(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
板倉雄一郎事務所パートナーの吉原です。
最近の株式市場は金融危機の影響で投資家が投げ売りしているので需給相場と化しており、現在はバリュエーションの指標が役に立たない・・・なんてメディアで報道されています。
言いたいことはわかりますがよく考えるとおかしな話で、長期的に見ればこういう時こそバリュエーションの出番なのになぁ・・・と思います。
今回の大暴落で様々な企業の株価が安くなったように感じるけど、将来業績がどこまで下がるか見当がつかないのでなかなか手を出しにくい・・・と感じている投資家は多いのではないでしょうか。
将来業績が分からなければ、現在の株価に聞いてみましょう。
バリュエーションのロジックを理解すると、通常のバリュエーションとは逆の手順によって、現在の株価水準を前提とした将来業績予測や投資家が要求する利回りを求めることができます。
そこで今回は、任天堂を例に挙げて、現在の株価水準から任天堂の将来業績予測及び投資家の要求利回りを求めてみたいと思います。
【結論:任天堂の場合】
結論から申し上げると、
(1)現在の株価水準は、“CAPMによるWACC算定”を前提にすると、「任天堂の将来業績(FCF)は前期実績に比べて約38%下落する」と予想されていることを意味します。
また、前提を換えると、
(2)現在の株価水準は、“会社発表の今期業績予想”を前提にすると、「投資家が要求する利回り(株主資本コスト)は約9.7%になる」ことを意味します。
【計算の前提】
(興味ない方は読み飛ばしてください・・・最後にまとめがあります)
(下記の分析は10月21日時点で入手した情報を基に行っています)
上記の結論の前提について説明すると、
まず、バリュエーションといえば、下記の式です。
株主価値=事業価値+非事業用資産-債権者価値(有利子負債)
上記の式の意味は下記のエッセイで詳しく説明しています。
⇒ Deep KISS 第66号「企業価値(図解)」
⇒ Deep KISS 第10号「言葉の定義(企業価値)」
上記の式に任天堂の株主価値(時価総額)、非事業用資産、債権者価値を当てはめて計算すると下記の通りとなり、
5兆292億円 = 事業価値(X) + 1兆2,523億円 - 0億円
結果、逆算で事業価値が3兆7,769億円と算定されます。
次に、事業価値をざっくりバリュエーションするには下記の式が有効です。
事業価値=FCF(1)/(WACC-g)
上記の式の意味は下記のエッセイで詳しく説明しています。
⇒ Deep KISS 第71号「企業価値の測定方法」
前述の(1)の文章は上記の式のうち「FCF(1)」を変数とした場合の文章であり、(2)の文章は「WACC」を変数とした場合の文章になります。
(1) の場合は、3兆8,194億円=FCF(1)/(6.1%-1.0%)となり、
FCF(1)は、1,937億円と算出されます。
ちなみに、平成20年3月期実績のFCFは 3,144億円であるため、今回算出したFCF1,937億円は前期比で約38%減少している結果になります。
これだけではわかりにくいので過去の水準と比較してみましょう。
【過去のFCFとの比較グラフ】
(単位:億円)
ちなみに、今年の8月29日発表の業績修正資料によると、今期(平21年3期)の任天堂は前期比約30%の増益で過去最高益を更新する計画ですので、今期のFCFはさらに増加するものと見込まれます。
任天堂発表の業績予想を基に吉原がざっくり算出した平21年3期のFCF推定値は約3,300億円です。
一方、(2)の場合は、
3兆7,769億円=3,300億円 /(WACC-1.0%)となり、逆算によるWACCは9.7%になります。
(任天堂は有利子負債がないため、結果的に株主資本コスト(ke)=9.7%)
それぞれの前提条件及び結果は下記のとおりです。
【まとめ】
上記のように「将来業績予測」及び「投資家の要求利回り」についてひとつの目安を計算できると、割高 or 割安が判断しやすくなると思います。
(1)については、今後、任天堂がDS&Wiiのピークが過ぎた後も安定して約2,000億円(1,937億円)のFCFを稼ぐことができると考えるかどうかで割安 or 割高が決まります。
(前提:CAPMによるWACC算出及び長期成長率1%)
一方、(2)については、業績絶好調時におけるFCFを前提とした任天堂に対する要求利回り9.7%が皆さんのリスク認識に照らして妥当と考えるかどうかで割安 or 割高が決まります。
(前提:任天堂の今期FCF推定値3,300億円及び長期成長率1%)
皆さんの直感では現在の任天堂は割安ですか?それとも割高ですか?
私の直感では・・・安いと思うけどちょっと微妙、というのが正直なところです。
ひっかかっているのは、ここ2年(20/3期・21/3期)はDS&Wiiのピーク時であり、今後のキャッシュフロー創出能力に継続性があるかという点です。
ただし、任天堂は以前から「いい会社だな~安くなったら買いたいな」と思っていた会社ですし、来週(10月30日)は任天堂の第2四半期決算が発表されますので、確信が持てるまでより深く検証してみようと思います。
※(注)なお、今回のエッセイで取り上げた企業について、板倉雄一郎事務所による売買を推奨するものではありません。
2008年10月23日 S.Yoshihara
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