板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  パートナーエッセイ >  By S.Yoshihara  > IR物語 第31回(番外編)「排出権取引における会計処理について」

IR物語 第31回(番外編)「排出権取引における会計処理について」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

板倉雄一郎事務所パートナーの吉原です。

2008年から京都議定書の第1約束期間に入ったこともあり、最近、環境保護に関する記事を目にする機会が増えてきましたね。

先日の板倉さんのエッセイ「温暖化ガス排出権取引」を受けて、「排出権取引における会計処理」について調べてみましたので、今回のエッセイではそちらを取り上げてみたいと思います。

排出権取引は、既に世界中(日本含む)で取引規模が拡大しています。
しかし、国際会計基準における統一的な会計基準は未だ定まっておらず、排出権取引において先進的なEUの企業においても複数の異なった会計処理が採用されている状況です。

これらの会計上の議論について、前提条件ごとに場合分けした上で複数の会計処理案をご紹介するとかなりの長さになってしまうので、このエッセイでは、現在議論されている会計処理案の基本的な考え方をご紹介したいと思います。

【排出権って何?】
さて、排出権取引の会計処理を論じるにあたっては、まず「排出権」ってそもそも何なの?というところから押さえる必要があります。

排出権とは、
地球環境に負荷を与える物質(例:CO2)を排出できる権利」です。

環境省が公表している「京都議定書目標達成計画改定案」によると、現在、CO2の人為的な排出量は約72億炭素トン/年であり、自然による吸収量(約31億炭素トン/年)を2倍以上上回っている状況だそうです。

このままでは自然の生態系及び人類に深刻な影響を及ぼすおそれがあることから、地球の持つCO2処理能力に合わせてCO2の排出量を制限する必要があります。ここで、「環境に負荷を与える物質を排出できる」権利という考え方が生まれてくるわけですね。

このことから、排出権の性質は「地球資源(CO2処理能力)の排他的利用権」であり、「土地」の権利に近い性質であるということができます。
そして、排出権は土地と違って「有形」ではないので、「無形固定資産」として扱うというのが基本的な考え方です。
国際財務報告解釈指針委員会(IFRIC)や日本の企業会計基準委員会(ASBJ)においても、排出権の会計処理を議論するにあたり、原則として同様の見解を取っています。

【排出権「取引」とは?】
さて、ここからは、その排出権を「取引」する際の会計処理になります。

まず、排出権の取引手法には、「キャップ&トレード」方式と「ベースライン&クレジット」方式の2つがあります。

現在、日本では「キャップ&トレード」方式による取引は試験的に行われているものの一般的ではなく、「ベースライン&クレジット」方式によるCDM(Clean Development Mechanism)やJI(Joint Implementation)が中心です。

具体的な例を挙げると、日本の環境技術を活用して海外にて温室効果ガスを削減し、それによって得られた削減クレジットを日本政府・排出権ファンド・一般企業等に売却するor自社利用するといったスキームです。

こうしたスキームが中心なのは、日本が排出削減義務を果たすにあたり、自国内で温室効果ガスの排出量を削減するよりも、海外(主に途上国)で排出量を削減する方が合理的だからです。
三井物産のWEBサイトによると、「日本国内ではCO2、1トン当たり200ドルかかると言われる削減コストは、途上国や移行国では5?10ドル以下程度ですむ」そうです。
また、「キャップ&トレード」方式には日本の産業界が「官僚による統制経済につながるおそれがある」と反対していた経緯もあります。

(「キャップ&トレード」と「ベースライン&クレジット」の違いやCDMの仕組みについては、こちらのコラムでとてもわかりやすくまとめられています。)

そのため、このエッセイでは、「ベースライン&クレジット」方式に関する会計処理をご紹介します。

上記の実務に対応するための指針として、日本では財団法人財務会計基準機構の企業会計基準委員会より実務対応報告第15号「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」が公表されています。

ここでは様々な取引形態に応じた会計処理が示されているのですが、そのうち、実務上多くの事例が見込まれる「将来の自社利用を見込んで排出クレジットを(他者から)取得する場合」の会計処理は以下のとおりです。

(ここで、「将来の自社利用を見込んで排出クレジットを取得する場合」とは、将来、自主的な行動計画を達成しようとするときや、排出量削減に関する規制が強化されたときなどに、保有する排出クレジットを自社の排出量削減に充てることを想定して取得するが、自社の排出量削減に充てないことが明らかになった際には、第三者へ売却する可能性を残している場合をいいます。)

(取得時)
無形固定資産(or投資その他の資産)として資産計上。取得原価評価。

(期末評価)
減価償却はせずに取得原価評価。ただし、固定資産の減損会計を適用。

(自社利用した場合)
費用処理(無形固定資産から販売費及び一般管理費に振替)

(第三者へ売却した場合)
無形固定資産(or投資その他の資産)の売却として処理。
取得原価と売却価格の差が売却損益として計上される。

これらの処理をキャッシュフローの観点からまとめると、
1.排出クレジットを取得した際に取得に要した価額の支出が生じ、
2.自社利用した場合には収入なしで費用処理、
3.第三者へ売却した場合には売却価格分の収入を得る結果となります。

【まとめ】

このエッセイでは、まず、「排出権取引とは何か?」という点をご説明することから始めて、その実態に応じた原則的な会計処理案をご紹介しました。

なお、今回のエッセイでは排出権を無形固定資産として取り扱う立場を紹介しましたが、今後、排出権市場が発達して市場で利ザヤを得るためだけに排出権を取引することが活発になった場合には、その際の排出権取引に対する会計処理は金融商品(有価証券等)取引に準じて処理すべきという考え方もあります。

排出権取引は始まったばかりの取引であり、その実態には様々な側面があることから、会計上の取り扱いについて議論が続いているわけですね。

排出権取引のような新しい取引が出てきた際には、与えられた会計処理を暗記するのではなく、まず「その取引の実態は何なのか?」、「なぜそのような会計処理になるのか?」という点を考えるクセをつけることが大事だと思います。

なぜなら、このようにして得られた理解は応用が効くからです。
このトレーニングを続けると、様々な取引の相違点を素早く理解し、取引の見かけにとらわれることなく実態を把握できるようになります。
(例えば、「自己株式の処分」と「新株発行」の類似性といった話ですね)

こうした思考トレーニング、皆さんにもオススメです。

PS このエッセイを書く上で勉強になった文献をご紹介します。
より詳しく理解したい方にご参考になれば幸いです。

【参考文献】
(書籍)
・「なるほど図解 排出権のしくみ」 中央経済社 大矢卓矢著著者は公認会計士業界において排出権取引に精通した方であり、?日本スマートエナジー(このWEBサイトも勉強になります)の代表者です。

(報告書・コラム等)
・「排出削減クレジットにかかる会計処理検討調査事業」(環境省)
・「京都議定書目標達成計画(改定案)」(環境省)
・「排出権取引の会計処理に関する当面の取扱い」(企業会計基準委員会)
・「排出権取引と会計処理」(トーマツe会計情報 2007年10月号)
・「排出権入門」(日本総研コラム)

2008年3月20日  S.Yoshihara
ご意見ご感想、お待ちしています!

IR物語バックナンバー
IR物語 第30回「中期経営計画との付き合い方」





エッセイカテゴリ

By S.Yoshiharaインデックス