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KISS 第51号「M&A」

M&Aそのものが成功するか否かについては、最近テレビでおなじみの「(自称)M&A専門家」による、「格闘技解説」を頼りにしてくださいね。
僕から見れば、「パックマン」だ、「ホワイトナイト」だと一生懸命説明する彼らは、「M&Aの専門家」ではなく、「M&Aの『手法』の専門家」に過ぎないのですけど・・・。
僕は、彼らを「辞書君」と呼んでいます(笑)。

M&Aそのものが成功したとしても、それは事業としてはスタートに過ぎず、事業として成功するためには、いくつかの条件があります。

企業買収のメリット・・・

「今夜はカレーにしよう」ということで、買い物に出かける場合、今なら、いわゆる「スーパーマーケット」に行きますよね。
野菜、肉、そしてカレーのルーまで、同じところで売っているわけですから便利です。
もし、昔のように、肉は肉屋、野菜は八百屋、ルーは乾物屋でやっていたとしたら、買い物するだけでうんざりしてしまいます。
このとき、肉屋、八百屋そして乾物屋が、買収によって合併すれば、顧客の利便性が高まるばかりではなく、商品の仕入れや陳列、顧客に対する告知費用など、様々なコスト削減が可能になり、経営効率は上昇します。

これとは逆に、買収企業も、被買収企業も、買収前に「競合商品」を提供している場合があります。
たとえば、「プロバイダー」なんかがそうです。
当たり前ですが、2つ以上のプロバイダーに同時に加入する人は居ませんから、完全な競合商品ということになります。
この場合の買収は、意味が無いのかといえば、そうでもありません。
通信設備のスケールメリット(=規模が大きくなればなるほど、一回線辺りの設備コストや管理コストを削減できるなど)が生じる可能性もありますし、買収により「市場占有率」が上昇し、新規顧客の勧誘(=リクルーティング)が効率的になる可能性もあります。
また、ケータイ電話会社が提供しているような、「家族割引」などの競合対策効果も上昇します。

企業買収のデメリット・・・

上記の例では、買収前も買収後も、肉屋、八百屋そして乾物屋それぞれの「相互取引」が事実上発生しません。
しかしもし、相互取引がそれぞれの売上高の大部分を占めているとすれば、買収によって一つのグループ企業になるということですから、それまでの売上は、「内部取引」として打ち消されてしまいます。
つまり、買収前の売上高が、それぞれ100万円だったとすれば、買収後は、300万円になるのではなく、100万円とかになってしまうわけです。
これでは、全然買収の意味がありませんよね。
つまり、買収後も価値創造を継続するためには、グループ外の顧客からの売上が必要だということです。

資本コストと投下資本利益率

これは、このWEBを読んでいただいている方には、耳に蛸が出来るぐらい何度も表現していることですが・・・・
仮に、上記の例の中で、買収メリットが生ずる場合でも、買収のために調達した資本のコスト(=有利子負債であれば、その金利。株式であれば、株主資本コスト=投資家の期待収益率)を上回るシナジー効果が得られなければ、買収の意味はありません。
企業が価値創造を行うためには、資本コスト以上の投下資本利益率を得ることが必要です。
有利子負債コストは、会計上の減益となり、株主資本コストは、時価総額の減少となります。
経営者と投資家は、常に、「追いかけっこ」をしているのです。
投資家の期待以上に経営者ががんばれば、株価は上昇し、そうでなければ、株価は下落します。
有名上場企業でも、「投資家に追い抜かれてしまっている経営者」=「資本コスト>投下資本利益率」のようなケースは、「たくさん」あります。

買収時の株価算定

被買収企業の経済価値をどれほどに見積もるのか・・・
上記の買収メリットが生ずる場合でも、被買収企業の株価が、その実体経済価値に対して相当に高ければ、買収によって新たに生まれるはずのシナジー効果を打ち消してしまう場合があります。
この逆に、被買収企業の株価が、その実体経済価値より相当に低い場合、シナジー効果など全く生まれなくても、買収による便益が得られる場合があります。
が、実際には、そんなことはほとんど無く、買収企業が、被買収企業を手中に納めたいという欲求が原因となり、高い値段で買わされる場合がほとんどです。
参考までに、会計上では、このような高くなった分(=プレミアム分)を、『のれん代』として計上します。

リストラクチャー

上記のいずれの場合も、買収によって、同じような職種の従業員が発生する場合があります。
経営効率を追求する場合、これらのダブった人材は、解雇の対象となります。
もちろん、経営者も例外ではありません。
窓際族だけを辞めさせ、優秀な人材だけを残せれば、それに越したことはありません。
しかし、「人」を「モノ」のように扱えるはずはありません。
M&Aの専門家といわれる方々の多くは、「人を雇用した経験」を持っていませんから、それだけで「M&Aの専門家」という表現は、『自称』でしかないと、僕は思います。
しつこいですが、価値を創造するのは、人間です。

買収とその後の費用

これ、馬鹿になりません。
まずは、買収をお手伝いする投資銀行に対するフィー(=手数料)、
そして、複雑になる会計処理・・・これは永遠発生することになります。

とまれ、M&Aについて、いろいろ書きましたが、これだけ要点を書いても、M&Aに関する、「ほんの一部」についてしか触れていないのです。
また、上記のそれぞれの項目も、実際には、注釈や細かい条件などを書く必要があります。
(日刊エッセイですから、内容を相当に割愛しています。)
つまり、M&Aについて書くとすれば、それだけで一冊の本になってしまい、かつその内容は、組織論、ファイナンス論、資本市場論など、多くの専門知識も必要になるということです。

普段、社会問題しか扱っていないテレビのコメンテーターが、公共の電波を使って、にわか仕立てのインチキ知識を元に、堂々と発言する姿を見るにつけ、僕は毎度、呆れてしまうわけです。

このところ、「朝まで生テレビ!」での「オカモト&イチジク」に関する僕の発言がきっかけで、M&Aに関する取材が少なくとも4媒体からありました。
面談取材ならまだしも、電話取材のみで、M&Aの記事を書こうとする記者の方もいらっしゃいました。
呆れてしまいます。
このような取材には、基本的に、「オカモト&イチジク」に関する、当事務所発表資料を送って、「まずはこれをお勉強してください」としています。
(数日内に、「板倉雄一郎事務所発表資料」というコーナーを、このWEB上に用意して、様々な評価資料の発表を開始しますので、楽しみにしていてくださいね。)

M&Aは、そのケースごとに、じっくり分析しなければ、ハッキリしたことは言えないのです。
このWEBの読者におかれましては、どうか、ご自身の知識を過信されないように。

関連エッセイ
KISS第36号「夫婦物語」
KISS第40号「シナジーの成功例」
KISS第5号「シナジー効果」
など、多数・・・っていうかKISSのすべて。

2005年4月14日 板倉雄一郎 (Japanese by Nature)

PS:
ちなみに、僕は、KISS第40号「シナジーの成功例」内で表現した、
「特別な趣味」を持ち合わせていませんので、あしからず(笑)。





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