板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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KISS 第3号「株主資本コスト」

まずは、ティップスから・・・

昨日、ある企業家団体の定例食事会にゲストスピーカーとして呼ばれ、青山にある某話題のお店に行ってきました。
このお店、偶然にも、何人かの知人や友人から、「板倉さんの言う、リッツカールトンそのものなんですよ。是非一度行ってみてください。」と教えていただいたお店です。

リッツカールトンとは、ホテルのことです。
ビジネススクールでも、ケーススターディーとして取り上げられるほど、彼らのオペレーションには、定評があります。
僕の経験では・・・
シンガポールのリッツに、一年以上日をあけて、宿泊予約を入れたことがあります。
空港からタクシーでリッツに向かい、車寄せでポーターに荷物を預け、インカム(無線)をつけた女性に誘導され、フロントに到着すると、フロントマンは、僕が言葉を発する前にこう言いました。
「お帰りなさい板倉様。
今回も前回と同じお部屋がよろしいでしょうか?」
(残念ながら、言葉は英語です。)
カラクリはこうです・・・
ポーターは僕の荷物の「名札」を読み取り、無線でフロントに「板倉様がいらっしゃいました。」と連絡します。それを受けたフロントマンは、予め入力されている僕のデータを、名前で検索し・・・・というわけです。

「やりすぎ」と思われる方もいらっしゃると思います。
こればかりは個人の趣味、嗜好に依存しますからね。
しかし僕は、この努力と「さりげなさ」が嫌いではありません。
コンピュータに携わり、マーケティングの商売を続けてきた僕には、彼らのカラクリのほとんどは、瞬時に理解できます。ですから、驚きは一瞬にして消え去ります。
ですが、そのカラクリを一人一人の顧客に対して実施する彼らの姿勢は、お見事。と思います。

「なぁーんだ、マニュアルにしたがっているだけじゃないか」と思われる方もいらっしゃるでしょう。

確かにこの部分だけを見れば、そうかもしれません。
ですが、彼らの従業員には、従業員が自らの裁量で、顧客にサービスを提供する「予算枠」が、与えられていて、たとえば・・・
老夫婦が、昔々、プロポーズを行ったときのことを、ベルボーイに話したとします。
そうですねぇ、ホテルのプールサイドで、カクテルを飲みながら、夕日を見ているときに、彼が彼女にプロポーズをしたということにしましょう(すいません、ありきたりのストーリーで)。
すると、このベルボーイの判断で、その情景を再現(夕刻に、プールサイドに、カクテルと、花束をホテルの経費で用意)して、老夫婦をその場所に案内するといった芸当をやってのけることが出来るのです。

昨日うかがったお店は、彼ら自身が認めるとおり、リッツのオペレーションを飲食店に採用しているというわけです。
が、僕は、最後、あまり気持ち良くありませんでした。
一通り僕の「よくしゃべる口」と「よく食べる口」の仕事が終わり、デザートがテーブルにサーブされました。
周囲を見ると、皆のデザート皿それぞれに、その席のメンバーの経営されている会社名などの文字が、チョコレートでデコレートされていました。
「○▲株式会社」の代表者のテーブルには、「○▲株式会社」のロゴがデコレートされたデザートがサーブされるという具合です。
カラクリは、簡単です。
予約された名前をネットで検索すれば、顧客のプロファイルが手に入りますからね。
プロファイルを調べていただくことそのものには、何も問題ありません。そもそも、自ら自分の名前のWEBをネット上に載せているわけですから、その情報の範囲で調べていただくことに、違和感はありません。
しかし、彼らのその方法は、
「皆様のことをあらかじめ知り、喜んでもらおうと努力しています。」ということを、
「出しすぎ」なのです。
「やってあげています」と、言われているような気持ちになるのです。
真っ当なサービスとは、自らの努力を「顧客に悟られないように、細心の注意を払うこと」が、必要だなと思った次第です。

僕のお皿には、「社長失格」という文字が・・・???全然うれしくありませんでした。

たとえば、(かなり贅沢なリクエストではありますが・・・)
僕を調べるなら、僕が「海老・蟹・アレルギー」であることを、調べてくれて・・・
当日、他の方のテーブルに、オマール海老が並ぶとき、僕のテーブルには、さりげなく、鯛がサーブされたりしたら、どうでしょう。
それを見た僕が、「なぜ、僕だけ鯛?」と聞いたとしましょう。
そのとき、彼らの答えが
「板倉様は、こちらの方がよろしいかと思いまして・・・オマールがよろしかったですか?」
などといわれたら、(カラクリは理解できても)、「さすが!」と思ってしまいます。

女性にプレゼントを渡すとき、それを選ぶのに、どれほど考えをめぐらし、どれほど足を運んだかという努力を「積極的に」見せてしまったら、そのプレゼントの価値は、彼女にとっても、彼にとっても、小さいものになってしまいます。
それどころか、悪くすれば、その行為が、彼女をして「この人ストーカー?」と思わせる効果になるかもしれません。
単に、「君に似合うんじゃないかなと思ってさ。」と渡すだけで充分なのです。
それで、彼女が、そのプレゼントの裏を見抜けなかったとしたら、それまでです。
さっさと、食事を終わらせて、彼女を自宅に送り届けて、お行儀良く帰るだけのことです。

上質のサービスとは、最後まで、相手に、その努力を気がつかせないようにしなければならないのです。それを気がつかせてしまったら、相手の「心の負担」になってしまうのです。

昔、JALの「さくらカード」(だったかな?)で、成田?香港フライトのファーストクラスを利用したとき、ボーディング後、チーフパーサーがやってきて、
「板倉様、いつもありがとうございます。」などと言ってきました。
「なんだこいつ、僕のことなど、何も知らないくせに」と、
あまり気持ち良くなかったことを、思い出してしまいました。

巷では、「このお店のような店をやりたい」とか思う人が多いそうですよ。
文化が無いところでは、仕方ないですね。
「サービスとは何か」を、全くわかっていない・・・表面を繕うだけのお店と、僕は感じました。
彼らのサービスが「いかさまだ」と言っているのではなく、彼らの努力の仕方が、上質のサービスにつながっていないという意味なのです。
期待値が大きかったからという理由で「期待ほどではなかった」という意味でもないのです。
そもそも、話題になるお店で、上質のサービスだったことなど、ほとんどありませんでしたから。

お店の名前ですか?
書いちゃいましょう「カシータ 『Casita青山店』 」ですよ。
あ?あ、これで出入り禁止だな(笑・・・出入り禁止で全然OKですけどね)

それでは、本題「株式資本コスト」です。

有利子負債のコストは、どれほどアホな経営者でもわかります。
金銭貸借契約書に、その「利率」がきっちり記載され、日本人「だけ」お得意の「経常利益」には、営業利益算出時の費用に加え、支払利息(と受け取り利息)が加算されるからです。
しかし、極めて残念なことに、資本主義経済の根底であるところの「株式資本コスト」については、上場企業として市場に鍛えられでもしない限り、「わからない」となるわけです。

そこで僕は、このような説明をします・・・
「では、あなたの会社に投資した株主は、何を目的に投資したのですか?」っと。
当然(というか幸い)、「それは、キャピタル(またはインカム)ゲインですよ」っと答えてくれます。
ここまではOKなのです。
ですが、さらに僕は・・・
「ならば、ある一定の長期で、株価が上昇しなければ、株主の期待に背くことになりませんか?」
っと言うわけです。
すると、「そんなの、市場が勝手に決めることだから云々・・・」となります。

確かに、市場は常に効率的というわけではありません。
何度も書いているように、特に短期では、価値に対する価格の変動は大きいわけです。
ですが、少なくとも長期(がどれほどの期間であるかは、業種や、当該企業が成長ステージのどの過程に属するかにもよりますが)で、株価が下落するようなことがあれば、それはすなわち・・・
「有利子負債に置き換えれば、金利や元本の返済を怠っていることと同じだ」という説明するわけです。
ですが、これがピンとこないらしいのです。
確かに、一度株式を発行して、その対価としてキャッシュが振り込まれた後は、有利子負債と違い、「約束事としての支払い」は、企業には発生しません。
ですが、これは、「具体的な(株価や配当に対する)約束を明示的にしていないだけ」であり、実質的には、約束をしているのと同等なのです。
なぜなら、彼ら株主のお金を使って、当該企業の価値が生み出されているからです。
もし、(わかっていない上記の)彼らの言うとおり、企業とは独立した市場だけの問題であるとするならば、その結果は、投資家の存在と価値を否定することになります。
(まあ、彼らにとっては、投資家そのものの問題ということなのでしょうけれど)
これは、資本主義そのものの否定に他なりません。
彼らのように(わかっていない)経営者が、増えないこと、または「少なくとも」上場を果たさないことを祈るばかりです。

2005年2月11日 板倉雄一郎





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