板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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KISS第119号「秤と南北戦争」

「経済価値は、その仕組みを知らない者から、熟知しているものへ移転する」
とは、何度も書いてきたことです。
この文章に、最近、一つのフレーズを加えたくなりました。
それは、「それと気が付かぬうちに。」というフレーズです。

先日、ある知人から、ある企業群の上場プロジェクトに参加して欲しいとの依頼を受けました。
その方との電話でのやり取りで、僕は、そのプロジェクトに参加することをお断りしました。

このプロジェクトに関する「株価算定書」を機密保持下で拝見させていただいたのですが、それは、「極めてオリジナリティーあふれる評価方法」でした。

もちろん僕は、この株価算定における理論的な間違い(=株価の妥当性を欠く)について、プロジェクトの依頼者に対し意見を述べました。
僕の意見に対する彼の反応は、驚いたことに・・・
「理論がなんぼのものなの・・・経営ってのは・・・(後略)」
呆れてしまいました。
(↑、最近、憤慨することが少なくなった代わりに、呆れることが多くなりました。)

僕は、理論「そのもの」が大切だと主張しているわけではありません。
大切なのは経済価値です。
だって、誰でも「お金」は欲しいでしょう。
しかし、経済価値を図るための「秤(=バリュエーション手法)」を持っていなければ、その「秤」を持っている者に、いとも簡単に、経済価値を搾取されてしまうのです。
そのことを、理論をベースに多くの方に伝えたいだけなのです。
「理論そのもの」を愛しているわけではありません。

たとえば、一株あたり3000円前後の株主価値が認められる企業があったとしましょう。
この企業が事業拡大のために資本を必要として、増資を計画します。
あるベンチャーキャピタルから、一株あたり1500円での出資の申し出があった場合、「秤」を持っていれば、「安すぎる」という判断が可能ですが、「秤」を持っていなければ、その価格が安いのか高いのか、さっぱりわからないわけです。
安いか高いかわからないまま、「資本が手に入る!」と単純に喜び、大切な議決権を安く譲ってしまうことになるわけです。
一方のベンチャーキャピタルは、(この事業が成功すれば)相当な経済価値を「価値に対して相当に安い価格」で手に入れることが出来るわけです。
結果、経済価値は、「秤」を持っていない者から、「秤」を持っているものに、「一瞬にして」移転するわけです。
その経済価値とは、下手すれば、当該企業の利害関係者が、よってたかって努力した結果として生み出される企業価値の10年分にも相当する場合だって、無いとは言えません。
このことが理解できない人が多いのです。
だから、「秤」を持たない人は、努力したほどの経済価値を手に入れることが出来ないのです。
増して、「秤なんかどうでもいい!」という人と一緒にビジネスをする気にはなれません。

(ちなみに、投資予定先企業が提出した事業計画の数値に基づいたバリュエーションを行い、「あなたの会社の事業計画を100%信用して、その数値によって株価算定を行いました。」なんて、いい子ぶりながら、価値に対して相当に安い価格に仕立てる事だって、「秤」のメカニズムを知っている者にとっては、朝飯前なのです。
お分かりですよね、将来キャッシュフローの割引率にあたる資本コストをちょいといじれば、いくらでも企業価値は変動します。だから、資本コストについての理解はとても重要なのです。)

話は関連しますが、変わります・・・

このところ、経営者、とりわけ若いベンチャー経営者の前で、バリュエーションや企業価値創造メカニズムに関する講義や講演をする機会が増えました。
企業はモノではなく、経済価値創造を行い、生まれた経済価値を利害関係者(=顧客、取引先、従業員、国、株主など)に配分する「仕組み」であるということから始まり、時間が許せば、バリュエーション理論まで御話しします。
(参考エッセイKISS第48号「会社は誰のもの」)

経営者の前で、以上のような話をしたとき、必ず出る質問があります。
それは、
「板倉さんの話は、投資家向けの話なのですか、それとも経営者向けの話なのですか?」
はらほれひらふぅ〜
ホント、面白い質問です。
投資家から観ようが、経営者から観ようが、従業員から観ようが、取引先から観ようが、見る角度が違うだけで、観ているのは「企業という仕組み」なのです。
特に、経営者の仕事は、これらすべての利害関係者の立場を理解し、継続可能な経済価値配分のバランスを取りながら、経済価値創造を行う仕事です。
(参考エッセイKISS第103号「ゴーイングコンサーン」)
よって、あらゆる立場からの観方も備えなければならないのが、経営者の義務なのです。

しかし現実には、「売上高〜利益」ばかりを考えていたり、最近では、ただひたすら「(株主価値増大の伴わない)時価総額の最大化」を追うばかりの、なんちゃって経営者が多いのです。
売上高を追うのは、営業部長の仕事です。
時価総額を最大化したいのならば、株主価値(=将来の投資家に帰属するキャッシュフローの増大、もしくは、資本コストの低減)に取り組むべきです。

また話は関連しますが、変わります・・・

ご存知の通り、(ゼロクーポンかつ有利発行の)MSCBが乱発されています。
経営者が、既存株主の経済価値を毀損するという事実を理解していないか、または、理解していても、「株価なんて市場が勝手につけるものだから知るもんか!」ということなのでしょう。
(事実、この言葉は、上場企業の経営者の口から直接聴いた言葉であり、この言葉を発した経営者は、ご他聞に漏れず、時価に対して6%ほどの有利発行によるMSCBで資金調達を行いました。当然ながら、株価は暴落しました。この経営者自身のブログでは、「株主様のため」みたいな表現が多用されているところが、大いに笑えます)
最近、読者からも、「MSCB爆弾を落とされて、トホホです。」なんてメールをたくさん頂きます。
こんなことが続けば、「株式投資は博打」と、多くの個人投資家に捕らえられ、株式投資に向かう資金が増大しないか、もしくは、一時的に流入資金が増大しても、多くの個人投資家は経済損失を被ることになり、中長期では、直接金融の成長は見込めないでしょう。

また、株式分割による一時的な株高を利用した株式交換による企業買収も煩雑に行われています。被買収企業の株主は、結果的に大損です。
が、彼らは、「売れてよかった!自社の株式と引き換えに、上場企業の株式が手に入った!」などと喜ぶわけです。
その実、経済価値が搾取されているとも気が付かずに。
(参考エッセイKISS第2号「市場流動性」)

とまれ、もろもろ書きましたが、僕は、
「正義」を謡っているわけでもなければ、
「理論」を愛しているわけでもなければ、
「投資家が最も偉い」などと主張しているわけでもなければ、
「金儲けが美徳」などと主張しているわけでもないのです。
僕が常々主張しているのは・・・
「多くの人が、社会に対して提供した価値に対して相応な経済価値を手に入れられる社会」の実現に一役担いたいということなのです。
(参考エッセイKISS第33号「お金の仕組みを教える理由」)

多くの人が、「秤」を持っていないわけです。
義務教育でも、教えてくれないわけです。
で、
ペイオフ解禁後、明らかに銀行預金という名の「銀行への貸付」におけるリスクは上昇しました。
しかし、リスクが上昇したにもかかわらず、預金金利は一向に上昇しません。
なぜなら、本質的には、預金者(=銀行に対する債権者)が、低金利に甘んじているからです。
甘んじていることさえ、認識できないからです。
金利が低いのは、一般的に、リスクが低い場合です。
銀行預金金利が低いのは、銀行の信用があるからだとされています。
銀行に信用があるのは、国の保証があるからということになっています。
しかし、銀行の信用を担保するはずの国が借金をする場合の金利(=国債の利率)は、銀行預金よりはるかに大きいのです。
(参考エッセイKISS第34号「だまし絵」)

これらは、多くの人が、経済やファイナンスに関する教養が低いことが原因です。
当たり前の話ですが、経済活動が効率よく行われるためには、経済活動に参加する者が、経済について、ファイナンスについて理解して初めて実現するのです。
経済活動に参加していない人など、この世に存在しません。

八百屋が、野菜の重さを量る「秤」を持っていなかったら・・・
どうなると思いますか?

経済価値は、その「秤」を持っていない者から、持っている者に、いとも簡単に移転するのです。
しかも、搾取された者は、それとは気が付かないのです。
多くの場合、「自分から経済価値を搾取しようとする者」を、搾取される側は、搾取する者を「あの人は立派な人だ」などと賞賛している場合が多いのです(笑)
自分の親を殺した人物を尊敬する様です。
これ、よく見かける光景です。
今回の、衆議院選挙でも、全く同じような光景を見ることができます。
自分自身の経済価値を搾取される政策に大切な一票を投じているわけです。

その様は、まるで・・・
黒人に対する人種差別を訴える北軍に対し、黒人を奴隷のままにしようとする南軍の兵士の多くが、黒人であった米の南北戦争そのものです。

世界で最も価値を創造できる日本人は、残念ながら、そのフィナンシャルリテラシーの欠如によって、提供した価値相応の豊かさを享受できないでいるのです。

板倉雄一郎 2005年9月12日(分として)

PS:
経済やファイナンスについての知識は、間違いなく「一生もの」です。
当事務所のセミナーでなくても結構です。
数千円の書籍でも、努力すれば学ぶことが出来ます。
この秋発売予定の「おりおば(=おりこうさんとおばかさんの生活経済学)」でも、その基礎は学べると思います。
結果がどうであれ、衆議院選挙も終わりました。
今、経済について、ファイナンスについて、学んでみるのに良い機会ではないでしょうか?
あなた自身の将来のために。

PS^2:
腰痛いです。
結局、多くの時間を、ベッドで過ごしています。
不完全燃焼で、とても不愉快です。
なんだかんだ言っても、健康が一番です。
当たり前ですが。





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