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統計のお話 第22回「リアルオプション」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
板倉雄一郎事務所パートナーのK.Shimodaです。
本日も統計の時間がやってまいりました!
“読むだけで数字に対する直感力が身に付く”
「統計のお話し 第22回」をお届けいたします。
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【ファイナンス編】リアルオプション
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本日は、現代ファイナンスの理論の極みである
“リアルオプション”について解説してみます。
リアルオプションの前に、オプションの説明から入りますね。
オプションというと思い浮かべるのが、
オプション取引に出てくるプットオプションとか、
コールオプションではないかと思いますが、
それらと本質的に同じです。
(価格算出方法の基本的考え方も同じです)
今回説明するオプションというのは、一言で表すと
“選択権”です。
例えば、
ランチに充分な時間があなたにあるとします。
その場合、ランチをどこに行こうが勝手ですし、
好きなところに出かける選択権があるわけです。
一方で、時間がなくて吉野屋でサッと牛丼ですませるしかないときは、
選択権がないと言えます。
(吉野屋を松屋にする選択権もあるとは思いますが、
それほど大きな価値の差はないでしょう。
余談ですが、私は吉野屋も松屋も結構好きで、
時間に余裕があっても行くことがあります 笑)。
選択権がある状態とない状態。
どちらが良いですか?
って考えるまでもないですよね。
両者には、考えるまでもないほどの差がある、ということは、
選択権がある状態というのは、ない状態に比べて
明らかに価値が高いわけです。
価値の差がある、ということはそれを価格・金額の差として
表すことができるわけですよね。
ランチの場合だと、価値をどう見るかは
個人のその瞬間の欲求の強さによるので一概に比較は出来ませんが、
世の中の経営の意思決定に関わる部分だと、価値評価が出来たりします。
その価格算定に用いるのが
1973年にブラックさんとショールズさんが共同研究で発見した
かの有名なブラックショールズ式です。
(2人は1997年にノーベル経済学賞を受賞しました)
式はここでは割愛させていただきます。
気分を悪くなる方も多くいらっしゃると思いますので(笑)。
数学が好きな方は、Wikipediaのブラックショールズ方程式のページをご覧下さい。
オプション取引などデリバティブは主にブラックショールズ式や
それを改良したモデルを用いて価格決定がされています。
デリバティブ商品の価格算定に対しては1980年代から適用されていたようです。
オプションに関しての説明は以上です。
さて、今回扱うリアルオプションですが、
何がリアルなのかというと、経営やプロジェクトが持っている
意思決定の際の選択権のように、実際の経営に使えるからリアル、
という名付けになっています。
(実際は金融商品以外の選択権の価格算定で、
リアルオプションと言われています)
では、実際起きうるケースについて考えてみましょう。
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あなたが大企業の経営者だったとします。
優秀な研究者が基礎研究により画期的な技術を開発しました。
この研究を実用化できると1800億円の利益を生み出し、
実用化に失敗するとリターンが得られない、
という旨のレポートが研究チームから提出されました。
また、同レポートで分かったことは、
この研究成果を実用化させるためには、合計で1000億円かかり、
そのうち100億円の初期投資が、現時点で必要で、
残り900億円が半年後に必要になることが分かっています。
ただし、1000億円投資しても、確実に実用化できるとは限りません。
実用化が成功するか失敗するかの確率は50%です。
競合の参入は半年後に判明します。
簡単のため、時間価値は考慮しないで下さい。
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あなただったら、この案件に投資しますか?しませんか?
あるいは別の方法を考えますか?










普通に期待値を計算すると
(1800億円-1000億)×50%+(0億円-1000億円)×50%
=-100億円
期待値がマイナスですから、この投資案件は行わない、
という意思決定をすることになると思います。
ですが、こう考えてみるのはどうでしょうか。
初期投資の100億円を投資し、半年間様子を見ます。
半年後の競合の状況や自社の研究開発の状況を見て、
残りの900億円を投資する。
もし、半年後、リスクの方が大きいということが分かれば、
900億円の追加投資を見送れば良いのです。
半年後の投資の期待値がどうなるかというと、
(1800億円-900億)×50%+0億円×50%
=450億円
という結果になり、すでに支払ってしまった初期投資の100億円
を考えても、350億円のプラスになります。
これは意思決定を後に遅らせることによって、
より柔軟にチャンスに乗じることが出来る良い例です。
この企業にとっては、100億円の初期投資は、
半年後に1800億円の市場に乗り出すための
選択権の購入費用である、と言うことが出来ます。
この例のように、現在のような不確実性が高い環境において、
0か1の二択ではなく、いったん回答を保留・延期にし、
選択権のみを購入しておくことにより、
最小限の損失で、大きな利益を手にする権利を得ていくことが
もっとも賢い、という場面があり得ます。
スピードが今よりも遅い時代であれば、
そこまで選択権にこだわる必要はなかったのですが、
現在のように、ビジネスのライフサイクルも短くなり、
投資規模も大きくなる傾向にある場合は、
オプションの考え方は非常に重要な意味を持ちます。
不透明な時代においては、選択肢を持つ、ということ自体が
価値を持つわけですね。
なかなか面白い話しだと思いませんか?
しかし、この興味深いリアルオプションにも1つ弱点がありまして、
当該選択権(オプション)に気づけなければ
価値も把握できない、つまり価格は0になってしまいます。
経営者の経営オプションを考える能力も大事ですね。
普通に生活している分には使わないリアルオプションですが、
実務においては、
1.現状、どんなオプションがあるのか、を考えるきっかけになる
2.経営の選択肢にも価格がつけられ、その値を算出できると言うことを知ることができる
などの点から、個人的には好きです。
(好き嫌いなんてどうでも良いことですが)
実際に、リアルオプションは、
原子力発電所のような大規模投資案件や、
新薬開発のような商品化まで時間と費用がかかるような案件や、
大規模なインフラ投資案件など、
ある程度規模があり、ある程度時間がかかり、
結果的に不確実性の高くなる経営やプロジェクトの意思決定で
研究対象にもなっていますし、実際に使われてもいます。
自分が思いこんでいる選択肢以外のオプションを考えることは
非常に有意義なので、是非活用してみて下さいね!
2007年10月18日 K.Shimoda
ご意見ご感想、お待ちしております!
PS
ランチの場合と違って、得られるものもお金、失うものもお金、
ということで、(ブラックショールズ式を用いれば)
価格を算定することが理論的に可能です。
しかし、ブラックショールズ式は、
株価の変動が正規分布になることを前提においているので、
今まで散々批判してきたとおり、
現実の値とは異なる数字が現れるでしょう。
とはいえ、このブラックショールズ式を用いて、
オプションの価格を計算するやり方は
CAPMと同じく他のもっと良い方法が見つかるまで、
使われ続けることと思います。
(CAPMの時と同じく、ブラックショールズ式の改良モデルが
たくさん研究されています)
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統計のお話 第21回「べき乗の法則」





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