板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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ITAKURASTYLE「週末の徒然」


メモって置いたエッセイネタの大放出(?)「週末の徒然」です。
<教えていて愕然とすること>
ファイナンスや企業価値評価、そして投資手法について教えることがこのところのメインの仕事となりつつありますが、この仕事をやっていると、時に愕然とすることがあります。
せっかく文章で書いているのに、それを読んでいるはずなのに、まるで理解していない方がいらっしゃることは、「しょっちゅう」なので、慣れました(笑)。
そんなことがあっても、愕然とはしません。
愕然としない代わりに、
「もっと分かりやすい書き方」を考えるよい機会だと思っています。
愕然とすること、その1・・・
教えた相手が、
「板倉さんのおかげで、投資が怖くなくなりました。
 評価損に翻弄されることがなくなりました。
 おかげで、○○社に投資して、一時は▲万円の評価損が出ましたが、
 自分の評価を信じて待った結果、今は△万円の評価益が出ています。
 ありがとうございます!」
と、御礼があったりするのですが、
このときの、「?万円」から算出されるその方の「運用額」が、
「僕の運用額より多い!!!!!!」
って、わかってしまうとき、愕然とします(笑)
(もちろん、「その株式に関して」ということではありますが)
今後は、「資産運用額に応じたセミナー料金」をいただこうと思います。
(↑ うそです)
愕然とすること、その2・・・
合宿セミナーのお申込みをいただき、
申し込みフォームの「ある数値」を見て、愕然とします。
その数値とは、「年齢」です。
「21歳」とか書かれると、愕然とします。
僕自身が21歳の頃、こんなセミナーがあっただろうか?
あったとしても、僕がそれに興味をしめしただろうか?
いや、どちらもありえない。
車と女性、それだけだったような気がする。
20代前半で企業価値評価手法を学べる・・・
この方が今の僕の年齢になることには、どうなっちゃってるんだろう・・・
くそぉ?うらやましぃ???!
今後は、「年齢に応じたセミナー料金」をいただこうと思います。
もちろん、年齢が若いほど、料金が高くなる設定です。
(↑ うそです。)

<世界最大のプラネタリウム>
自宅の近くに、船橋市立船橋中学校がある。
この学校の校庭は、やたらと広い。
聞くところによると、千葉県下第3位の広さだという。
GoogleMapで調べたところ、
軽く1万2000坪(正方形で200m*200m)はある。
夜、ワンコを連れ、この校庭を散歩するたび、
僕は校庭のど真ん中に仰向けに寝そべり、夜空を見上げる。
特に晴れた冬には、満天の夜空が広がる。
広い校庭のど真ん中では、
寝そべりながら眼球を上下左右(=東西南北)に思いっきり振っても、
建物が目に入らないから、見える限りのすべてが星、そして星。
数年前、この夜空を見上げながら思った・・・
「将来、こんな夜空を見上げられる世界最大のプラネタリウムをつくり、ベッドルームにしよう!」
条件はいくつかあった・・・
1、周囲に星の輝きを妨げるような光源がない場所に、
2、周囲に高い建物がない敷地を確保するか、
3、周囲のあらゆる建物より高い建造物を作り、
4、昼間は太陽光線をさえぎり、雨風をしのげる「透明なドーム」を作る。
結構金がかかる。
でもやってみよう。
ということで、田舎物件を探したり、
電気的に透明と曇りを切り替えることができるガラス素材を探したり、
そのガラス素材を半径5メートルほどの半球ドームにするコストなどを調査した。
ものすごく金がかかる。

その後のある日、いつもと同じようにワンコを連れ、
校庭で寝そべったときに思った。
「これでいいじゃないか!」
かくして、
1、天候次第では動作しない。
2、季節や時間を自由に設定できない。
という問題はあるが、
1、とにかく世界最大!
2、持ち運び自由!
3、維持費ゼロ!
という僕の「世界最大のプラネタリウム」は完成した!(笑)
大自然を所有したい!・・・なんて愚かな考えだろうか。
所有しようがしなかろうが、大自然は目の前にある。
所有とは、かくも儚き愚かな概念だろうか。

<僕は(当たり前だが)神様じゃない>
僕は、
「?が真っ当であって、?は真っ当ではない」とか、
「?が社会をミスリードしている」とか、
「?は間違いで、?が正しい」とか、
もろもろのことに、(僕の価値観の基準で)甲乙つけたがる。
そして、それをこうして文章にすることを、ある意味仕事にしている。
で、時に思う・・・
「○か×かなんてことを考えるより、
 すべてを受け入れ、許せばいいじゃないか! 自分よ。」
しかし、それができない。
僕は、なんて心が狭いのだろう、と思う。
そう思うと、「なぜ心が狭いのだろう」と、その原因を考える。
そして、その原因がわかった。
「僕は、(あたりまえだが)神様じゃないから、仕方がない」
きっと神様から見れば、くだらなく、些細なことを、僕は必死に訴えている。
けれど僕は、神様じゃないから、「その役回り」を続けている。
きっと神様は、僕の役回りも、「許してくれる」だろう。
だからこそ、今こうして生きていられる。

<自分が変わらないからだ>
都合の悪い人間関係を排除したい、と思ったことがあると思います。
「このタイプの奴と付き合うと、ろくなことがない」とか思って、
そいつとの関係を断ち切る。
しかし、
「ほっ」としているのもつかの間、何年かして気がつくと、
その昔、関係を断ち切った奴と同じようなタイプの人間が、
目の前に居たりする。
そして、同じように、面倒な相手だったりする。
最初は、不思議なことだと思っていた。
けれど最近、その理由がわかる。
「自分が変わらないから、同じような相手に遭遇する」のだ。
自分の環境を変えるには、自分自身が変わらなければならない。
不都合な相手を呼び込まないような自分に、自分自身を変えることも一つの手だが、不都合だと思う相手さえも受け入れることもまた、一つの手なのかもしれない。
オンナ(オトコ)運が悪い、と思う男性(女性)の場合も、
詐欺に引っかかりやすい人の場合も、
投資で損ばかりする人の場合も、
それらの原因は、「運」なんかでは、ない。
これらを排除するためには、自分を根本的に変えること、
(たとえば投資においては価値評価やマーケット原理を学ぶこと)
ですが、
これらを「受け入れる」ということは、
たとえば、株式投資の損を承知で投資活動を続けることではなく、
「投資に向いていない」と認識し、地道に働く道を選ぶことです。
どちらにするかは、本人が自由に決められます。

以上、週末の徒然でした。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
2007年6月24日 板倉雄一郎





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