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IR物語 第7回「松坂選手の契約とIR」

(毎週火・木・土曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

板倉雄一郎事務所パートナーの吉原です。

新年初エッセイとなりますが、本年もよろしくお願いします!

新年早々、どうでもいい話ですが、あっしはプロ野球観戦が好きです。

今は契約更改シーズンですね。
松坂選手のメジャー参戦はとても話題になりました。
特に、ポスティングシステムにおける落札額(約5,111万ドル(約60億円)!)と年棒・契約期間を決める契約交渉(6年総額5,200万ドル(約61億円)!)が注目を集めましたね。

ポスティングシステムのせいで、落札したレッドソックスは結果的に約120億円かけて松坂選手を獲得しています。この金額はメジャーで1球も投げていない投手に対しては極めて異例の投資額であり、アメリカでも話題になっているようです。

メジャー球団のGMなんてMBAホルダーのエリート揃いだから、松坂選手獲得にあたっての投資価値計算も行っているはず・・・。
レッドソックスは、松坂選手がもたらす将来キャッシュフローを相当高く見積もったのでしょうか?もしくは、松坂選手を相当信頼していて、割引率(リスク認識)がかなり低かったのでしょうか?
興味あります。誰か計算してもらえないでしょうか(笑)?

あっしもこの交渉の経緯を興味深く見守っていました。
今日はこの話題をテーマにエッセイを書いてみたいと思います。

極めて個人的な意見ですが、この契約はレッドソックスの望むようなパフォーマンスが得られず、割高なお買い物になってしまう可能性が高いのでは、と感じています。
これは、松坂選手にそれだけの価値がないというよりも、この大型契約がもたらす過大なプレッシャーが松坂選手のパフォーマンスにマイナスの影響を及ぼすことで、松坂選手の価値を毀損するおそれがあると考えているからです。

このエッセイは「IR物語」なのでそろそろIRの話を絡めますが(笑)、
IR担当者にとってIR業務で一番難しいのは、「自社の株価が割高だと感じている時の対応」です。

自社の株価が割安だと感じている時は、プレゼンしやすいです。
投資家に対して自信を持ってプレゼンできますし、価値が価格を上回ることを示すような決算が発表されていけば、価値算定できる投資家が適正価格まで投資するため、株価は上昇します。
この際、IR担当者は投資家に対して「ほら、言ったとおりでしょ!」と胸を張れます。要は、投資家にハッタリを言う必要がないのです。

しかし、自社の株価が割高だと感じている時は、説明が難しいです。
割高の株価を肯定するためには「ハッタリ」のプレゼンが必要になります。
心の中では「普通に行けば年率5%成長ぐらいがせいぜいなんだけど・・・」と思いながらも、投資家から「これから3年間は年率30%成長くらいのイメージですよね?」と問われると、「いやぁ?、それは無理っすよ!」とは言えず、それっぽいハッタリ話をしてしまうことはよくある話です。
(先日、映画「エンロン」を観たのですが、当時の「エンロン」会長によるIRなんて、途中からハッタリだらけになっています・・・)

経営陣は「ハッタリ」プレゼンをした後に何もしないと、結果が伴わず「嘘つき」呼ばわりされてしまうので、実態をハッタリに近づけようとします。
それが、「新規事業の進出」や「M&Aによる拡大志向」、「粉飾による利益操作」といった実際の経営行動に影響を及ぼします。

これは、「価格」が実際の行動に影響を及ぼし、結果として「価値」にも影響を与えることを表しています。

「割高な価格」のプレッシャーが、行動の変化を通じて「価値」にプラスの影響をもたらせば問題ないのですが、多くは「価値」にマイナスの影響をもたらします。
無理な新規事業への進出や安易なM&Aによる「企業価値の毀損」はよく散見されます。

このため、IR担当者(経営陣)は、上記のような企業価値の毀損を招かないために次の態度が必要になります。

(1)自社の株価が割高だと感じている時には、実態を必要以上に良く見せようとしない(ハッタリを言わない)。

(2)割高な株価に追いつこうとするあまり、焦った意思決定をしない。

ここから松坂選手の話題に戻りますが、あの契約を見ると、どうしても「価格」が「価値」にマイナスの影響を及ぼすような気がしてしまうのです。

松坂選手が上記の悪循環にハマッてしまうと、
・首脳陣へのアピールでキャンプから飛ばし過ぎて故障だとか・・・
・よりパワーアップするためのフォーム改造で調子を崩すだとか・・・
・外部からの評価にナーバスになってしまい調子を崩すだとか・・・
上記のような可能性があると思います。

松坂選手が周りに自分を良く見せようとせず、焦らず自然体で臨むことで、自身の価値の毀損を防げればいいですが・・・。

もちろん、あっしも、松坂選手にはこんな懸念を吹き飛ばすくらい勝ちまくって、球団やファンの全てに満足を与える存在になって欲しいと願っていますし、実力からいけばその可能性もあると思います。

ただ、あっしが松坂選手の代理人だったら、レッドソックスの落札額の負担を考慮し、契約金額はゴチャゴチャ交渉せずに先方の言い値でオファーを受けることで、メジャー1年目における余計なプレッシャーを排除しようとしましたね。
その方が、松坂選手は自分の実力をより発揮しやすい(関係者に評価されやすい)環境を手に入れることができて、長期的には自身の価値を高めることができたと思うのです。

これについて、あっしが思い浮かべるのはカージナルスの田口選手です。

自分の存在意義を理解した上でチームの脇役に徹する田口選手。
ポジション上、契約金額も決して華やかな数字ではありません。
しかし、田口選手に関しては、監督、チームメート、球団幹部、そしてファンから敬意をもって迎えられているエピソードが伝わってきます。
2002年にカージナルスに入団した田口選手は年を重ねるごとに周囲からの信頼を高め、今年6年目のシーズンを迎えようとしています。

このようなあり方って、すごくバランスが取れていると思うんですよね。
自分のキャリアやIR業務についても、かくありたいものです。

今回のエッセイは個人的な意見が多く含まれているため、異論・反論があるかもしれませんが、皆さんはどのように感じられましたか?
ご意見を頂けると嬉しいです。

PS 
このエッセイを書いているうちに、「昔、板倉さんのエッセイでこんな内容を書いてあったような気がするなぁ・・・」と思い、探してみたところ、やはりありました。
SMU 第138号「幸福のメカニズム」

このエッセイ、自分のキャリアやIR業務のあり方について悩んでいた頃に読んで、すごく共感した思い出のあるエッセイです。

2007年1月18日  S.Yoshihara
ご意見ご感想、お待ちしています!

次回パートナーエッセイは、1月20日(土)に橋口寛氏が担当します。





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