今日のエッセイの本題は、
「木を見て、森を見ず」ならぬ、
「枝を見て、根を見ず」です。
結論から書きましょう・・・
「木を見て、森を見ず」とは、
すなわち、細部にこだわり、全体像を見過ごしているといった意味があります。
確かに、それは、大きな損失ではあると思います。
しかし、
「枝を見て、根を見ず」に比べれば、
「木を見て、森を見ず」なんてことは、些細な違いに過ぎません。
まずは、基本的なことですが・・・
「個人投資家のAさんは、昨年一年間で、2000万円のキャピタルゲインを出した」
という情報を、どう感じますか?
「すごい!」とか「たいしたことない」とか思いましたか?
そうです・・・「この情報だけでは、なんともいえない」が正解ですよね。
Aさんが凄いか、凄く無いかは、上記に加えて2つの情報が必要になります。
考
え
て、
み
て
く
だ
さ
い。
一つ目は、簡単ですよね。
「一体、どれほどの投下資本の結果、2000万円のキャピタルゲインを出したのか?」
ってことがわからなければ、Aさんのパフォーマンスはわかりません。
仮に1億だったしましょう。
すると、年率20%の「投下資本利益率」と言うことですから、
「まあ、悪くは無い・・・」とか、
「いやいや、1億程度の投下資本の場合は、もっとパフォーマンス出るはずだ」
とか、いろいろ評価は分かれるでしょう。
それはそれで、自分のパフォーマンスなどと比較すればよいわけですが、
最も大切なことは、TOPIXの同期間の変化との比較をすると言うことですよね。
この点、
「木(=Aさんのパフォーマンス)を見て、森(=市場全体の値動き)を見ず」
にならないように気をつけなければなりませんよね。
それでは、もう一つのAさんの凄さを評価するための情報とは?
考
え
て
み
て
く
だ
さ
い。
「資本コスト」です。
冒頭の情報では、Aさんがどのようにして資本を調達したのかがわかりません。
仮に1億を、年率10%の有利子負債で調達したとすれば、
その分の利息(1億*10%=)1000万円の資本コストが発生します。
一方、キャピタルゲインは2000万円ですから、利益は1000万円と言うことになります。
(もちろん、キャピタルゲイン課税も計算に入れる必要があります。)
もし仮に、1億を、年率30%(サラ金コスト)で調達していたとしたら、
その分の利息(1億*30%=)3000万円の資本コストが発生します。
よって、Aさんの収益は、(2000万円?3000万円=)マイナス1000万円となり、
「Aさんは、運用パフォーマンス(=投下資本利益率)に比べ、
資本コストが過大であるから、全然凄くない」
となるわけです。
何度もしつこく書いていることですが、これこそ・・・
「運用側にばかり注目し、調達側に気を配らない」と言うことです。
これはすなわち・・・
「(地上にあってよく見える)枝を見て、(地下にあって見えにくい)根を見ず」
ということです。
もうお分かりの通り、キャピタルゲインが出ているわけですから、
「木を見て、森を見ず」程度の判断では、
なんとなく「マイナスにはなっていない」と思いがちですよね。
しかし、「枝を見て、根を見ず」という言葉に注目し、資本コストを考慮すれば、
場合によっては、キャピタルゲインが出ているにも関わらず、トータルの利益はマイナスになると言うことさえあると言うわけです。
よって、「木を見て、森を見ず」は、確かに大切なことですが、
「枝を見て、根を見ず」に比べれば、大した要素ではないとなります。
もちろん、両方大切ですけどね。
以上をベースに、過去のエッセイを持ち出せば・・・
SMU第177号「安く買って(調達して)、高く売る(運用する)」
にて書いていることは、まさに「枝と根」の関係について書いています。
KISS第6号「経営者不在のメディア企業」にて、
視聴率とそのシステムについて書いています。
ある番組の視聴率を、他の番組のそれを比較したり、
同局平均の視聴率と比較したりすることは、
「木を見て、森を見ず」から生まれる発想ですが、
このエッセイに書いているように、
「視聴率とは、誰が、どのようなルールで算出しているのか?」について、
考慮すると言うことが、
「枝を見て、根を見ず」から生まれる新しい考慮ですよね。
また、
KISS第13号「ネットとは?」にて、
ネットが、その効能の一部だけを取り出され、産業革命と比較されるのは、
「木を見て、森を見ず」の発想から生まれ、
ネットのもたらす社会全体への影響を考えるのが、
「枝を見て、根を見ず」の発想から生まれると言うわけです。
さらに、一連のライブドアによる買収劇で、僕はしつこく、その資金調達について触れてきたわけですが、これも、言うまでも無く「枝を見て、根を見ず」から、書いているわけです。
他にも、このブログのエッセイは、「根」に拘っているというわけです。
以上は、わかりやすくするために、その資本コストが「目に見える」有利子負債を例に書きました。
しかし、Aさんを企業Aに置き換えた場合、会計上見える有利子負債コスト以外に、会計上はほとんど見えない「株主資本コスト」を考慮する必要があります。
資本コストが、同社の投下資本利益率を上回っていれば、企業価値は破壊されます。
もし、企業Aの有利子負債がゼロの場合、資本コストのすべては「株主資本コスト」ということになり、会計上は、この資本コストがほとんど現れません。
ですが、実際には、企業価値破壊によって、理論的な時価総額の減少というカタチで、そのコストが表面化します。つまり株価の下落です。
以上から、投資家が投資判断の際、最も注意しなければならないのは、「会計上の利益」という、企業の一側面だけではなく、株主資本コストを含めた企業全体の「投下資本利益率?加重平均資本コスト=スプレッド」を長期に渡って予測することが大切だと言うことになります。
「枝を見て、根を見ず」にならないようにしないと、いけませんね。
2005年3月8日 板倉雄一郎
PS:
ソニー(SONY)って、今頃経営者刷新だって(笑)。
その昔、出井さんは、しつこく「EVA」を連発していましたよね。
でも、最近はこの言葉をあまり聞かなくなりました。
経営者が良く使っていた言葉を、突然使わなくなる理由は・・・
「その言葉に該当する経営指標が悪くなっている」と言うことなのです。
ちなみに・・・
EVA(またはEconomic Profit)=(ROIC?WACC=SPREAD)*IC
経済的付加価値=(投下資本利益率?資本コスト)*投下資本
です。
ソニーは、「枝と根を比較して欲しくない」だったのですよ(笑)