板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  Keep it simple,stupid  > KISS 第39号「配当と株主価値」

KISS 第39号「配当と株主価値」

日本企業の配当「額」が、増えています。
(ただし、配当の絶対額が増えているだけで、配当可能な現金のうち、どれほどを配当するかということを示した「配当性向」は、上昇していません。)
また、最近では、フジテレビが増配を発表しています。
不思議なことに、増配を発表すると、株価は上昇します。

「不思議なことに」と書いたのは、少なくとも理論的には、
「配当は、株主価値を下落させる」からです。

「高配当の会社はいい会社」などと、マヌケな投資判断をしている、某著名な投資家がいらっしゃいますが、彼は、企業価値創造メカニズムを全く知らないのでしょう。

簡単に説明しましょう・・・
銀行の預金に置き換えて考えれば簡単です。
ある銀行の口座は、年率10%の利息が付くとしましょう。
(現在の日本では、考えられない金利ですが、わかりやすくするためです)
この口座に、100万円を預金します。
この口座の資金を、一切「取り出さなければ」、
1年後に、口座の残高は、110万円になります。
この口座の価値は、110万円と言うことです。
この増えた10万円を、取り出してしまえば(=配当すれば)、
10万円を自由に使えますが、
さらに一年経っても、また110万円になるだけです。
逆に、最初の一年で110万円になった口座資金を取り出さず(=配当せず)、
そのまま置いておけば、
さらに1経過すれば、口座の資金は、110万円に対して10%の金利が付くので、
110万円*(1+10%)=121万円となるわけです。
つまり複利の効果が得られると言うわけです。

企業の場合も、シンプルには、以上と同じです。
株価を担保するのは、企業の株主価値です。
配当は、企業の株主資本の一部を取り崩すことによって行われます。
よって、株主は配当という現金を受け取る代わりに、株主価値は下落するのです。
もちろん、短期では、
「配当を受け取る間だけ株主になりたい」という投機家が存在するので、
一時的には、株価は上昇する傾向にあります。
しかし、実態に合わない高配当を継続する企業の株価は、長期では下落します。

===以下は、マニア向けの上級編です===

一般的に、全うな経営者が行う経営とは、
自社が株主からお預かりした資金を、効率よく事業に投下し、
結果として、高利回りを実現できる場合、つまり、
「高利回りの投資対象を見つけることが出来る場合」、
経営者は、株主に資金を還元(=配当や自社株買い)せず、
企業内部で再投資するべきです。
しかし、
魅力的な投資対象が見つからない場合、つまり、
「高利回りの投資対象が見当たらない場合」、
経営者は、株主に資金を還元すべきなのです。
よって、
企業の成長期に配当や自社株買いを行う経営者は、おめでたく。
逆に、
企業の成熟期に「余剰資金」を、株主に還元しないのも、おめでたいのです。

さらに、資本コストとの関係を考えて見ましょう。
以上は、「高利回り」という曖昧な表現を使って説明してきましたが、
当該企業にとって、「高利回りであるかどうか?」の判断基準は、
当該企業へ資金を提供している投資家(=債権者および株主)の、
「期待収益率」を上回る投資対象(=事業)であるかどうかという点です。
つまり、
(ROIC-WACC=SPREAD)>0
(投下資本利益率?資本コスト=スプレッド)が、プラスかどうか?
が判断基準であり、
これがマイナスになるようなことが予測されるのであれば、
余剰資金は、再投資されるべきではなく、投資家に還元されるべきであり、
これがプラスになるようなことが予測されるのであれば、
余剰資金は、投資家に還元されるべきではなく、再投資されるべきなのです。
このように正常なオペレーションを経営者が実行すれば、株価は上昇します。
逆であれば、株価は下落します。

僕は、上場企業の経営者に直接お会いする機会が多いのですが、
そのとき必ずこういう質問をします。
「オタクの、WACCは何パーセントぐらいだと想定していますか?」
この質問に明確に答えられない経営者は、おめでたいのです。
なぜなら、WACCがわからないと言うことは、営業上得られた資金を、
「投資家に還元すべきか、再投資すべきか?」の判断が出来ないということだからです。
さらに、
「オタクの、株価は、適正ですか?」という質問もします。
これに答えるためには、企業価値評価手法が必要です。
企業価値評価手法を知らないのでは、
実体企業価値と時価企業価値の乖離を知ることが出来ません。
仮に余剰資金があったとしても、
それを自社株買いによって株主還元するべきか、
配当によって株主還元するべきか、
はたまた、有利子負債の返済に充てるべきか、
全く見当が付かないと言うことを意味します。

この辺りのケースごとの説明については、
KISS第11号「おめでたい経営者」をご一読ください。

ウォーレンバフェット氏の経営による米バークシャーハサウェイ社は、
これまでただの1セントも、配当を行ったことがありません。
投資対象がある限り、彼は株主に現金を還元するのではなく、
再投資によって企業価値を高めているのです。
結果、バークシャーの株主価値は、この数十年、上昇し続けています。
それは、同社の株価に現れています。
一方、有り余る現金の再投資先を見つけることが困難な状況を迎えているマイクロソフト社は、その多く(なんと800億ドル!)を、株主に還元(=自社株買いと配当のセット)しています。
マイクロソフトも、バークシャーも、どちらも極めて合理的なオペレーションを行っているといえます。

いずれにしても、現在の日本の株式市場は、基礎の基礎も理解できていない「投機家」ばかりです。これでは、その辺を熟知している外資の機関投資家に、どんどん美味しいところを持っていかれるだけなのです。
彼らが美味しい思いをする分、日本の投機家が損をするということであり、
その結果、しつこいようですが、「日本人は労働者、利益は外国人」になってしまうのです。

結論はいつも一緒なのですが、日本人の「お金の教養」が低すぎるのです。
そして、その根本的原因は、「教育」にあるのです。

米のビジネススクールで、インチキを教え込まれた日本人MBAは、実は外国人のために仕事をさせられていることに、早く気がついてほしいものです。
現在、ビジネススクールなどで広く教えられている株主資本コストを算定するための手法、「資本資産評価モデル(CAPM)」は、根本的に間違っています。
KISS第20号「CAPMを笑う」をご一読ください。
そういえば、ウォーレンバフェット氏も、CAPMの因数である「β(ベータ)」を笑っています。
彼曰く、ビジネススクールでインチキを教えているおかげで、彼自身の儲かるチャンスがたくさん生まれるのだそうです。
彼の言わんとすることを、僕は120%理解できます。

板倉雄一郎 (Japanese by Nature) 2005年3月28日 (の早アップ分)





エッセイカテゴリ

Keep it simple,stupidインデックス