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KISS 第72号「タイムマシンパラドクス」

タイムマシンの登場するストーリーを描こうとする作家は、間違いなく、タイムマシンパラドクスという問題にぶつかります。
たとえば、現在から(現在を形成することになる)過去へ移動したとします。
そのとき、自分の先祖に何らかの作用を行えば、その作用は、遠い将来(=つまり現在)に至るまでに、大きな影響を及ぼしてしまい、場合によっては、自分自身さえ存在し得ないことがありうるからです。
映画「バックトゥーザフューチャー」では、このパラドクスを、「写真に写った自分の変化」によって、劇画のレベルとしては、上手に解決していました。

現在とは、過去のあらゆる現象の「結果」として存在しています。
自分の先祖にいたずらした場合の現在に対する影響については、簡単に理解できるとは思いますが、過去のあらゆる出来事が複雑に作用し合った結果として現在があるとすれば、過去の「ほんの些細なこと」をいじっただけでも、遠い将来になればなるほど、大きな影響を与えるはずです。
(ちなみに、僕は、メディアの取材で「もし過去に戻ってやり直すとしたら・・・」という質問には一切答えないようにしています。なぜなら、今この質問に答えている自分は、すべての過去の上に成り立っているからです。)

今が存在するためには、過去のあらゆる現象が必要と言うわけです。

地球と人類の誕生を「奇跡だ」と言う人が居ます。
僕は、奇跡と言う言葉を聴いて、違和感を持ちます。
たとえば、地球が生命を育む環境になった理由の一つとして、「木星」の存在があります。
木星は体積も質量も、地球に比べて相当に大きいですから、宇宙を漂う様々な物質が地球の重力に引かれ地球に落ちてくる前に、木星がその大部分を吸収したことによって、地球が比較的安定した環境を維持でき、生命誕生に寄与したという説です。
たとえば、この現象一つをとっても、奇跡などとは全く思いません。
なぜなら、このような現象の積み上げが、たまたま、生命を育む星になったと言うだけの話しだからです。
この現象を、奇跡と呼ぶ(感じる)のは、今の自分の存在と過去からの自然現象を「分離して独立に考える」ことから生まれるのではないでしょうか。
現在の地球の環境も、自分自身も、過去の現象の結果として生まれているに過ぎないことを、素直に認めれば、我々を存在せしめた過去の現象は、「宇宙の奇跡」ではなく、我々が存在するに至った『軌跡』に過ぎないといえるでしょう。

僕は、散々デイトレーダーを馬鹿にしてきました。
僕は、今でも、彼らの行為は馬鹿だと思っています。
ただし、「悪」だとは思っていません。
税効果、投下「時間」利益率ばかりではなく、彼らの非現実的な「期待収益率」によって、企業の資本コストが押し上げられ、結果的に企業の価値破壊の原因のひとつになっていることなどから、彼らの好意は馬鹿な行為だと思っています。
(最悪は、下落した時価総額が外資の的になり、「日本人は労働者として賃金を受け取るだけで、それ以外の経済的付加価値は、この国に住んでも居ない外国人のもの」という極端なことさえ現実的になりえます。っていうか既にそれは始まっています。僕は、日本企業の内在価値は、現在の時価総額では説明できないほど大きいと確信しています。)

しかし一方で、彼らトレーダーのおかげで、時として、価格変動が大きくなり、バリュー投資家が考える当該企業に対するリスク認識(=期待収益率)によって計算した株主価値を、大きく下回る(または上回る)時価総額が形成されることがあるわけです。
価値創造を効率的に行う企業を見つけ、その企業の生み出す経済価値を頼りに、長期でキャピタルゲインを狙うバリュー投資家といえども、底値で仕込んだほうが、利回りが大きくなるのは言うまでもありません。
デイトレーダーの存在は、バリュー投資家にとって、投資チャンスの増大を意味します。
デイトレーダーの存在によって、バリュー投資家の利回りは大きくなるわけです。
一方で、多くのデイトレーダーは、知力と経験と根性で勝るデイトレーダーの餌食となります。
ただそれだけのことなので、僕は、彼ら同志でゼロサムゲームを演じていることを「悪」だとは思いません。

世の中、無駄なものは何も無いのです。
しかしこれは、現在が形成された「結果として」言えることに過ぎず、将来を形成する現在において、「だから何でもあり」ということではありません。
「あれは悪く、これは良い」という個々人の価値観のせめぎ合いが、未来を形成します。
このとき、「あれは悪い、これは良い」を判断する上で、たとえば資本主義社会の根本原理について、明らかに誤った理解をしていたら、それは価値観の違いではなく、単に理解不足です。
自らが生きている資本主義という環境に対する最低限の理解の無い者が大多数を占めていたら、「こんなはずじゃなかった」という資本主義社会の未来が訪れてしまうでしょう。

仮に資本主義の原理を理解した一部の者が、その理解を個人の経済価値の増大「のみ」に利用し続ければ、貧富の差は拡大します。
その結果、犯罪や暴動、社会不安が発生するでしょう。
事実、中国での暴動などを見れば明らかなように、貧富の差が原因となった社会不安は、既に現実になっています。
そんな社会になってしまえば、金を稼ぐ「技術」を持った者が、たくさん金を掴んだところで、その人にとっても、真の幸せは得られないでしょう。

僕は、「?な行動をする投資家が社会を良くする」などと絶対的な理想を持っているわけではありません。様々な投資スタイルが混在し、それぞれの投資家の市場に占める割合が時代と共に変化するだけのことです。
しかし、このとき、経済システムの根本に対する理解のある者が増えれば、社会に対する価値提供に見合った経済価値の取得という理想に近づけるバランスが形成されるのではないかと、かなり理想に偏った考えを僕は持っています。

過去にも書いたことですが、現在の日本の経済を取り巻く状況は、「今日から自由と自己責任でいきますので、皆さんがんばってください。」と、いきなり国民の多くが、ジャングルに放り出されたようなものです。
参考になりそうな書籍には、どういうわけか「デイトレードで儲けるための手法」的なものが目立ちます。
サッカーに置き換えれば、サッカーの基本ルール(=相手に奪われたゴールより、一つでも多くのゴールを奪うことが勝利である。)を知らない人に対して、「ロナウジーニョのすばらしいドリブル」の解説をしているようなものです。

ジャングルには、栄養たっぷりのキノコもあれば、食べたら死んでしまう毒キノコもあります。
そんな環境に、キノコの見分け方も、ナイフの使い方も教えてもらえず、また学習するチャンスも無いまま放り出されたようなものです。
この状況で、「毒キノコを食べた奴の自己責任だ」などとは、少なくとも僕は思えないのです。

資本主義社会は、良くも悪くも、その知力による「弱肉強食」のシステムです。
僕は、それ自体を否定するつもりはありません。
しかし、知力と体力に勝るライオンが増えすぎれば、ライオンさえも生き続けることが出来ないのです。
「いやいや、放っておけば、肉食動物と草食動物のバランスが均衡するさ」という考えもあるでしょう。
しかし、ライオンとライオンに食される動物の数が均衡点周辺に留まるためには、「それは間違っている、こうすべきだ!」と、原理原則を理解した上で自分の価値観を表現する人が必要なのは言うまでもありません。

未来のある時点で現在を振り返ったとき、今より暮らしやすい未来を作った一つの意思として、僕自身が存在できていれば、未来へ進むのみのタイムマシンの一乗員として、責務を果たせるのではないかと思います。

自分自身を含め、あらゆる存在が、未来を形成します。
未来は、自然環境と人の意思のせめぎあいの結果です。
すべては、「今」に集約されています。
多くの日本人が、将来の日本のために、今しなければならないことは、自らが存在する環境について、理解を深めることではないでしょうか?
(その方法が、当事務所セミナーだけだと言うつもりは毛頭ありません。)

(以上、可能な限りシンプルに説明するために、量子力学で言うところの「過去は、観測の仕方によって如何様にも変化する」という概念を排除して文章を組み上げたことをお断りしておきます。)

2005年5月19日 板倉雄一郎

PS:
6月開催の「実践・企業価値評価・合宿セミナー」の応募を、既に多くの方から頂いております。
僕をはじめ、当事務所のパートナーすべては、僕たちの理想や思想をセミナーで伝えることはいたしません。
セミナーで伝えることは、既知の経済システムに関する基本的な理論です。
新興宗教ではありませんので、あしからず(笑)





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