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統計のお話 第20回「太いしっぽ」


(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
板倉雄一郎事務所パートナーのK.Shimodaです。
本日も統計の時間がやってまいりました!
“読むだけで数字に対する直感力が身に付く”
「統計のお話し 第20回」をお届けいたします。
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【ファイナンス編】太いしっぽ
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今回は、太いしっぽと題しまして、株式市場で
現実に起きている興味深いファットテール現象を
説明したいと思います。
と、その前に、必要な知識として、
ファイナンス理論の変遷をおおまかに
追っていきましょう。
いわゆるファイナンス理論と言われるCAPMやDCFは
伝統的ファイナンス理論と呼ばれ、60~80年代以前に隆盛を
極めました。
実際、感覚でしか語られなかった分野に誰もが明確に把握できる
数学的モデルを導入したことは素晴らしいことですし、
ノーベル経済学賞も多数出ています。
しかし、この伝統的ファイナンスは問題点もあります。
証明されていない前提を使いすぎていることです。
例えば、
1.意思決定をする個人は、独立している
これは、投資の意思決定時に他人に影響を受けない、
ということですが、他人に少しの影響も受けずに
投資をする方はほぼいないのではないでしょうか?(笑)
2.価格変動は正規分布になる
自然界の事象は正規分布に当てはまるものが多いのも事実ですが、
株式市場においてそれに当てはまるかは証明されていません。
(というよりも、そうでないことが分かってきています)
しかし、伝統的ファイナンス理論においては、
様々なモデルで正規分布が、前提として使用されています。
CAPMやVaR(バリュー・アット・リスク)や
ブラックショールズモデルなど、全て正規分布を前提としています。
他にもこの時期に産まれたこれら以外のモデルのほとんどは
正規分布(やそれに付随する分布)を用いています。
もちろん、伝統的ファイナンスには、
株式市場に対する理解を深めると言う意味で、
計り知れない功績はあります。
参考:ITAKURASTYLE 「DCF法は最悪だ!」
けれど、結局、伝統的ファイナンス理論では解決できない問題が
あまりに多いため、行動ファイナンス理論が、その後、台頭してきます。
行動ファイナンスに関しては、下記エッセイをご覧下さい。
パートナーエッセイ第11回「ファイナンス理論の限界!?」
ところが、現在分かっているのは、
行動ファイナンスがおいている前提にも
大きな問題があるということです。
例えば、以下のようなものです。
1.マーケットを構成する個人は不合理だから、マーケットも不合理である
確かにそういう側面もありますが、現実は個々人の
不合理な意思決定の集積が、全体として不合理になるかどうかは
分かりませんし、証明もできません。
2.不合理な行動をする個人はマレである
個人は基本的には、合理的な行動をするもの、という前提を
おいていますが、そもそも実際のマーケットでは、個人間の
情報格差もありますし、知識や経験による格差もあるわけです。
そんな中、客観的に合理的な行動をする個人がどれだけ多いかは
推して知るべしですね。
しかし、このような明らかに誤った前提をおいていますが、
当然ながら行動ファイナンス理論が否定されることはありません。
実際に、ビジネスや投資において、認知的な誤りや
意思決定のバイアスの発見に大いに貢献してきています。
と、ここまでが予備知識です。
(ここからファットテールの話になります)
さて、行動ファイナンスである程度多くの事象を説明できるように
なってはきたのですが、行動ファイナンス理論も、上記の通り、
前提が怪しいこと、そして、やはり解決できない問題が多いため、
さらに新しい理論が考え出されてきています。
新しい理論は、2000年前後から色々な分野で論文が書かれていますが、
○○ファイナンス理論、などといった正式な名前はありません。
(これらの研究はさかのぼると1960年代から進められていました)
ですが、色々調べてみたところ、キーワードは
“複雑系”にありそうです。
複雑系とは、ウィキペディアによると
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多数の因子または未知の因子が関係してシステム全体
(系全体)の振る舞いが決まるシステムにおいて、
それぞれの因子が相互に影響を与えてしまうために
一般的な手法(多変量解析、回帰曲線等)でシステム
の未来の振る舞いを予測することが不可能な系を言う。
========================
これって直感的に、株式市場っぽいと思いませんか??
実際に、複雑系で観測される事象は、株式市場でも観測されます。
その中の一つに、現実をよく表していて、かつ
知っておいた方が良いものとして、
ファットテール、という現象があります。
言葉で説明するよりも図で見た方が早いので、下図をご覧下さい。
(概念図ですので分かりやすくしています)

点線が実際の正規分布とし、赤い太線が実際に世の中で起きている
分布とします。その場合、(1)~(3)において、正規分布と実際に
起きている分布の違いが見られることが分かっています。
(1)では、“良くあること”つまりわずかな動きは、
正規分布よりも多く発生することを表しています。
実際にバリュー投資をしていると、
普通の局面、つまらない局面って多いですよね。
感覚的な話しですが。
(2)では、中程度に起こることは、実際はそれほど起こらないこと
を表しています。
(3)では、滅多に起きないことは、正規分布で想定している
以上に起こることを表しています。
これは多くの方が納得する事ですよね。
実際に、1987年のブラックマンデーでS&P500は20%ほど
下落しましたが、これほどの下落は正規分布で計算すると、
宇宙の始まりの日から取引がなされていても起こりえない確率
だそうです。
45億年に1度も起こりえないことが、1987年にたまたま起きた、
と考えるよりは、そもそも正規分布が適用されている前提を
疑う方が正しいように思えますね。
このように、複雑系でおきる分布においては、
滅多に起きないこと(図でいう(3)の部分)が、
正規分布に比べると、かなり多く起きる現象を表したのが先の図です。
先の図において、端っこの部分は、正規分布よりも分厚いため、
しっぽ(テール)に例えて、ファットテール、
と言う名前がつけられています。
正規分布は当てはまらない、ということは、
CAPMも、ブラックショールズモデルも、
正規分布が当てはまるという前提で組み立てられたすべての理論は、
前提から崩れてしまうことになります。
それは、理論を信じすぎると痛い目に遭うということでもあります。
ノーベル経済学賞のスーパー科学者の英知を結集させた
LTCMの運営するファンドの破綻も、このファットテール、
つまり、正規分布と仮定するとほぼ起こりえない確率の事象が
起きてしまったことによって、引き起こされたわけです。
参考:パートナーエッセイ 経営経験者からみた投資 第3回 「投資対象企業をみる~経営者編(3)」
実際は、ファットテールにより、起きるべくして起きた、というのが
市場の真実なのだろうと思います。
さて、このように、株式市場を複雑系であるとして考えると、
市場で起きていることがスッキリと説明できることが
分かってきています。
そして、ここからがさらに大事なことですが、
その最新の複雑系で考えるファイナンス理論では、
未来は予測不可能、ということが分かっています。
(短期的には可能、という説もないわけではありません)
これは、数学的なモデルで、将来の株価を予測することが不可能だ、
ということです。
つまり、過去の値動きの傾向を元にしたテクニカル分析や、
最近一部で流行っているシステムトレードや、
それに付随する“理論をベースにした取引”は全て無意味である、
ということが分かってきているわけです。
私も、競馬で本気で利益を出そうとした過去がありますので、
理論やテクニカル分析によって、数学的に成果を出そうとする
気持ちは痛いほど、よ~~く分かります(笑)。
しかし、どうやらそれは、控えめに言っても、
あまり効果的なアプローチではないようです、残念ながら(笑)。
数学が好きな人は気をつけましょうね。
そして、多くの数学が得意でない方にとっては朗報です。
算数+エクセルさえ出来れば、バフェットや板倉さんと
同じ考え方で投資ができる、ってことですから!
2007年9月20日 K.Shimoda
ご意見ご感想、お待ちしております!
PS
実際はバフェットはエクセルも使えません。
でも、あれだけのパフォーマンスを出しているわけです。
やはり大事なのは数式ではなく、考え方ですね。
統計のお話バックナンバー
統計のお話 第19回「自動判断の罠」





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