板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  Keep it simple,stupid  > KISS 第117号「半端な理解」

KISS 第117号「半端な理解」

中途半端な理解は、とても危険です。

たとえば、当事務所主催のオープンセミナー(3時間コース)では、ディスカウントキャッシュフロー法の「基礎」について講義を行います。
が、その例題は、「国債価格と利回り」であるとか、「保険商品のIRR計算」、「不動産収益物件のIRR」だとか、つまりある程度将来キャッシュフローが確定しているか、その変動要素が少ない金融商品を用いて、その基礎を伝えます。

(参考エッセイSMU第64号「企業価値評価シリーズ始動」これだけでも、10年後の20万円と、今日の20万円の違いがわかるわけですから重要なことです)

このあたりを完璧に理解できた受講生は、「で、企業の場合は?」と、3時間セミナーの内、2時間が経過した頃、期待を始めます。
が、企業の価値計算までは、この短い時間では、絶対に行いません。
(もちろん、合宿セミナーでは、理論株価の算定までフルスペックで講義します。)
なぜなら、企業の投資家に帰属する将来キャッシュフロー(=フリーキャッシュフロー)の予測には、当該企業の環境(=マーケットサイズの動向、競争環境、原材料の価格動向、ビジネスモデル、経営者の資質などなど多岐に渡る情報)を考慮する必要がありますし、
また、キャッシュフローの計算方法一つとっても、財務に対するある程度の理解が無ければ、不可能です。
さらに(ここが重要なのですが)、将来キャッシュフローの割引率(=企業の加重平均資本コスト)について、その計算方法は極めて単純ですが、その数値設定については、「理論+経験による勘」が必要なのです。
どれほど精密に将来キャッシュフローの予測を行ったところで、この割引率の設定如何で、企業価値はぜんぜん違ってくるわけです。
資本コストに十分な理解が無く、よって、いいかげんな割引率を設定して、その結果得られた株主価値と時価総額を比較して、「買いだ!」と安易に判断されて、挙句の果てに大損なんてことを、受講生に経験して欲しくないのです。
だから、3時間の時間枠で、テキトーにお教えすることは、非常に危険だというわけです。

先日のオープンセミナーに参加いただいたある方のブログを拝見しました。
その方は、セミナーの価値を相当高く評価いただいたのですが、文中の講義例について、何人かの方からコメントが入っていました。

そのうちの一つは・・・
「ディスカウントキャッシュフローの考え方は、絶対値を参照しています。だからデフレやインフレによる相対的な価値変化までは考慮できないのではないでしょうか(後略)」
と言うものです。
これは、明らかにDCF法に関する、中途半端な理解が引き起こす意見です。
DCF法では、確かに、将来キャッシュフローの算出を、「現時点での通貨と経済実態の交換価値」に基づいて行います。よって、将来キャッシュフローの予測は、この時点では通貨価値の変動(=インフレまたはデフレ)を考慮しません。
しかしながら、その割引率によって、そこらへんを調整するわけです。
たとえば、株主資本コストの算出にCAPMを使う場合、リスクフリーレートがその因数にあることよって、将来のインフレ率が考慮されています。
割引率についての深い理解があれば、上記のような指摘はされないでしょう。


割引率の設定は、評価者によって様々です。計算方法の違いはもちろん、同じ計算方法でも、因数の設定はまちまちです。
たとえば、株主資本コストの算出にCAPMを信じて利用する人も居ますし、僕のように、将来のインフレや、自分自身の予定利回り、そして当該投資対象に対するリスク認識(=期待収益率)などを頭の中で処理して、最終的に「自分勝手割引率」を設定する場合もあります。
参考エッセイSMU第103号「資本コストと割引率」
ちなみに、CAPMによる株主資本コストの算出式は、
Ke=rf+[E(rm)-rf]*β
株主資本コスト=リスクフリーレート+マーケットリスクプレミアム*β
ということに、なっていて、一方有利子負債の資本コストは、まんま名目値を使います。
結果、当該企業の加重平均資本コスト=WACCは、
WACC=E/(E+D)*Ke+[D*(1-Tr)]/(E+D)
と言うことになっています。
まあ、あまりこのあたりを信用しない方が良いと思います。
わけがわからなかったら、是非セミナーにいらしてくださいね。
数式で書くと、なんだか難しそうに見えますが、僕の話を聞けば納得できるはずです。

また、良くある指摘として、もうひとつは・・・
「今日の10万円と10年後の10万円で、どちらを選ぶ?」という問に対して、
「インフレが予測されれば、今日の10万円、デフレが予測されれば、10年後の10万円を選ぶ」という、指摘もあります。
当たり前ですが、間違った考え方です。
経済についての断片的な知識がこのような答えを出すのでしょう。
デフレやインフレによって、時間と共に、通貨と実体経済価値の交換レートは変化します。
デフレ下では、時間経過と共に貨幣価値は増大(=同じ金額で買えるモノが増えます)します。
しかし、だからと言って、経済資産を現金で持っているのが「最も合理的」というわけではないのです。
仮に、現金で持っているのが最も合理的であったとしても、ある現金を今日受け取ることが出来るのに、それをわざわざ無利子で先延ばしする合理性はありません。
また、資産運用という手段がこの世にある以上、デフレ下であったとしても、貨幣価値の増大以上の利回りが得られるとすれば、現金で保持するより、資産運用を行った方が合理的です。

ある出張セミナーのとき、例の「ポイントシステム」について話したことがあります。
受講生のある方は、「デフレの場合には、ポイントを貯めておいたほうがよいのではないか」などと、やはり中途半端な理解に基づく指摘(?)をされました。
この場合も、ポイント発行企業に対する無利子の融資であるところの「ポイント貯蓄」は、それを現金で保持する場合に比べて何のメリットもありません。
たかが銀行預金であっても、ポイント貯蓄よりはるかにマシです。
なぜなら、銀行預金には金利が付きますが、ポイント貯蓄には金利が付かないからです。

以上のように、経済やファイナンスについて、断片的に、中途半端に理解し、他人へのアドバイスとして堂々と表現する方が最近多く見受けられます。
その方自身が損をするなら勝手なことですが、その方の間違ったアドバイスによって誰か他人が損をするのは、よろしくありません。
とても、危険なことです。

前号でも書いたとおり、下手な「投資教育」なんて広く行われたら、とんでもない未来が待っています。
そんな未来に巻き込まれないためには、ご自身がしっかり経済とファイナンスについて学習することです。
特に、その「基礎」について、しっかり学習することが大切です。
応用部分に、多くの時間を消費するより、「基礎」をしっかり学ぶことです。

2005年9月2日 板倉雄一郎

PS:
次回の合宿セミナーは、9月24日?25日です。
既に、20名ほどの申込を頂いております。
ご興味のある方は、是非この機会に。





エッセイカテゴリ

Keep it simple,stupidインデックス