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ITAKURASTYLE「外資規制」

空港関連企業に関するいわゆる「外資規制」が議論されています。

2008年2月29日の日経新聞社説でも、「空港会社の外資規制見送りは当然だ」という見出しで、「規制なんかせずに、もっと自由化しろ」といった意見を表現しています。

この議論、経済においても、政治においても、そして国家安全保障の上でも極めて重要なテーマですから、議論をすること自体に価値があると思います。

しかし、議論をする上で重要なことは、「現状認識」です。

僕の結論は、

「ある程度の外資規制は行って当然だ!」ですが、僕の結論はさておき、「現状認識」についていくつかのポイントを整理してみたいと思います。

①そもそも米国やEUや中国などは、それなりの外資規制を行っている事実。

(または、外資規制に乗り出せる柔軟な法律を持っている。)

②貿易収支が万年赤字の米国や、経済成長のために外資による投資を必要とする中国などと違い、日本の場合、国内に「運用されていないお金」が潤沢にあるという事実。

③日本が危機的状況になるのは、株価下落でもなく、(資本における)ジャパンパッシングでもなく、日本の「商品」が売れなくなるときという予測。

などです。それぞれもう少し詳しく書いてみます。

①欧米中における外資規制

日本と欧米の外資規制に関するこの記事をお読みいただければ概要はお分かりいただけると思います。この記事の中でも触れていますが、米国には「エクソン・フロリオ条項」という外資規制があります。実際の発動の例は極めて少ないようですが、この法律、ごく最近も「強化」されているようです。

(参考文献:エクソン・フロリオ条項

発動の例は極めて少ないですが、この法律の「存在」そのものが、外資に対する結構な「圧力」になっていることは、過去の例を見ても明らかです。

この法律の「強み(?)」は、その規定が極めて曖昧であるが故に、米国政府がその気になれば、どんな分野の企業にでも外資規制を合法的に行うことができるという点です。

2つほどケースを・・・

2005年に石油大手ユノカルの買収を狙った中国海洋石油のケースでは、中国がユノカルを買収しようとしたが、官民でつぶして、最後はシェブロンが買収した事件。
ホワイトアンドケース法律事務所の解説


中東・アラブ首長国連邦の政府系の港湾運営会社である「ドバイ・ポーツ・ワールド」が、ニューヨークなどアメリカ東海岸の7つの貨物港の運営を手がけることになったのに対し、米議会が超党派でこれに反対して話を潰した事件(こちらはエクソン・フロリオ条項的には一応委員会のOKはでていた模様)

以上のケースからお分かりの通り、米国の場合、安全保障上という曖昧な用件で、いつでも大統領+委員会の権限で制限していけるのが米国の外資規制であり、一方、日本の場合、放送法などの個別法で規制しているという点に違いがあります。

外資規制を個別法で定める日本の場合、外資規制を法に盛り込むためには、将来起こりえるすべてのケースについて、すべての業界の個別法にあらかじめ外資規制を盛り込む必要があるわけですが、そんなことは不可能に近いです。

よって、「事あるたびに」個別法を見直す議論がなされ、結果として、「日本は閉鎖的だ」という認識を海外の投資家にもたれてしまい、それがいわゆるジャパンパッシングに繋がるのではないかと思います。

事実上、米国やEUの外資規制の方が強力で、(悪く言えば)「感情的に行使できる」とさえいえると思いますが、この(良く言えば)柔軟な法律のおかげで、たくさんの個別法に、別々の外資規制を盛り込む必要が無いですし、よって、起こるケースに応じて法律を見直す必要がありません。

結果、日本に比べ米国やEUの方が「一見」、外資規制が「ゆるい」という印象を投資家にもたらすのではないでしょうか。

また、もっと実行力のある事実上の外資規制は中国が実現しています。

中国の外資規制に関する法律について詳しく調べたわけではありませんが、調べるまでも無く、皆さんご存知の通り、中国の上場企業が発行する株式は、中国国内投資家向けのA株、海外投資家向けのB株、そしてH株など、いくつかの種類があり、さらに、「株式を保有する者によって、流通・非流通」の制限が加えられています。

この流通・非流通の違いは、株式そのものの「権利」に違いがあるのではなく、株式そのものの「権利」には違いが無いのに、その株式を保有する者が誰であるかによって流通の制限が加えられているという点において私たちにはなじみの無い特徴があります。

たとえば、時価総額世界最大といわれるペトロチャイナの場合、発行される株式の90%近くが国有株であり非流通になっていますが、これほど強力な「事実上の外資規制」の手段は他にありません。

(ちなみに、ペトロチャイナは今日現在、世界で最も時価総額の大きな企業です。その額およそ55兆円!・・・しかし時価総額とは面白いもので、非流通の中国政府による保有分も、流通されている株価によって積をとった値になっています。

以下、国有分以外のH株の大株主リスト・・・

1. Franklin Resources 5.0%
2. UBS                3.7%
3. Credit Suisse      3.5%
4. Berkshire Hathaway 3.1%(←バフェット氏の会社)
5. Deutsche Bank      2.7%
6. Citigroup          2.6%
7. Templeton AM       2.1%
8. JP Morgan Chase    1.8%
9. US Indices         1.5%
10.Capital Reserch    1.3%)

何しろ、外資規制を行おうとする場合の主体である国家がスーパーメジャー株主ですから、国家が保有する株式を売りさえしなければ、外資による買収も、外資による経営に対する口出しも、ありえないわけです。

中国のこの方法、海外の投資家からいちゃもんをつけられない事実上の外資規制です。

日本の場合でも中国ほどではありませんが、たとえば、NTT(日本電信電話)の筆頭株主は「財務大臣」で、その保有比率は、33.7%(ただし金庫株数調整を行えば実質40%ほどの保有)です。(33.4%が、いわゆる「拒否権」を発動することができる最低限の持ち株比率)

つまり、外資規制の法体系は違っても、米国も、EUも、そして中国も、彼らにとって必要な外資規制は、「日本以上に」しっかり行っているというわけです。

この点を見過ごし、「外資規制が海外投資家の投資意欲を失わせている」という因果を直ちに認めるわけにはいかないと思います。

②Invest JAPAN?

日本は、何かと海外からイチャモンをつけられるとビビる傾向があります(笑)

そして、日本の政策を議論するときに、「欧米の場合は・・・」などと、まるで欧米がすべての点において、その基準を示しているかのような仮定の下に議論がされます。

もちろん、①の説明の通り、「日本だけが悪い」のような誤った論調には、「欧米だって・・・じゃないかよ」という欧米基準を持ち出すことは必要だと思います。

しかし、それぞれの国家は、経済においても、安全保障においても、政治体制においても、それぞれの事情があり、それが大きく異なっているということを無視することはできません。

たとえば米国の場合、その経済構造上、海外からの投資を必要としています。

米国は、彼らが国内で生産する以上を国内で消費してしまう万年貿易赤字国ですから、ドル紙幣はどんどん海外に流出してしまいます。それをある程度取り戻すために、「資本の流入」がどうしても必要な構造です。

もし、資本の米国内への流入が無ければ、貿易赤字分のドル紙幣を永遠に「刷り続ける」ことになりますが、そんなことをすれば、ドル紙幣の交換価値が下落し(つまりインフレートし)、今以上にドルが売られる可能性があります。

「売る金額より、買う金額が多い」米国の場合、対外通貨ドルレートが下がれば下がるほど、貿易赤字が拡大するわけですから、こんなシナリオは米国にとっていただけないわけです。

だから、米国は、米国債を海外に「売りつける」し、投資家にとって魅力的(に見える)企業をどんどん排出しているわけです。

(ただし、国際決済通貨発行国であるという特異性も無視することはできませんが、これを書き始めると面倒になるので割愛します。)

また、中国など新興国の場合も、その経済構造上、海外からの投資を必要としています。

新興国の場合、その経済発展のために、工場を作ったり、研究開発を行うための「資本」が必要ですが、その資本を国内で調達することができないため、海外からの投資を必要とします。

さて、日本の場合はどうでしょうか?

日本企業が事業拡大のために必要とする資本を調達する「原資」が、国内に無いのでしょうか?

ありますよね。運用されていない個人金融資産は数百兆円あります。

ただ、その資産を保有する個人が、株式投資など比較的リスクの高い運用を好まないか、日本より成長力の高い海外への投資をする傾向があるなどの原因により、日本人の持つ金融資産が、日本企業に向いていないという問題はあります。

もし、「Invest JAPAN」が、日本株のプライスキーピングのためだとすれば、その言葉は、最初に「日本国民」へ発するべき言葉だと思います。

欧米基準を持ち出し、

「2005年に日本が海外から受け入れた直接投資の残高は国内総生産(GDP)の2・2%しかなく、欧州連合(EU)の33・5%、米国の13・0%を大きく下回る。」

といった「部分の数値」によって「日本は資本において閉鎖的だ」といった印象を与える記事や論調が目立ちます。

外資が入らないことが原因で日本企業の資金調達がままならず、結果として業績が悪化しているというのなら話は別ですが、そんなことは全然無いわけです。

真っ当な日本企業の多くは、自らの営業キャッシュフローを一時的に内部留保し、その資金によって事業への再投資が十分にできていますし、また、M&Aなどで一時的に資金が必要になった場合、(当該企業の信用力次第ですが)国内の金融機関による間接金融調達も十分に可能です。

日本の場合、海外からの資本がどうしても必要というわけではなく、

「資金はあるが、それを有効に利用しようとする『内需関連事業』が無い」

という点が最も大きな問題だと思います。

③日本がヤバイ状況に陥る時

生活のためのあらゆる資源を海外に依存する日本の場合、輸出企業の営業キャッシュフローが将来長期的に下落する(=企業価値の下落する)ことがあるとすれば、それは由々しき問題です。

しかし、ジャパンパッシングによる一時的な「株価下落」は、実は大した問題ではありません。

東証の「取引額(←あくまで取引額であって、株式シェアでは無いところを忘れないでください。)」の大部分を占める外資が日本への投資を引き上げる過程において、株価は当然ながら下落します。

しかしいつも書いていることですが、「株価下落=価値下落」では必ずしもありません。

いくら外資が「日本は閉鎖的だからやぁ~めた」と資本を引き上げたところで、たとえば(極めて極端な話ですが)トヨタ自動車の時価総額が現在の10分の1になったとしたら、国内の資金はもとより、日本に対して閉鎖的な「印象」を持ち一度は逃げ出した外資だって、しっかり買いに入るのは間違いありません。

むしろ国家戦略的には、外資が逃げ出す過程で「大幅な割安企業」がたくさん出てきたところで、国民の「貯蓄から投資へ」を推進することも夢物語ではありません。

このスキームでは、日本の生活者が、日本企業の株主に成ることによって、企業の従業員という側面での配分に加え、投資家としての配分を受ける権利を安く取得する(=利回りが高く取得する)ことができます。

日本の生活者が投資家としての配分も受け取ることができれば、その配分は自然と国内消費に回されることになりますから、いわゆる内需拡大にも貢献することになるでしょう。

以上から、日本における最も深刻な事態は、

ジャパンパッシングによる外資の逃亡でもなく、

それによる一時的な株価下落でもなく、

日本企業の「事業価値が下落するとき」、つまり、

「メイドインジャパンが売れなくなるとき」なのです。

 

理工系を志願する学生が減少しているそうです。手っ取り早く儲かる(と彼らが思っている)金融業に勤めようとする学生が増えているそうです。

ジャパンパッシングより、この問題の方が遥かに重大なことです。

必要な外資規制はやればいい。

それによって外資が逃げ出し、一時的な株価下落があってもいい。

けれど、メイドインジャパンが売れなくなってしまったら、大変なことになってしまいます。

<今、株価が上昇すればそれで本当にいいのか?>

今、世界には、いわゆる「投機マネー」が徘徊しています。

いわゆるサブプライムローン問題による信用収縮によって、ある程度投機マネーはその姿を消しましたが、それでも実体経済規模を遥かに上回る投機マネーは世界を徘徊しています。

投機マネーによる株価上昇なら、そんなもの「いらない」と僕は思います。なぜなら、投機マネーによる株価上昇とは、要するに「投機家による株式の支配」に他ならないからです。

そんなお金に支配された企業は、継続性を失います。

株価より、「誰がどんな目的で株主になっているのか」がという点を忘れてはなりません。

いわゆる外資にとって、日本企業はキャピタルゲインを得るためだけの対象ですが、私たち日本で暮らす人々にとって、日本企業、とりわけ社会インフラ企業や輸出企業は、ギャンブルの対象ではなく、私たちが豊かに暮らすために欠かせない存在なのです。

必要な外資規制は、すべきです。

2008年3月3日 板倉雄一郎

PS:

とはいえ、「ビールも売ってる不動産事業会社」や、「とんかつソース会社」といった一民間企業の「買収防衛策」の議論と、本文での安全保障にかわる企業の「外資規制」は、似たような議論ですが、その議論のレイヤーは全く別次元ですのであしからず。

PS^2:

ご覧いただいている通り、本ウェッブサイトはリニューアルいたしました。

リニューアルによって、ページ意匠を変更していますが、このリニューアルの本来の目的は、「一定の知識があれば誰でもプログラムを変更できる構造にする」という当事務所内部の都合によるものです。ページ意匠の変更は、「ついでに」ということですので、読者の皆様にとっての利便性が劇的に高くなったわけではないことをお断りしておきます。

今後も、読者の皆様のご意見を尊重し、必要な変更を継続的に加えてゆきますので、ご意見ご要望を是非お寄せください。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

PS^3:

本文とは直接の関係はありませんが、この記事皆さんの投資活動の参考になると思います。

PS^4:

急速に(対ドルでの)円高が進行していますが、これを受けて、日本の輸出企業の株式が売られ株価が下落しています。

この現象、「(価値に与える)悪い側面ばかりをカウントしている」と思います。

日本の場合、米国とは全く逆に、「国内で消費される以上に生産し輸出する」経済構造ですから、自国通貨が輸出先国の通過に対し安いほうがよいのは当たり前です。したがって円高によって輸出企業の株価が下落するのは当然だと思います。

しかし円高の良い面をカウントしない評価は、十分ではありません。

たとえば、原油価格は産油国以外のあらゆる国の経済を下振れさせますが、原油輸入国の通貨が(原油取引決済通貨であるところの)ドルに対し高くなるのであれば、ドルベースの原油価格高騰を「ある程度」吸収することができるわけですから、円高の良い側面が全く無いわけではありません。

しかしこの「良い側面」は、あまりカウントされていないようです。

このところの株式市場は、何か変化が起きたとき、その変化の負の側面しか拾わなくなってしまっているように思います。

まあ、価値下落以上の株価下落であれば、投資家にとって悪いことばかりではありませんけどね(笑)

この円高、株価下落を伴っているわけですから、「日本が買われている」わけでは全然無くて、「他の国が売られている」わけですから、いつまでも続くとは思えません。

円高のときに政府によるテクニカルな為替介入(←為券発行して調達した円資金を売り、ドルなどを買う行為)よりもっと実質的な為替介入(?かな)・・・円高のうちに原油、穀物、鉱物資源など「時間が経っても腐らない原材料」を買い込んで、溜め込んだほうがいいと思いますけれど・・・先物取引ではなく、長期で溜め込むための現物ね。





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