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KISS 第121号「スクリーニングのための指標(2)」

前号(KISS第120号「スクリーニングのための指標(1)」)に続き、スクリーニングのための指標をご紹介します。
(前号を読まれていることを前提に書いています。)

その工作機械がいくらであるか?
は、工作機械に投資しようとする加工会社にとって非常に重要なことです。
しかし、価格そのものでは、それが高価なのか安価なのかは、しつこいようですが誰にもわからないわけです。
で、その価格に対しての価値を量る(計る)必要があります。
価値を完璧に把握するためには、このエッセイで何度も書いているように・・・
「投資対象が生み出すであろう投資家に帰属するキャッシュフローを予測し、
そのキャッシュフローの「確実性」(=リスク認識)や、
将来のインフレを考慮(=リスクフリーレートなど)し、
それらによってWACC(=加重平均資本コスト)を算出し、
WACCを将来キャッシュフローの割引率として、
投資対象の現在価値(=NPV)を算出する」
という過程を踏まなければなりません。
しかし、よほど気に入った投資対象でなければ、
また、以上の手法の意味と理論を理解していなければ、
価値算定の全工程を行うことは、ままならないわけです。
(どうしても包括的に価値算定を行いたければ、当事務所の合宿セミナーにいらしてくださいね)

そこで、簡易なスクリーニング手法(=つまり投資家の満足を得られる工作機械を抽出する手法)が必要になるわけです。
そのためには、まず、工作機械の「性能」を把握する必要があります。
どの程度の「開発費」によって、どの程度の稼動を行える工作機械であるのか?
これを企業に置き換えれば・・・
「どの程度の(企業内部にある)資本によって、どの程度の利回りを得られるのか?」
ということを意味し、いわゆる「投下資本利益率=ROIC」が登場します。
しかし、一般的に、ROICは、
ROIC=営業利益(1?税率)/投下資本
で得られますが、この場合の投下資本とは、「簿価」です。
よって、ROICは確かに「企業の性能」を現す重要な数値ですが、簿価をベースにしている以上、あくまで「企業の性能」に過ぎず、「企業価値」を直ちに示す指標でもなければ、よって価格の妥当性を示すわけでもありません。
そこで、
「その性能をいくらで買えば、どれほどのリターンがえら得るのか?」
を捉える必要が出てくるわけです。

一方、工作機械の性能を把握し、
「その工作機械をXX円で欲しい!」
と思ったところで、販売会社が必ずしもXX円で売ってくれるわけではありません。
上場企業の場合でも、その企業をXX円で欲しいといったところで、投資家が実際に買える価格は、「時価」です。
同じ性能の投資対象を、安く買えば利回りは上昇しますが、高く買えば利回りは下落します。
債券価格と利回りのメカニズムです。

僕は、ここで、「投資家から観た投下資本利益率」を提案します。
つまり、「企業の性能」を現すROICとは別に、その企業を「時価」で購入した場合、どれほどの投下資本が必要で、その結果、どれほどのリターンが得られるか?を、「全うに」得られる手法です。
こう表現すると、「なぁ?んだPERじゃないかよ」と思われてしまいそうですが(笑)、PERが投資判断において、あてにならないことは個人投資家でも経験的に知っているでしょうし、理論的にも有利子負債による資本レバレッジが見えない指標です。
(参考エッセイKISS第105号「PER」)
そこで、時価によって当該企業のすべてを買収した場合に、投資家が得られるリターンを量るために、
「投資家から観た投下資本利益率」を、以下のように定義します。
(ちなみに、すべてを買える資本が無くても、企業価値は証券化によって細切れ=株式になっていますから、その一部を買うことが出来ます。)

=当期(または次期)フリーキャッシュフロー/(時価総額+純有利子負債)
(ただし、純有利子負債=有利子負債?現金および現金同等物)

つまり、「その性能」を、「時価」で買った場合、「どれほどのキャッシュフロー」が得られるのか?
ってことです。
この場合のキャッシュフローとは、すなわち「投資家に帰属するキャッシュフロー」を意味し、一般的には、営業活動上得られたキャッシュフローから、事業継続のための投資キャッシュフローを差し引いた、いわゆるフリーキャッシュフローのことです。

PERとの違いは、その分子に「当期利益」という会計上の利益を使用するのではなく、あくまでフリーキャッシュフロー(=営業キャッシュフロー+投資キャッシュフロー)を用いることによって、本来投資家が得られるリターンの正確さが得られる点、
そして、分母に時価総額を使用するのではなく、時価総額+純有利子負債を使用することによって、資本レバレッジの如何に関わらず、投資家全体(=株主+債権者)を考慮する点です。
(ちなみに、営業CFと投資CFについて、言葉では「差し引く」と表現したり、数式では「+」にしていたりして混乱されるかもしれませんが、投資CFは、投資した場合=キャッシュアウトの場合、「?」でその投資額を表記しますので、数式上では「営業CF+投資CF」で表記し、意味合いとして「営業キャッシュフローから、投資キャッシュフローを差し引く」と表現しています。)

さて、ご理解いただけましたか?
つまり、その性能を手に入れるために、どれほどの投下資本が必要で、その結果どれほどのリターンが得られるのか、を把握する指標というわけです。
資本レバレッジに関しては、投資判断がなされた後の資金調達手法に過ぎませんから、上記のように、時価総額と純有利子負債の両方を分母に持ってきたわけです。

以上をまとめて、且つ「意味がわからなくても」、スクリーニングが出来るように・・・

=[営業CF+投資CF]/[時価総額+有利子負債?現金および現金同等物]

この数値が大きければ、投資家にとって、時価に対してリターンが大きく、
この数値が小さければ、投資家にとって、時価に対してリターンが小さい、
となります。

会社四季報の最新版も発売されることですし、早速この指標でスクリーニングしてみてはいかがでしょうか?
掘り出し物を見つけることが出来るかもしれませんよ。

以下、この手法を使う上での注意です。

何度も書いていることですが、単独期の数字によって投資家から観た企業価値は把握できません。企業価値は、その企業が将来に渡って生み出すであろうキャッシュフローおよび資本コストを予測することが必要です。
この指標は、PERよりはるかに優れていると思っていますが、単独期の指標であることに変わりはありません。
よって、当該企業が、どのステージ(導入?成長?成熟?衰退)に居るのか、またどのようなビジネスモデルなのか、によって、得られた指標の評価は変化します。
たとえば、成長ステージの企業の場合、この指標の数値が大きすぎ、その原因が投資CFの小ささとなれば、それは「更なる成長のための投資を渋っている=今後の成長は見込めない」と評価するべき場合もあります。
この場合も、そもそも事業拡大のための投資CFを多く必要としないビジネスモデルの場合、成長ステージでも投資CFが小さく、よってフリーキャッシュフローが大きく、よって、この指標の数値が大きくなる場合もあるわけです。
この指標は、あくまで「スクリーニングのための指標」とご理解ください。
当然ながら、この指標による投資判断において、投資家の方が損失を被っても、僕は一切の責任を取りませんので、あしからず。

2005年9月14日 板倉雄一郎

PS:
さて、この指標の名前を募集しています。
気の利いた、3文字アルファベットと、その和訳を思いついた方は、お知らせください。
よろしくです。





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