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KISS 第88号「勝てば官軍?」

先日のKISS第86号「ミイラ取りがミイラに?」の中で、一つの「上場しない方がよかった企業」の例として触れた、ある有名ファーストフードの日本法人について、まさに、その企業の「元店長さん」から、読者メールを頂きました。

以下、本人の承諾の下、記載いたします。

(前略)
本日のKISS第86号について、いよいよ来たなと思ってご連絡しました。

私は、ある有名なファーストフードの日本法人で店長をやっていました。株式公開前の社風は私達現場レベルでは「会社は社員とお客様のためにある」という考えが中心でした。
そのため、他社では考えられないようなユニークな制度で福利厚生も良く、給与も業界で最高レベルの待遇でした。つまり、プライベートカンパニーの象徴的存在であったと思います。
破格の退職金、年間10ヶ月程度のボーナス、5年や10年勤続した社員には手厚い特別休暇や報奨金と正に社員にとって今後余り体験できないであろう待遇を受けて来ました。
しかし、上場を境に会社は激変しました。
板倉さんの文中にあるとおり「株主総会の議決権を譲渡する」した為です。
表面上から見て、給料は非常に高く待遇にも無駄なものが多いという判断を株主がしますので上場後は給与水準が下がり、待遇面も大きく変化しました。
これだけなら、各社員も「上場とはこのような変化があるのか」というレベルで済みますが、更に一つおちがあります。
公開直前に公募価格で新株の第三者割当がありました。
当時の現場社員にファイナンシャルリテラシーなど持ち合わせているものは皆無で、当然公募価格の4600円よりも高値になると思い「普通は購入するよね」という雰囲気でした。
上限は300万まで購入できるという事で店舗社員はほとんど300万円分購入しました。
その前にも現場には1000円以下での第三者割当がありましたが、階級別に購入上限があった為十分にいきわたらず、ほとんどの社員は公開直前の300万に賭けました。
ところがこれが「狼しか居ない森に裸で飛び込むようなもの」でした。
公開直後から順当に?(市場評価では順当でしたね)下がりあっという間に2500円程度で落ち着いてしまいました。
つまり、キャッシュフローが安定しているうちは儲けるだけ儲け、社長自身の進退問題を考え始めた頃に最後の一儲けをしたわけです。
しかし、私はお金に関する勉強をその後も怠ってきた為上記のような事や板倉さんが文中に書かれている事が理解できるようになってきたのはつい最近の事ですが、後になって考えると全て合点がいきます。
こんな体験をし、私は現在の会社内で一つの事業部を立ち上げていく予定ですが、せめて自分の部下にはファイナンシャルリテラシーの重要性を自分で学べるように動機付けしてあげたいと思っています。
「ある有名ファーストフードの日本法人」で得たものは「がむしゃらに仕事だけする事ではなく、(お金も含め)様々な自己啓発をしながら自分を成長させていく事が大切」という事です。
(後略)

以上、読者感想文の抜粋でした。

以上の文章を御読みになった方の中には、「そりゃ自己責任だから仕方が無い」と思う方もいらっしゃるでしょうし、「結局、自分が儲けようと色気を出した結果なのだから、仕方ない」と思う方もいらっしゃるでしょう。
そのあたりは、僕も完全に否定はしません。

それより、「その金は、どこに行ったのか?」・・・
同社の株価推移、および、資本異動に関する履歴を調査すれば簡単にわかります。
上場直前に従業員から集めた資本は、明らかに、上場後に「創業者一族の利益確定」に向かったのです。
(もちろん、すべての金が移転したというわけではありません。)
その上、福利厚生はそれ以前に比べ、その程度が悪くなり(=従業員への収益配分が減り)、その結果、従業員の士気が低下するということも、起こっているようです。

そもそも、この企業の場合、株式上場の意味はなんだったんでしょうか?
店舗拡大のための、資金調達が必要だったのでしょうか?
いえいえ、その必要があったころには、上場していません。
十分に営業キャッシュフローがありましたから。
そもそも、この企業が成長できたのは、誰のおかげでしょうか?
経営者の経営手腕でもありましょう。
顧客の支持でもあったでしょう。
しかし、会社を信じて安月給で労働力を提供してきた従業員が居なかったら、絶対に株式上場を果たすほどに成長することは出来なかったのではないでしょうか?

これ以上は、読者の価値観による判断にゆだねますが、この企業の創業経営者の執筆による「勝てば官軍」とは、つまり、「てめぇがよければ、勝ち!」という、前提があるのではないでしょうか。
少なくとも僕は、自分だけが儲かることを、「勝利」だなどと思えません。
自分と、自分のグループの便益の最大化があってこそ、真の勝利だと思います。
この場合の、「グループ」とは、家族であり、当該企業のすべてのステークホルダーであり、地域であり、日本であり、そして地球全体ということになります。
(だって、たとえば、儲かっても、温暖化によって変な病気が増えちゃったら全然幸せじゃないでしょ)

僕は、間違っても、「労働者第一主義」ではありませんし、当然ながら共産主義者でもありません。
事実、僕は企業の従業員になったことは、この生涯で一度もありません。
しかし、会社経営と、投資活動の経験から、如何に労働力が大切であるかを良く知っています。
そして、この国の最も重要な資源は、労働力なのです。
どの国でも、経済価値は、「人」が生み出すのです。
それを忘れた経営者の経営による企業には、絶対に投資しちゃダメですよ。
そんな経営者に投資しないことによって、初めて資金を「社会に対する議決権」として行使するということになるのです。
金なんかいくらあっても、墓場には持っていけませんから。

2005年6月17日 板倉雄一郎

PS:
ちょっと湿っぽい話しになりますが・・・
人と人が心からわかり合えたら、ハッピーですよね。
その人との「関係」が壊れることへのリスクを思うあまり、自分を繕ったり、相手の本当の姿を見ようとしなかったりします。
よって、関係に拘らず、互いに誠意を持ってコミュニケーションを行おうとした時、初めて相互に理解が深まるのではないでしょうか?
悲しいかな、多くの場合、互いの関係をあきらめた時、相互理解が深まる条件が満たされます。

「誤解によって関係が生まれ、理解によって別れる」なんて、良く言ったものですが、僕はこれを、「別れによって、初めて互いに心から理解する」と言い換えたいと思います。





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