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KISS 第67号「乱発MSCB」

このところ、上場新興企業による外資を引き受け手にした、MSCBの発行が相次いでいます。
資本市場は、死んでしまいそうです。

MSCBを、どの企業が発行したのか? については、そこらへんにいくらでも情報が転がっているので、それを参考にしてください。
また、MSCBとは何ぞや? については、過去のKISSを適当に読んで理解してください。

KISS的に言えば・・・
「株式分割による、実体経済価値と乖離した一時的な株高を利用した、株式交換による企業買収」を、法人の覚せい剤と比喩するなら、「既存株主の毀損の上に成り立つ、資金調達手法MSCB」は、モルフィネまたは、ヘロインです。
時価総額に対する調達額の比率は、さながら、体重に対する薬物の摂取量に相当するでしょう。
つまり、これまでは、「末期症状」の企業が、「仕方なく(=株券が完全に紙切れになるぐらいなら、株主の犠牲を払ってでも、資金調達をして延命するほうがマシと言う理由で)採用する手法」として、MSCBは重宝しました。
しかし今、新興企業は、ほぼ間違いなく資金調達が可能な手法であるMSCBを乱発しています。

「あちらがやるなら、こちらもやってやる」ってことなのでしょう。

彼ら新興企業(主に、IT関連企業)は、このところの「過剰流動性」に乗り、「楽勝資金調達」を実施してきました。
過剰流動性の元での「だぶつく資金」は、「少しでも利回りがあれば投資します」という性格を持っています。つまり、投資家の期待収益率はさほど高くなく、よって、調達した企業の資本コストが大幅に上昇することはありませんでした。
しかし、彼らは、この過剰流動性の波に乗り、資金調達や、その資金を利用した買収をやりすぎてしまいました。やりすぎてしまった結果は、「期待以上の利回りが出せない」と、化けの皮がはがれる状況を迎えます。
彼らは、投資家からの資金を預かっている以上、それでも経営を続けなければなりません。
そもそも大した価値創造を行っていない企業は、実体経済価値より相当に高い通貨(=当該企業の株価)での「時価発行増資」が現実的に不可能な状態を向かえ、ついには、MSCBを採用することになります。
有利子負債に置き換えて簡単に表現すれば、通常の融資が受けられない企業が、高利のジャンク債を発行することに似ています。
「今のうちに、キャッシュを生む実業を、手に入れてしまおう」ってことなのでしょう。

MSCBは、その条件が様々です。
しかし実際に発行されているMSCBは、社債部分の金利ゼロ(=ゼロクーポン債)、市場価格を因数に下転換価格変更(主に、下方修正条項付き)、さらに、転換価格は市場平均より、10%ほど安い転換価格(=適法だが明らかに有利発行)というものです。
このようなMSCBは、その引き受け手(たとえば、ライブドアの場合のリーマンブラザース証券)は、ほぼ確実に、「短期間で大きな利益」を出すことが可能です。
よって、引き受け手にとっては、濡れ手に粟です。
その確実に儲けられる原資は、MSCB発行企業の既存株主が提供していると言うわけです。

MSCBの引き受け手、MSCBの発行企業、発行企業の株主と3者の金の流れは、以上からお分かりの通り、既存株主の毀損分が、MSCBの引き受け手の利益という構造を持っています。

いつか見た光景ではないでしょうか?
そうです(←って誰に言ってるの?)、バブル時の、「銀行による提案融資」とそっくりです。
当時、銀行は、不動産会社に対し、「この物件、値上がりしまっせぇ?」と、融資を持ちかけました。
銀行にとって、本当にその物件の値段が上がるかどうかなんてことは、どうでもよかったのです。
ただ、融資というカタチで、資金を運用してくれる「カモ」として、不動産会社や、不動産投資に興味のある事業会社会をそそのかしていただけのことです。
しかし、所詮日本の銀行なんぞ、お金の仕組みも、そのリスクもさっぱりわかっていない連中ですから、最後は、不動産会社が吹っ飛んで、その付けは、銀行そのものが「債権放棄」などのカタチで背負うことになりました。

このところのMSCBの引き受け手は、邦銀ほどマヌケな連中ではありません。
彼らは、マネーゲームのプロフェッショナルである外資投資銀行や、外資ファンドです。
MSCBを外資有名ファンドに引き受けてもらった新興企業の中には、有名ファンドからの資金調達を自慢げに話す「おめでたい経営者」が何人も居ます。
なぜおめでたいのか???
有名ファンドが、有名である所以は、その実績が高いことにあります。
彼らが資金を提供すると言うことは、すなわち、「投資家の期待収益率が高い」と言うことを、ダイレクトに示します。
期待収益率の高い投資家の資金を調達すると言うことは、調達した企業の資本コストが高くなると言うことを、ダイレクトに示します。
つまり、「自分の会社の資本コストは非常に高いんです!」って自慢していることと同じです。
おめでたいわけです。

不動産バブル時の金融機関の手法は、単なる融資でしたから、彼ら金融機関が利益を現実にするためには、それ相当の時間(=元本と金利の回収)が必要でした。
しかし、MSCBを引き受け、利益を出すのには、大した時間は必要ありません。
ライブドア騒動のリーマンブラザース証券の儲けが、あっという間に確定したことを見れば、誰でも容易に理解できるでしょう。
現在、乱発されるMSCBの引き受け手は、それこそあっという間に利益を確定できます。
つまり、不動産バブルの銀行より、MSCBの引き受け手は、その発行企業の将来など「どうでもよい」のです。
そう遠くない将来、間違いなく、化けの皮がはがれ、「株バブル」は崩壊するでしょう。
個人投資家の資産は、外資のマネーゲーマーの手に移るのです。
その手助けをしているのは、「外資にとっての使い勝手の良い、おめでたい新興企業の経営者」なのです。
元を正せば、おめでたい経営者を選んでいる「おめでたい株主」が、以上のような状況を生んでいるのです。彼らおめでたい株主は、自分自身の損失によって、他の誰かが稼いでいることも知らずに。

はっきり書きましょう。
「転換価格下方修正条項付き、転換社債(=MSCBの一つの形態)」を発行するような企業には、絶対に手を出してはいけません。
そんな企業に、投資家が資金を提供しないことが、資本市場の健全性を維持することが出来るのです。

馬鹿な政治家を選ぶのも、おめでたい経営者を放置するのも、有権者(株主)なのです。
コーポレートガバナンスが合理的に働くためには、有権者が、経済経営、そして資本の仕組みについて理解すること以外に無いのです。

企業の成否は、資金の運用側ではなく、その調達手法によって、決まります。
断言します。

2005年5月12日 板倉雄一郎





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