるのか、よくわかりません。
結局、どれほど「制度(←たとえば新興市場)」を作ったところで、それに参加する人間(←この場合投資家)が「リスクを取りたくない」という姿勢であれば、ベンチャーは育たないというわけです。
せっかく株式上場によって資金を調達しても、その株主が、やれ「配当しろ!」とか、やれ「株式分割しろ!」とか騒いでいるようでは、本当にベンチャーをやりたい経営者の足を引っ張るだけなのです。
なんというか、「上場したら飼い殺し」な感じがします。

以上のように、先行きに対する夢も希望も無い「今の金が一番大事」なんていう国民性では、いくら制度を作っても次の時代を担うベンチャーは育たないわけです。
(とはいえ、新エンジェル税制は、かなりの進歩だと思います。)

でもね、不思議なことに、「ベンチャーと呼ばれている新興企業」より、「大企業と分類されるグローバルカンパニー」の方が、明らかにベンチャー的投資を実施している現実があります。
たとえば、トヨタ自動車。
「トヨタ自動車がベンチャーだ!」なんて言ったら、村八分にされそうですが(笑)、実際彼らのキャッシュフローの推移を見れば、納得していただけるのではないかと思います。

         前期    前々期
営業CF   32,381    25,154
投資CF  -38,143    -33,755
(単位「億円」)

上記キャッシュフロー計算書の数字からわかるここ数年のトヨタ自動車は、営業上稼いだキャッシュとほぼ同等か、それをちょいと上回る程度の投資を行っているという事実です。
もちろん、これらの投資が、「すべて将来の営業キャッシュフローにプラスに働くかどうか」は、投資家それぞれが評価するべきことですし、その答えは未来にならなければわかりません。
しかしながら、少なくとも、将来に向けて極めて積極的な投資を行っているという事実に変わりはありません。
大企業トヨタですら、以上のように積極的に投資を行っているわけです。

誤解を恐れずに表現すれば、時価総額数十億円?数百億円のベンチャーが、ベンチャー的経営によって倒産したところで、トヨタが事業に失敗することと比較すれば、日本全体に与えるインパクトなど大したこと無いのです。
だからこそ、「失敗しない経営」より「失敗する可能性は高くなるが、成長するために事業投資する」という姿勢が、ベンチャーであるからこそ求められるわけです。

「ベンチャーの皮をかぶった中小企業」のIPOブームは、単に投資家を毀損するだけで終わってしまうのではないでしょうか。
それじゃ、日本は元気にならないんじゃないでしょうか。

2008年1月21日 板倉雄一郎

PS:
メディアでは、「日本の将来は暗い」という話ばかりです。
そんな「予測」はどうでもいいのです。
予測はあくまで予測に過ぎません。
今必要なのは、「ヴィジョン」です。
なのに、私たちの国のトップは、今、「ガソリンの値段」に没頭しているみたいです(笑)。
それが国家にとって最も重要なことなんですか?
そんなの単に国内での「取り合い」に過ぎないじゃないですか。

PS^2:
株価が下落しています。
でも、「価格」がどうなっても、それが直接「価値」を表しているわけではありません。
価値に対して投資する姿勢で居れば、価格下落は投資チャンスの増大に過ぎません。
外国人がジャパンパッシングしたおかげで、ようやく眠れる1400兆円の活路が見出せるわけじゃないですか。
PBR1.0倍割れの企業もたっくさんあります。
悲観的に見積もった一株辺り株主価値を大きく下回る株価の企業もたっくさん出てきました。
いつが価格の底なのかは少なくとも僕にはわかりませんが、おいしい買い物ができる状態にどんどんなっているわけです。
悪いことばかりじゃないんですよ。





エッセイカテゴリ

ITAKURASTYLEインデックス