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KISS 第28号「株式分割と株式交換」

株式交換による企業買収とは、すなわち、買収企業が、自社の株式を「通貨」に見立て、その通貨で被買収企業の株式を買い取るという行為です。
よって、その通貨が高く評価されているほうが、買収企業(の株主)にとって「お得」なのです。
もし、株価が実体経済価値より、はるかに高いときに、株式交換によって企業買収を行った場合、
「一時的に」は、既存株主にとって、得です。
たとえば・・・
実体経済価値に基づく株価(=理論株価)が、一株1万円だったとしましょう。
このとき、実体経済価値が100万円の企業を買収する場合、
買収企業の株式100株を被買収企業の株主に支払うことによって、買収が成立します。
しかし、もし、実体経済価値より高い株価を、「何らかの方法」で、作り出せるとしたらどうなるでしょうか?
たとえば、実体経済価値が1万円程度であるにもかかわらず、「何らかの方法」によって、株価が5万円に「一時的に」なったとしましょう。
この場合、実体経済価値100万円の企業を買収するときに必要な、買収企業の株式数は、20株で済みます。
既存株主にとっては、得ですし、その得な分、新しい株主(=被買収企業の元の株主)にとっては、損になります。
もし、このマネーゲームを、「永遠に続けることができれば」、新しい株主の損失は、次の企業買収のときに報われる可能性があるので、すべての株主にとって、得であるように、見えます。
(勘の鋭い方は、もう気がついていますよね「マルチ商法じゃないかよ!」って(笑))

さて、株価を吊り上げる「何らかの方法」として、広く知られているのは、ご存知「株式分割」です。
株式分割を、紙幣に例えれば、1万円札1枚を千円札10枚に分割(つまり両替)するだけですから、1株1万円の株価であるときに、10分割を行えば、新しい株価は、少なくとも理論的には、千円となるはずです。
なぜなら、株式分割そのものでは、企業の実体経済価値は、変化しないからです。
つまり、株式数が10倍になる代わりに、株価が10分の1になると言うことです。
しかし、実際には、そうはならず、一時的に「いくつかの要因」によって、千円より相当に高い株価になり、その後、千円より少し高い株価に落ち着きます。
最初の要因は、「分割されるのではないか?」という投機家の分割期待によって、分割の発表前に多くの買いが集まるからです。
しかしこの「分割期待による一時的な株高」は、当該企業からの正式な「分割発表」によって、終わりを迎えます。
次に、証券取引上のシステムの要因があります。
たとえば、10分割を行った場合、その制度上、しばらくの間(50日間前後、株券交付日までの間)、市場で流通する株式数は、当該企業の発行済み株式数の10分の1になってしまうのです。(というより、株式数が10分割によって10倍になるにもかかわらず、しばらくの間、流通する株式数が、分割前と同じ株式数であるというわけです。ただしこの制度上の不備は、来年度に改正されるようです。)
流通株式数が少ないときに、もし買いがあつまれば、株価は急騰してしまうわけですね。
もちろん、新株の取引が開始された途端に、株価は元の程度に戻ります。
株式分割プロセスの最後には、分割によって「買いやすくなった株価」により、需給バランスが変化し、株価は分割前より、「企業価値に無縁に」高くなると言うわけです。
(株式の仕組みを知り尽くした投資家ばかりが、市場に存在するとすれば、このようなことは起こりません=よくわかっていない投機家と、そのよくわかっていない投機家を食い物にする投機家が溢れる現在の日本の株式市場だから通用するに過ぎません。)
この「作られた株価」を背景に、株式交換による買収が行われると言うわけです。
ライブドアが、昨年積極的に繰り返してきた、インチキ手法です。
本質的には、合法的な株価操縦です。断言します。

しかし、このマネーゲームには限界があります。
まず、株式分割は、実体経済価値の上昇を伴った株価上昇でなければ、いずれできなくなります。
たとえば、ライブドアの場合、株式分割を繰り返したおかげで、現在、数百円の株価となりましたから、(これで、さらに300分割とかすれば、笑えますけど(爆))、一株0.5円とかには、出来ないですからね。

もう一つの限界は、マクロ経済に置き換えるとわかりやすいです・・・・
ある国の通貨が高いということは、輸入には得でも、輸出では損です。
特に、原材料を海外から輸入して、国内で付加価値を高め、その後に海外に輸出する日本のような国の場合、輸入に得である(=YENが外貨に比べて高い)ことより、輸出で得である(=YENが外貨に比べて安い)ことの方が、純輸出は大きくなります。
よって、貿易によって成り立つ国家の場合、通貨が安い方が長期では、得なのです。
(今の中国ですよね、頑なにドル=ペッグ制を止めない)
もし、「永遠に買い続ける」のであれば、通貨が高い方が有利ですが、買い続けるだけでは、価値創造は行われません。
企業の場合、買収企業の実体経済価値より高い株価を利用して、被買収企業を買収した時点では、買収企業の既存株主にとって得ですが、買収企業の事業も、買収された被買収企業の事業も、グループ「外」の企業や個人との取引が無ければ、価値創造を行うことは出来ません。
(これ、グループ企業内で取引を続けた西武グループがマヌケである本質的原因です。)
このグループ外企業との取引とは、マクロ経済にたとえれば、貿易であり、価値創造は純輸出によってもたらされるわけですから、このとき通貨が高い分、損になると言うわけです。
つまり、株式分割よる実態経済価値より高い株価を利用した株式交換による企業買収は、「永遠に買収を続けなければ、破綻する」というわけです。
そして、「永遠に買収を続ける」ことなど、出来るはずがありません。
つまり、マネーゲームというわけです。
全うな経営者は、株価と実体経済価値の乖離を、むしろ嫌うのです。
実体経済価値より相当に低く評価されていても(=敵対的買収の恐れ)、
実体経済価値より相当に高く評価されていても(=資本コストの上昇の恐れ)、
価値創造において、不利に働くと言うことを、理解しているのです。

事実、昨年、この手法を連発したライブドアのマネーゲームは、限界を迎えています。
限界を迎えたので、手法を変えたのです。
2005年2月に、ニッポン放送買収資金を調達したMSCBという資金調達手法は、昨年までのライブドアの手法の「真逆」です。
既存株主の犠牲の上に、800億円を調達し、そのイイワケとして、「買収が成功すれば、被買収企業の価値が加わり、さらにシナジーが生まれ、企業価値が創造される」というわけです。
事実、株式交換ではなく、新たに調達した現金による買収ですからね。

「シナジーが生まれるじゃないか!」と言う方には、是非、
KISS第5号「シナジー効果」を読んでみてください。
シナジーが生まれても、それが総コスト以上に生まれるのでしょうか?
皆さん、「枝葉」ばかり見ていて、「根っこ」を見ないのですよ。
この場合の「根っこ」とは、ずばり「資本コスト」です。

つまり、
ライブドアの昨年までの手法である、株式分割によって実体経済価値より高い株価を「作り出し」、これを利用した株式交換による企業買収も、
高い資本コスト(MSCBが株式に転換されれば、資本コストは上昇します)によって調達した資金による企業買収も、全くインチキそのものであり、よって、いずれ破綻します。

価値創造は、時間が無ければ、行われないのです。
急いで事業を拡大しようとすれば、自らの事業が生み出すキャッシュでは足りなくなり、外部からコストの高い資本を調達しなければならなくなります。
高い資本コストの上で、企業価値創造を行うためには、資本コスト以上の投下資本利益率を必要とします。
資本コストの高い企業で、成功した企業など、ほとんどありません。
なぜなら、高い資本コストを賄うために高い投下資本利益率を求めると言うことは、、同時にリスクも高まるからです。
まあ、簡単な話、博打ってことです。

しつこいようですが・・・
投資家ウォーレンバフェット氏の経営によるバークシャーハサウェイ社の長期の成功は、その「運用側=コカコーラとかジレットとか・・・」もさることながら、その資金調達コストの安さにあるのです。
SMU第177号「安く仕入れて(調達して)、高く売る(運用する)」に、以上の本質が書いてあります。

とにかく、証券システムそのものを変える必要があります。
この部分に関しては、SMU第78号「未来の証券取引」に書いています。
(SMU=スタートミーアップ。右フレームのボタンからどうぞ。)

2005年3月14日 板倉雄一郎 

PS:
村上さんの意見って、一見まともなんですよね。
「経営者は、株主が選ぶものであって、経営者に株主が選ばれてたまるものか!」ってのは、その通りです。
この言葉を使うことによって、投資家全体を味方にしたいのでしょうが、ニッポン放送の株主は、既に、ライブドア、フジテレビ、そして村上ファンド「だけ」ですよ(笑)
そうそう、それに、個人「投機家」ね。

「ニッポン放送の経営者はクズだ!」と言っているようですが、彼らがクズ(と言う表現には賛成できません、クズではなくマヌケです。)だったからこそ、その保有資産に対して株価が割安に放置されていたわけで、そのおかげで、村上さんは、安値で仕込めたわけですよ(笑)
彼は、彼自身を「投資家だ」と言っているし、おそらくそう信じているのでしょうけれど、少なくとも僕には「投機家」にしか見えません。
なぜなら、少なくとも僕の定義するところの「投資家」とは、優秀な経営者を含めて企業の一部または全部を保有しようとする者を指しますから、クズ経営者の経営による企業に投資したりしないわけです。
少なくとも、ウォーレンバフェット氏は、そのようなことはしません。

いやいや、村上さんの、「一つ一つの主張」に、間違いはありませんよ(鼻笑)

それにしても、ライブドアの手法がインチキなら、ニッポン放送もインチキをやるってことで、結局、ステークホルダー全員が、損します。
さっさと手打ちしたらいかがですか?





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