板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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ITAKURASTYLE「プロセスにこそ価値の源泉がある」

昨日のワールドビジネスサテライトに、元SONY最高経営責任者、現クアンタムリープ社代表取締役の出井伸之氏が出演していました。

彼の発言のほとんどすべてに、「同意」を感じました。

1、日本は海外から内需拡大を迫られているが、日本は輸出主導で行くべき。
2、売るべきは、「完成品」だけではなく、その「プロセス」も売れる可能性がある。したがって現在の輸出企業以外でも、ノウハウを持った中小企業にだってチャンスはある。
3、日本的資本主義(←レバを利かせ過ぎず、実業の手助けになるような金融)を世界に広げるべき。
4、とはいえ日本の金融システムは世界的に観れば遅れている。
などですが、僕が最も「同意」を感じたのは、2の「プロセスにこそ価値がある」という部分です。
僕は、企業価値評価を行ううえで、当該企業の「バリュードライバーを見つけろ」ということを訴えています。
企業が価値を生み出す源泉はどこにあるのか?ということなのですが、これ要するに、顧客にとって価値ある商品を生み出す「過程」にこそ、その企業の価値の源泉があるということに他なりません。

僕がこのことに始めて気がついたのは、今から20年ほど前、当時のゲームソフト会社経営に行き詰まりを感じ、当時の六本木交差点近くの青山ブックセンターに足を運び、「たまたま」見つけた本にこのことが書いてあった時でした。
当時の僕は、その本の著者がどのような人物であるのかを全く知りませんでしたが、その本に書かれている普遍的で合理的な内容にインスパイアされたことを思い出します。
その本には、「企業が競合企業に対して優位に立つことができる源泉は、その企業の業務(エンジニアリング)にある」といったことが書かれていました。
この部分を読んだ僕は、直ちに同書を購入し、自宅に帰り読みふけったものです。

後に、この本「現代の経営」の著者ピータードラッカーが、世界的に有名な「哲人」であることを知ったわけです。
(残念ながら、この本から学んだはずの僕は、後に大失敗してしまうことになるのですが・・・)

 

(中国などの)新興国に比べた日本の(特に製造技術の)優位性について議論をすると、

「彼らは、(日本製の)商品とか生産設備の『箱を開けて』中身を調べるから、いずれ日本は彼らに追いつかれる」

といった意見が出てきます。
一見真っ当な主張に見えますが、このような主張は、企業の実態を知らない方の意見だと思います。
なぜなら、「完成品(←それは最終的な商品であっても、製造技術の一部でもよいのですが)」をどれほど観察したところで、その製造プロセスまで完全に調査することはできないからです。
もちろん、それなりの時間とお金をかけて、本気で「プロセスまでコピーしよう」と彼らが思えば、そのプロセスを理解することができるかもしれません。
しかし、プロセスが判明したとしても、それが強く「働く人間」に依存し、最終的に「企業文化」に依存しているとすれば、同じプロセスを「実現」し、「稼動」させることは至難の業なのです。
プロセスを分析し、企業内部に同様のプロセスを実現するための設備やルールを敷いたところで、そのプロセスを実際に運営するのは他でもなく「人間」ですから、結局のところ表面的なプロセスをいくらまねしたところで、教育または「教育システム」が伴わなければ機能しません。
したがって、製品や製造技術の『箱を開けて調べる』からといって、直ぐに真似され、追いつかれる、というわけではないのです。
企業って、そんなに簡単に真似できるものではないのです。

企業が生み出した商品があり、
その商品を生み出すプロセスがあり、
そのプロセスを構築する人間があり、
その人間を教育する企業文化があり、
その企業文化を支える民族文化がある。

だから、ほら、いわゆる「米国流ベンチャー」は、日本では育たないでしょ。
いくら新興市場を作って、ベンチャーの資金調達面での環境を整備しても、
いくら産学協同をおし進めても、
いくら米国流ビジネススキルを持ち込んでも、
そんな表面的なコピーは、米国流ベンチャーが育つ環境の「ほんの一部」に過ぎないわけです。
同じように、日本の製造技術が、そう易々と新興国にコピーされることもないわけです。

それでも、「日本だって、昔は箱を開けて真似した結果、成長したんじゃないか」という意見もあります。
確かに、そういった部分もあります。
けれど、日本企業の場合、「箱を開ける」ことも行ってきましたが、そのプロセスまでコピーしたわけではありません。
たとえば、自動車産業が成長する過程で、確かにドイツ車に学んだことはたくさんあります。
けれど、その製造プロセスについて、日本はドイツとは違った、ドイツの上をいくシステムを独自に生み出してきました。
トヨタのいわゆる「カンバン方式」などがその良い例です。
結果、世界一の自動車立国になれたわけです。

つまり、「コピーしようとする連中には追いつかれてしまう」という意見には説得力が無いというわけです。
表現を変えれば、「(新興国の企業などが)同等程度の製品を作る独自のプロセスを開発し始めたら怖い」とはいえると思います。

今、この国の将来にとって「極めて由々しき問題」は、いわゆる「理工系学生」の減少です。
彼らが減少すれば、日本の「モノ作りの優位性」は、たちまち消失してしまうでしょう。
総人口が減少したところで、たいした問題ではありません。
そもそも日本の「内需」は、世界的に観ても決して大きくはありませんから、内需に頼ることには直ぐに限界に達してしまうわけです。
その上、日本はあらゆる「生きていくための資源」を海外から調達しなければならないわけですから、国内での価値のやり取り(≒国内でのパイの奪い合い)だけでは、「食べていけない」のです。

「内需を拡大しろ!」という海外からのお決まりの注文は、要するに、
「お前ら売ってばかりいないで、もっと買え!」ってことなのです。
そんなご都合主義的意見は聞き流して置けばいいのです。
日本は、日本の置かれた環境に適した独自の国家戦略をとる必要があります。
その基本は、独自の優れたプロセスを生み出し、運営する「人材」を育て続けることなのです。

「おらが村の代表」に過ぎない現在の政治家には、何も期待できませんけれど(笑)

2008年4月2日 板倉雄一郎

PS:
先日取材を受けた「ダイヤモンドZAi」の原稿を拝見しました。
文字数制限の関係で、一部わかりにくいところもありましたが、全体としては面白い内容になっていると思います。
ご興味のある方は、次の同誌を見てみてください。
ただ、僕のタイトルが「投資家」になっている点が気になります。
気になったからといって、他に適切なタイトルが見つからないので、いつも困っているのです。
「失格経営者」であることは間違いないのですが、僕って、一言で言ったら、「何やさん」なんでしょう・・・





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