板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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KISS 第99号「憂いと発展」

このところ、とても心配なことがあります。
それは、「僕が教えていることは、結果的に、『体の良い投機家』を生み出しているのではないか」という心配です。

話は、回りくどくなりますが、とても大切なことなので、最後まで御付き合いください。

当事務所のセミナーでは、主に「経済価値算定方法」を伝えています。
たとえば、ある企業の理論株価を割り出し、時価と比較し、BUY または SELLという結論を導き出します。
すると、多くの受講生は、理論株価と時価の乖離に興味を示し、おそらく実際に投資を実施するのでしょう。
しかし、この乖離は、「たまたま今日現在の理論株主価値と時価総額の間に乖離がある」ということに過ぎず、この乖離を利用した取引は、「価値と価格の静的な裁定取引」行為に過ぎません。
僕は、そんなことを多くの人に伝えるつもりはありません。
(が、それが基礎ですから、教えないわけにも行きません。)

KISS第96号「バリュー投資」で詳しく書いた通り、僕がお伝えしたいことは、
「価値と価格の乖離に着目した裁定による利益を得る」ということではなく、
「当該企業の価値創造に、資金面で貢献し、その分の分け前を得る」ということなのです。

良くある誤解は、価値と価格の乖離を利用した裁定が完了すれば、「それでお終い」という誤解です。
この裁定効果によるゲインは、バリュー投資において、「おまけ」に過ぎないと思っています。

もし、長期に渡って、効率よく価値創造を行うであろう企業を見つけ出し、それが他のどの投資対象より、投資家のリスク認識以上の株主価値創造を行うと判定できれば、その企業に投資した資金を利益確定して、「一体どこに、その資金を移転しようというのでしょうか?」
(もちろん、投資家自身の資金需要があれば、話は別ですよ。)

バリュー投資とは、
「価格変動に心を奪われながら、ストイックに長期投資を続ける」という行為ではないのです。
合理的な判断として、結果的に長期保有になる場合が多いということに過ぎません。

企業に対する投資とは、すなわち「人に対する投資」です。
投資対象は、経営者ばかりではなく、その他当該企業のステークホルダーすべてが投資対象です。
ですが、いつも書いている通り、本質的には、経営者が投資家を選ぶように、他のステークホルダーを選ぶのは、経営者の仕事なのです。
(↑あくまで、手順や商法の話しではなく、本質的な話しです)
だから、経営者を観ることが重要なのです。

当該企業のステークホルダーすべてに対して、長期的な関係を維持できるようなバランスの良い経済価値配分を行っているか?
投資家ばかりを見ていないか?
顧客ばかりを見ていないか?
社会に対する影響を無視していないか?
同時に社会から受ける影響を無視していないか?

自己実現だけが自己目的化していないか?
ひたすら目立とうとばかりしていないか?
大した利益を生みそうに無い事業を、ことさら儲かるように見せようとしていないか?
資金を集めるために、儲かりそうなビジネスをでっちあげるという本末転倒になっていないか?
実は資本コストの増大になる「有名ファンド」からの資金調達を自慢していないか?

想定外の事態が発生したときに、それを乗り越える策をひねり出し、実行する能力を持っているか?
資金調達方法と、資金を投下する事業には、計画上の余裕があるか?

以上の行為を、合理的に考え実行するためのファイナンスの知識を持っているか?

とまれ、すべては書ききれませんし、そもそもファイナンスという領域に限定したとしても、簡単に表現できるようなことではないわけです。
しかし、経営者の言葉や態度といういわゆる人柄が、現実の経済活動に、結果として反映されているかどうかを見極めるためには、ファイナンス的な知識は絶対に必要です。
たとえば、「私は、株主様に儲けてもらいたいのです・・・」などと発言する一方で、既存株主を毀損するMSCBによる資金調達などを実施していたら、僕なら「嘘つき」と評価します。
しかし、この場合、MSCBの意味とその影響についてファイナンス的な理解が無ければ、「嘘つき」を見破ることは出来ないでしょう。

たとえば、「お客様第一主義」と発言する一方で、単なる囲い込みでしかない「ポイント還元!」ばかりを謡う企業を、僕は「嘘つき」と評価します。
この場合も、ポイントシステムのファイナンス面の理解が無ければ、僕の評価の根拠を理解いただけないでしょう。

企業とは、それが経済活動のための仕組みである以上、ファイナンスの側面から観た評価は、絶対に欠かせないのです。
よって、僕は、最低限の知識としてのファイナンスについて、セミナーなどでお伝えしているというわけです。

「一時的な価値と価格の乖離を利用する静的な取引」より、
「当該企業が行うであろう価値創造に対して資金を提供することによって、乗る」事の方が、
リターンははるかに大きく、
コストははるかに少なく、
社会に与える価値ははるかに大きいのです。

価値創造に乗るためには、価値計算の方法を知ることが第一歩。
この段階で、価値と価格の区別、そして価格形成のメカニズムを知ることが出来ます。
そして、価値創造メカニズムという動的現象をファイナンス面から知ることが次のステップ。
この段階で、価値創造を継続できるであろう企業を、少なくともファイナンスの側面から見つけることができるようになります。
最後は、投資家自身が、大切な資金を預けるに足る経営者を見つけることが出来るようになるはずです。

審美眼を身につけるためには、「本物」の絵に繰り返し触れる必要があるように、
優れた味覚を身に着けるためには、一流の料理に繰り返し触れる必要があるように、
「本物」の経営者をしっかり観ることによって、初めて経営者を評価できるようになると思うのです。
経営者を観る上で、ファイナンスの側面はとても重要です。
なぜなら、企業活動は、経済活動に他ならないからです。

2005年7月12日 板倉雄一郎

PS:
おそらく、現在行っている「企業価値評価シリーズ」は、ファイナンス面の基礎講座という位置付けになり、この講座の卒業生や、同等程度の知識をお持ちの方へ向けての上級講座を、近々設けることになると思います。
たとえば、バークシャーハザウェイとバフェット氏のビジネスモデルを、過去数十年間の同社のオペレーションを振り返り分析するなど。
今、僕は、このあたりにとても興味があり、皆さんにお伝えしたいと思っています。

男女にたとえれば、人間として価値のある人を「押える」ために恋人になったり、結婚したりするのではなく、互いの影響により、今以上の価値を創造し続けられるであろう相手と、より多くの時間を共にするために、結婚などの「手段」があるべきと思うのです。
もちろん、この場合の価値創造とは、経済価値創造に限定している話しではありません。





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