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KISS 第123号「美人投票」

「株式投資は美人投票だ」という方が、よくいらっしゃいます。
大変結構なことです(笑・・・どうして結構なのかは読み進めてください)

まず投資活動で言うところの「美人投票」について・・・
これは、単純に「誰を美人と思うか」によって投票することを意味するわけではありません。
投票の結果、その美人が獲得した票に応じて、その美人に投票した投票者が、何らかの便益を享受できるというルールがあり、よって・・・
投票者が自分の価値観に基づいて「この人が美人だ」と思う候補者に票を入れるのではなく、
投票者は便益獲得のために、「多くの人は、一体誰を美人だと思って投票するか」を考え、その候補者に投票するということです。
つまり、短期トレードなどで・・・
「この企業のこのニュースは、きっと皆が買いに入るだろう」とか、
「この企業の株価チャートは、そろそろ急騰するというサインが出ている」とか、
まあ、そんなことで、「自分もそれに乗る」という意味を「美人投票」と表現する(らしいです(笑))

そもそも、上記の「目論み」に、何か違和感がありませんか?
上記の目論見には、投資対象の「価値」についての概念が無いわけです。
(ちなみに、株式投資における投資家から観た価値とは、すなわち、「価値=あるべき価格」を示します。)
つまり、自分の金を投じることの「意味」、そして自分の金を投じる「対象」が何であるかが、すっぽり抜け落ちているというわけです。
これじゃぁ、儲ける確率が低くなるのは当然です。
また、目論見が当たったところで、その結果の株価上昇は一時的な場合がほとんどです。
なぜなら、そもそも、その株価上昇は「美人投票理論」で動いた投機家によって作られるわけですから、利益確定についても、同様に美人投票理論によって、「ずいぶん上昇したから、他の投機家も利益確定に動き出すだろう」と認識し、さっさと利益確定に走るからです。
このとき、彼らは、「価格の動き」だけを観ていて、「価値に対する価格」という観点は、ほとんどありません。
株価を担保するはずの株主価値の増減がわからない人たちによる一時的な株価上昇によって形成された価格で、誰か他人に売りつけようというわけですから、つまり「ババ抜き」ですね。
当たり前ですが、「現在の株価周辺で」、買う人が多く(正確には買われる株数)、売る人が少なければ(正確には売られる株数)、株価は上昇しますし、そのまた逆も真なりです。
結果、美人投票者が増えれば、価値と価格が乖離する瞬間が増えます。

たとえば・・・
年率10%の複利利回りが得られる銀行口座があったとしましょう。
この口座に現在100万円の預金があります。
また、同条件の銀行口座を、誰でも手数料無しに開けることにしましょう。
この口座の権利をあなたは、いくらだったら買いますか?

110万円で買いますか?
買いませんよね。
なぜなら、一年後に110万円の価値になる投資対象を、今日の時点で、110万円で買ってしまったら、少なくとも一年間は、利回りゼロになってしまいますから。
では、100万円なら買いますか?
買う合理性はありません。
なぜなら、この口座の現在価値は、明らかに100万円であって、それ以上でもそれ以下でもないわけですから、同じ100万円なら買う合理性はありません。
どうしても10%利回りが欲しければ、その100万円で同じ条件の口座を新規に作ればよいわけです。
(あのぉー「振り込め詐欺」のための口座取得とか、そういうことは除外しますよ(笑))
それでは、99万円なら買いますか?
買った瞬間に1万円儲けられるわけですから、買う人も居るでしょうし、たった一万円(率でいえば、100/99?1≒1%強)なら他の投資機会に投資するということで、買わない人も居るでしょう。

今僕は、その口座の「価格」を勝手にいくつか提示しましたよね。
しかし、市場は僕が思ったとおりの価格を提示してくれません。
価値を無視した「美人投票者」のおかげで、「短期的には」300万円の価格が付く場合も、ちょうど100万円の場合も、また50万円の場合もあるわけです。
(↑、これを「ミスターマーケット」と言います。)
あなたは、この簡素化した「価値と価格」の関係において、口座の価値が100万円であるということを知っていながら、「皆が投票するだろう」的なニュースやチャートのカタチによって、美人投票として300万円の価格で手を出したりしますか?
しないですよね。
それでも美人投票者が居る以上、300万円が400万円になることも「無いとはいえない」ですが、以上の価値算定が理解できるあなたは、その口座の価値が100万円であることを知っているわけですから、怖くて手が出ないでしょう。

また逆に、「美人投票者」のおかげで「短期的に」50万円の価格が付いたときに、「皆が興味を示さないだろうから」という理由「だけ」で、買うのを止めてしまいますか?
皆が興味を示そうが示さなかろうが、少なくとも僕なら買います。
なぜなら、買った瞬間に、少なくとも50万円の「内在利益」が生まれるからです。
その後、この口座の価格が上昇しなくても、確実に僕の持っている経済価値は、買った瞬間の利益に加え、(なにもしなくても)毎年10%複利で増えていくわけです。
一年後には110万円の価値になり、2年後には121万円・・・10年後には259万円、20年後には673万円の価値と、価値が複利でどんどん増えていくわけです。

以上のように、投資対象の価値算定を簡素化すれば、誰でも価値について理解ができるわけです。
価値算定を理解できる人が多くなれば、300万円の価格で投資する人は少なくなるわけです。
もし、すべての投資家が価値についての理解があるとすれば(=市場が完全に効率的であれば)、この口座の価格は、100万円ぴったりで、とんと動かなくなるわけです。
(たとえば、TOB価格が宣言されたときのように、価格の根拠がわかりやすい場合、その価格あたりで株価が動かなくなったりしますよね。)
で、結果的に、この口座の投資家は、投資対象が生み出す経済価値(=この場合毎年10%複利)程度の儲けを得られるようになるわけです。

しかし現実的には、美人投票に翻弄される「価値の認識が無い人」が多数存在するので、価格が100万円で固定されることはありません。
美人投票に明け暮れる人たちによって、この口座の価格は、「短期的には」300万円になることも、50万円になることもありうるわけです。
仮に、そのような方々の「おかげ」で50万円という価格が作られた場合、以上の価値算定が出来る人間は、喜んで買うでしょう。
そして、買った後、ちょいと市場価格が下がろうが、または、ちょいと上がろうが、売りも買いもしないわけです。
(↑ミスターマーケットに翻弄されないわけです。)
なぜなら、50万円の価格で手に入れたその価値は、「価格がどうであれ」その時点で既に100万円の内在価値があるからです。
すると、価値がわからない人たちによって作られた「価値に対して相当に安い価格」によって、価値のわかる人の手に、その権利が移転します。
結果、このような方々(=バリュー投資家)が、その口座の権利を占めていけば、(彼らは価値に対して価格が均衡するまで売らないですから)売る人が少なくなり、売る人が少なくなれば、価格は上昇し、価値に対して大きく乖離しない価格を推移する可能性が高くなります。

1年後、この口座の価値は110万円になります。
価値算定の出来る人がこの投資対象に興味を示せば、価格も110万円前後に収まるというわけです。

さて、価値算定の出来るあなたは110万円で売りますか?
もし、他に10%複利以上の利回りが得られる投資対象があるのならば、僕は売ります。
しかし、そのような利回りが得られる投資対象が無ければ、僕は売りません。
しつこいようですが、そのまま持っているだけで、毎年10%複利で運用できるからです。

以上の例は、銀行口座という極めて簡素化した投資対象のケースでしたが、もし、あなたが企業価値において、これと同等程度に価値算定できるとしたら、それでも美人投票しますか?
それとも、僕のようにバリュー投資しますか?

大切なことは、以上のように簡素化した例のように、実際の企業に対しての価値評価を行う知識と技術を持っているか、それとも持っていないか・・・それが投資の成否を分ける重要なポイントです。

美人投票者のおかげで、「価値に対して、相当に安い価格」が提示されるわけですから、冒頭に書いたように、美人投票者の存在は、価値算定の出来る人にとって、大変結構なことです(笑)
経済価値は、価値算定が出来ない者から、出来る者へ、いとも簡単に移転するというわけです。

結局のところ、「美人投票理論」が、その理論で投票する者に便益をもたらすのは、「ケーキが一度きり、配られる場合」に限ります。
しかし現実には、ケーキは、何度も配られるのです。
(参考エッセイ、KISS第12号「ケーキを3人で分ける方法」
そして、KISS第63号「ケーキを3人で分ける方法の解」)

つまり、多くの(秤を持っていない)市場参加者の観方と、自分の観方が「違っているからこそ」、「(自分が思うところの)価値に対して安い価格」で株式を手に入れることが出来、その結果、(もし自分の予測が当たっていれば=秤に狂いが無ければ)、後に価格は、価値に対して均衡するわけです。
自分の「秤」に自信があれば、「自分が本当に美人だと思う人」に投票し、しばらく放っておけばよろしいわけです。

ちなみに、こういう言葉が著名な投資家から発せられています・・・

「市場とは短期的には人気投票の場に他なりません。しかし長期的には、企業の真の価値を計る計量器の役目を果たしてくれるのです。」by Warren E Buffett.

板倉雄一郎 2005年9月20日(分として)

PS:
以上から、僕は最近、「年初来安値」の投資対象を探すのに凝っています(笑)
もちろん、あくまで「その価値に対して安い株価」を見つけることが目的であって、単に「年初来安値」だけで投資することはありません。
価値(=将来生み出すであろうキャッシュフロー)は、さほど変わらないのに、「売上高下方修正」などのニュースによって、価格ばかりが暴落している株式もありますし、また、価値の下落に伴って株価が下落している場合もあります。
価値算定が出来る者にとって、その違いは歴然です。

PS^2:
ようやく、腰の痛みは良くなりました。
今週末は、待ちに待った(ってか、自分で予定を決めているわけですが)合宿セミナーです。
今から、ワクワク!





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