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KISS 第98号「企業価値」

「企業価値」という言葉は、どうでしょう、この数年、特に今年に入ってから、様々なメディアで使われるようになりましたよね。
で、「企業価値」って何ですか?
僕は毎度、考えてしまいます。

「えっ?」って思いましたか?
いえいえ、企業価値に限らず、「価値」というのは、「誰にとっての価値なのか?」が無ければ、どうにもこうにも価値評価のしようが無いという意味です。

企業の存在は、
その企業が立地する地域にとって、雇用をはじめ経済活性の価値がありますし、
顧客にとっては、欲しい商品を作って売ってくれるという価値がありますし、
財政にとっては、税金を払ってくれるという価値があります。
他にも人それぞれ、価値評価は様々です。
様々な側面のある企業価値の中から、僕は、「投資家から観た企業価値」について、セミナーなどでお伝えしているというわけです。

「投資家から観た企業価値とは何ぞや?!」

はい、当該企業が生み出すであろう「キャッシュフロー(=現金収支)」の中で、「投資家に帰属するキャッシュフロー」の割引現在価値のことを企業価値と表現します。
この投資家に帰属するキャッシュフローのことを、
「ネットキャッシュフロー」と表現したり、
「フリーキャッシュフロー」と表現したり、
「純現金収支」と表現したり、するわけですが、僕は、以上の言葉はあまり好きではなく、「誰にとって」を強調するため、「投資家に帰属するキャッシュフロー」と表現したいです。
が、長いので、FCF(=フリーキャッシュフロー)という表現を、普段は使います。

株式投資を行為の側面から観れば・・・
「株価を支払うこと(=投資家から観たキャッシュアウト)によって、
投資家に帰属するキャッシュフローの一部、または、全部を手に入れる」
ということになります。

ここに、1年後に110万円のFCFを生むであろう投資対象があったとします。
(それ以前にも、それ以後にも、一切キャッシュを生まないと仮定します。)
今日の段階(=つまりFCFが生まれる一年前)で、この投資対象に110万円を支払って、その全部、または一部を手に入れようとする人は、居ませんよね。
なぜなら、今支払うキャッシュと、一年後に受け取れるキャッシュが同額なら、わざわざリスクを取って投資する意味が全く無いからです。
よって、この証券が市場に上場されようが、されなかろうが、110万円という価格は付かないわけです。
では、この商品が、もし100万円で手に入れられるとしたら、どうでしょうか?
今日支払うキャッシュ100万円が、一年後に110万円になるというわけです。
どうですか? 買いますか、それとも買いませんか?

答え・・・は、この情報だけでは得られません。
今日、100万円でこの証券を買い、1年後に110万円のキャッシュフローを得られる「であろう」ということは、その予想が的中した場合、ROIC(=投下資本利益率)は、「年率10%」となります。
しかし、予想はあくまで予想に過ぎません。
よって、「そうならないかもしれない」をどの程度に見積もるか?が大切な問題です。
つまり、投資対象に対するリスク認識が大切ということになります。
もし、予想を下回る可能性が10%程と認識した場合(=予測FCFに対して最大で10%の減額が予想される場合)には、逆に最低10%の利回り見込みが無ければ投資したくないですよね。
もし、多くの投資家が、この証券に対して年率10%程のリスク認識を持っているとすれば、この証券の価格(=株価)は、今日の時点では、100万円程に落ち着くというわけです。
(ただし、日が経つにつれ、110万円を受け取る日までの日数が少なくなり、割引率を日割りで計算することによって割引現在価値は高くなっていきます。たとえば、「受取日の一日前」には、限りなく110万円に近い価格が形成されます。)
この計算を、1年後の110万円を、年率10%で、「現在価値に割り引く=DCF=Discount Cash Flow」と表現し、割引かれた現在価値のことを、「割引現在価値=NPV=Net Present Value」と表現します。

国債などの債券の場合、「投資家に帰属するキャッシュフロー」は、書面で約束されています。
もちろん、その債券の発行者(=国債の場合は国=債務者)が債務不執行になれば、話しは別ですよ。
しかし、企業の生み出す「であろう」、「投資家に帰属するキャッシュフロー」には、何の約束もありません。
よって、債券に投資する場合より、株式に投資する場合のほうが、自ずと投資家の「リスク認識」は高まり、結果として、同じキャッシュフロー額が予想される場合でも、株式の方が、債券より、現在価値が小さくなるというわけです。
債券より、株式の方が、その将来キャッシュフローの割引率が大きくなるということです。
(以上は、あくまで一般論であって、インチキ企業の発行する社債(=ジャンクボンド)より、全うな企業の株式の方が、投資家から観たリスク認識が低く、結果、期待収益率が低いことなど、たくさんあります。)
これは、同時に、「うまく行った場合」のリターンも、リスクに応じて高くなるということを意味しています。
リスクとリターンは、表裏一体です。
つまり、投資対象に対する投資家から観た「リスク認識」の度合いによって、予想されるキャッシュフローを現在価値に割り引いた結果、投資対象の「投資家から観た経済価値」が決定されるというわけです。

現実には、企業が生み出すキャッシュフローは、一年後だけではありませんし、その予測も市場の環境によって、時には大きく、時には小さくブレがあります。
このブレは、キャッシュフローの予測に対するブレであったり、その予測に対する「リスク認識」のブレであったりするわけです。
さらに、「キャッシュフロー予測」においても、「リスク認識」においても、それは投資家それぞれということになります。
以上の価値算定の結果得られた割引現在価値(=投資家から観た企業価値)から、もろもろの計算を実施し、株主価値を割り出し、その株主価値と時価総額の比較を行うことを、投資判断と表現します。
もし、多くの投資家が、以上の価値算定の結果、株主価値より時価総額の方が「小さい」と感じれば、「買い」が集まり、多くの投資家が「この辺で適当」となるまで株価は上昇します。
また逆に、多くの投資家が、以上の価値算定の結果、株主価値より時価総額のほうが「大きい」と感じれば、「売り」が集まり、多くの投資家が「この辺りで適当」となるまで株価は下落するというわけです。
(断っておきますが、短期の株価の動きは、そもそも企業価値など全く無関係に価格のみをトレードする投機家のおかげで、以上のメカニズムに完全に支配されているわけではありません。)

企業価値=Σ(n=1?∞)[ C(n) / ( 1+r)^n ] 
C(n)=n期後の予想される投資家に帰属するキャッシュフロー
r=割引率=WACC=加重平均資本コスト
(ただし、この企業価値は、当該企業のROIC?WACC=Spreadが長期でプラスであることが予想されれば、企業内部での再投資による複利効果によって、時間と共に増加します。)

数式で表現すれば、これだけの話です。
(あくまで、企業価値の話であって、株主価値ではありませんよ。)

これだけの話なのですが、この式のそれぞれの因数を割り出すには、それなりの知識と経験が必要になるというわけです。
特に、r=割引率=WACC=加重平均資本コストの算定には、結構苦労するわけです。
(ちなみに僕自身は、SMU第103号「資本コストと割引率」で詳しく説明したように、株主資本コスト部分に「自分勝手割引率」を適用し、当該企業の将来キャッシュフローの「安全マージン」としています。)

そして、いくら価値算定を行ったとしても、自分で行った価値算定に「自信を持つ」ことができなければ、大切なお金を投資することは出来ませんよね。
自分の投資判断に自信を持つことができず、ビビッてばかりいれば、現金の価値は、時間と共に減少していくわけです。(デフレーションの場合でも、現金で保有していれば、運用利回りの機会損失が発生し、結果的に現金の経済価値は減少します。)

さて、このパラドクスを、どうするか?
そうです(←って誰に言ってるの?)、自分の投資判断に自信を持つ方法を身につける以外の方法は無いってことです。

書き進めるうちに、セミナーの広告のようになってしまいましたが(笑)、当事務所のセミナーでなくてもよいわけです。とにかく何らかの方法で、「価値算定の方法」を学ぶことが、資本主義経済の中に生きるうえで、非常に大切だと言うわけです。

タンス預金をしている「金」は、明らかに「社会のために生かされていない金」なのです。
生かされていない金の価値は、時間と共に減少します。
生かされている金の価値は、(生かす対象さえ間違わなければ)、時間と共に増加します。
経済的に豊かになるためには、お金の絶対額に注目するのではなく、「価値を見抜く目」を育てる以外に無いのです。
価値に対する投資は、すなわち社会に対する価値提供になり得るのです。

使い手がちゃんと理解していれば、資本主義そのものは、結構よく出来ているのです。

(以上の文章を、セミナー卒業生は、「そうそう、うん、そうそう」って頷きながら読んでいる光景が目に浮かびます。)

2005年7月8日 板倉雄一郎

PS:
ロンドンでのテロ事件を発端に、
「現在の米を中心にした、テロ対策に効果があるのかを、もう一度考え直した方がよい」という意見が結構あります。
そもそも、米は、今のテロ対策が、本当に効果があると思って戦争を始めたんですかね?
僕には、テロというイイワケで、やっているようにしか見えませんけれど。

PS^2:
週末は、エッセイお休みです。
7月16?17日の合宿セミナーの御申込は、週明け7月11日で締め切ります。

PS^3:
昨日(七夕)は、久しぶりに、とある女性と新橋は「第三春美」に御邪魔しました。
いつ行っても、この店の「煮鮑」は、サイコー!です。
それはそれでよいのですが、この女性は僕を誘うとき、
「第三春美で食事しない?」と誘ってきました。当日の夕方に。
ふむ、僕と会うのが目的? それとも第三春美の鮨が目的?(笑)
きっと、「両方!」って答えるのだろうけれど・・・(笑)
人生、楽しいですね。





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