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IR物語 第17回「JFEのIR戦略を読み解く!」


(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

板倉雄一郎事務所パートナーの吉原です。

あっという間に3月決算会社の株主総会シーズンが終わりましたね。

皆さんは株主総会に参加されましたか?
今年の株主総会は、例年以上にあちこちで盛り上がっていました。

私は、今シーズン、2社の株主総会に参加しました。
(本当はもっと行きたかったのですが、これが限界でした・・・)

1社は前回のエッセイにてご紹介したとおりで、もう1つ参加した会社はJFEホールディングス(5411)(以下、JFE)でした。

JFEの株主総会では、個人株主に株式を保有してもらい、かつ、議決権を行使してもらうために様々な策を講じているのが目に付きました。

なぜ、JFEがそこまで力を入れ始めたのか?

今回のエッセイでは、JFEのIR戦略を読み解いてみたいと思います。

まずは、JFEによる個人株主に株式保有&議決権行使してもらうための様々な施策をご紹介しましょう。

(1)議決権を行使した株主に500円のクオカードを贈呈
議決権を行使しただけで500円のクオカード贈呈って珍しいです。
株主総会に参加しなくても、書面・インターネット投票でもOKです。

(2)総会参加者へのお土産(お土産のみ株主もOK)
最近、大企業の株主総会では必須アイテムになってきた「お土産」。
JFEの株主総会会場では、「お土産だけもらって総会に参加せずに帰る株主」に対応するための受付窓口も用意されていました。
それって、どうなの・・・?(笑)

ちなみにお土産は、総会会場であるパレスホテル(丸の内)のパンケーキとアニュアルレポートでした。

(3)今年から株主優待を新設(優待品は「エコ作」)
優待品の「エコ作」は、グループ企業であるJFEライフで取り扱っている無農薬野菜です。今まで株主優待制度を採用していなかったのに、思い出したように今回から新設されることになりました。
こちらはさすがに機関投資家等の批判に配慮してか、希望者のみに贈呈する方針を取っています。

しかし、JFEの個人株主は配当以外にいろんなものが貰えますね(笑)

(4)工場見学会の積極的な開催
個人的に興味のあるイベントです。正攻法なIR活動ですね。
この企画は大人気で、株主総会の質疑応答によると抽選倍率が80倍!で、既に2千人以上の株主が参加されたそうです。
上記の方策からは、「個人株主を増やして、多くの方に議決権を行使してもらいたい」というIR方針が十分に伝わってきます。
しかし、なぜJFEはこれらの活動に力を入れ始めたのでしょうか?
これらの活動の意図を読み解くには、JFEが置かれている環境を理解する必要があります。

【JFEの事業環境】

JFEの主力事業である鉄鋼事業を取り巻く事業環境は、厳しさを増す市場競争での生き残りをかけて、M&Aなどを通じた巨大企業化やグローバルな業界再編成が進展しています。

現在、世界最大の鉄鋼メーカーであるミッタルは、世界中の鉄鋼メーカーを買収することでトップに上り詰めた会社です。

そうした中、粗鋼生産量が世界第4位であり、世界トップレベルの技術開発力を有するJFEも、グローバルな業界再編に飲み込まれる可能性がゼロとは限りません。

そのため、JFEの経営陣は、敵対的買収を受ける可能性について十分な注意を払っています。

一般的に「買収防衛策」というと、新株予約権等を活用して特定の株主の支配比率を下げる資本政策の議論が中心となります。

JFEもご多分にもれず、資本政策としての買収防衛策を導入しています。
(先日の株主総会で約80%の賛成多数で承認されました)

ここまでは、多くの会社がやっていることですね。
上記に加えて、JFEは敵対的買収を防ぐにあたり、個人株主に期待を寄せています。そのため、前述の様々な個人株主向けサービスに力を入れ始めているのです。
なぜ、個人株主に期待を寄せるのでしょうか?

その理由は、JFEの株主構成の推移にあります。

【主要株主別の保有比率の推移】

(*)JFE有価証券報告書「株式等の状況」?「所有者別状況」より作成
上記のグラフを見ると、個人株主の比率は低下していますね。

これに伴って、JFEの株主数(単元未満株主除く)も減少傾向です。
(05/3期 232,335名→ 06/3期 227,159名→ 07/3期 201,089名)
まずは、個人株主比率が低下している要因を探ってみましょう。

その答えは、JFEの數土社長が株主総会の質疑応答の中で、ふと漏らした次の言葉にあります。

「個人株主の皆様は株価がちょっと上がるとすぐに手放してしまう・・・」
JFEはここ数年、安定的な高収益体制を確立し、株主還元にも積極的なため、株価は上昇基調にあります。

それを受けて、ここ数年の株主推移は、
「外国人株主比率、自社株口比率、事業会社株主比率」が増加し、
「金融機関株主比率、個人株主比率」が減少しました。

すなわち、外国人株主や自社株取得による「買い」に個人株主が「売り」で応じたため、個人株主比率及び株主数が減少したわけですね。
(真っ当な経営をしている会社の株価上昇局面でよくある現象です)
このこと自体に問題があるわけではありません。

むしろ、既存株主の立場としての私は、価値に着目して投資をする側が「買い」に回っているので、好ましい推移だと考えています。

しかし、買収防衛が気になる経営陣にとっては、あまり好ましいことではないのです。

【JFEが個人株主向けサービスに力を入れ始めた理由】

おそらく、JFEの経営陣は、外国人株主の増加、自社株買いの実施といった背景を踏まえると、個人株主比率の低下はある程度予測していたと思います。
買収防衛の観点から考えると、TOB価格によっては敵対的買収者に躊躇なく同意するであろう外国人株主が増え過ぎるのは好ましくありません。
一方、短期的な投資リターンだけで意思決定しない個人株主は、現経営陣にとって賛同を得やすい株主であるため、経営陣としては少しでも個人株主比率の低下を食い止めたいところです。

そのため、個人株主向けサービスに力を入れ始めたわけですね。
また、これだけでは十分ではないと判断したのでしょうか、
JFEは川崎汽船、川崎重工業、三菱商事等の取引先と株式持合いを行いました。
上記のグラフで事業会社株主比率が増加しているのはこのためです。
これもひとつの買収防衛策ですね。

買収防衛策の是非については賛否両論がありますが、
JFEの経営陣がここまで買収防衛について周到に対処しているのを見ると、
買収される危機感を切実に感じていることが伺えます。
今後のJFEの株主構成及び世界の鉄鋼業界の動向はどうなるでしょうか?
とても興味深いです。

私は、今回の株主総会において、數土社長を始めとするJFEの経営陣が覚悟と自信を持って経営に取り組んでいることを感じました。

世界の鉄鋼業界で、JFEの存在感を存分に示して欲しいですね。
株主として応援したいと思います。

PS
上記のように、IRの内容や有価証券報告書に記載されている株主構成等を分析することで、会社のことを深く理解することができます。

そうした理解ができると、個人が「会社」という仕組みに参加する際(例:「株式投資」、「就職先の選定」等)に非常に役立ちますよ。

板倉雄一郎事務所の合宿セミナーでは、
「会社」という仕組み、その価値創造メカニズム、会社を理解した上で価値を把握するための考え方等をお伝えしています。

学校では教えてくれない「一生モノ」の知識&知恵になると思いますので、ご興味のある方は是非参加してくださいね。

(合宿セミナーの日程)
 7月28日~29日:東京(開催の概要・申し込みはこちら)
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2007年7月17日  S.Yoshihara

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