(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)
板倉雄一郎事務所パートナーの吉原です。
株式市場は昨年夏から下落トレンドが続いていますが、株価下落局面においては、株主還元策として「自社株買い」の存在が大きくなります。
価値>価格となる可能性が高まりますからね。
実際、株価下落により上場企業の自社株買いは増加しています。
(「自社株買い」の意義については過去のエッセイをご参照下さい)
自社株買いは、「経営者による投資家へのメッセージ」という側面があり、これを読み解くことができれば、投資に活用することができます。
そこで、今日のエッセイでは、自社株買いの「実践的な」チェックポイントをご紹介したいと思います。
(1)自己株式取得の計画・実績をチェックする
まず、自己株式を取得するにあたっては、事前に「自己株式取得のお知らせ」というリリースが発表されます。
このリリースは、適時開示情報のサイト、もしくは対象企業のWEBサイトで見ることができます。
ここでは、トヨタ自動車の例を挙げてみましょう。
トヨタは昨年6月の株主総会後、四半期決算を発表するごとに自己株式取得の計画を発表しています。
(注)取得株式の総数・取得価額の総額は予定数値です。
そして、トヨタが実際に取得した結果は下記のとおりです。
(注1)(4)は現在買付中で、まだ開示が出ていないため記載なし。
(注2)「@?」は平均取得単価を表しています。
この推移を見てもわかるとおり、サブプライムローン問題で株価が下落するにつれて、取得株数が増加しています。
(07年8月:5百万株→07年11月:15百万株→08年2月:22百万株(予定含む))
「株価が安くなるなら買うぞ!」という経営者の自信が感じられます。
(個人的には、昨年8月の7千円台でも買っているのが強気だと思いました。
やはり、私より経営者の方がトヨタの先行きに自信があるのでしょうね。)
一方、ここ2年の間、目覚しい株価上昇を遂げた任天堂は、2005年まで積極的に自己株式の取得を行っていましたが、株価上昇局面に入ってからはほとんど行っていません。
このあたり、株価水準に応じて経営者がどのように対応するかによって、経営者の株価に対する見解を読み解くことができます。
ただし、気をつけないといけない点としては、「取得のお知らせを発表したにもかかわらず、実際には取得しない」場合もあります。
このため、「取得のお知らせ」のみで「経営者が現在の株価を割安と認識している」と考えるのは早計です。
「自己株式取得のお知らせを発表後、本当に買っているのか?」を見極めるための書類としては、「自己株券買付状況報告書」があります。
こちらはEDINETに開示されている書類であり、自己株式の取得を計画した会社は、毎月1度、15日までに前月の取得実績を開示しなくてはなりません。
また、この書類は、買付を行わなくても開示しなくてはならない書類のため、全く買付を行わない会社は、買付期間中、毎月「買付けなし」という結果を開示する必要があります。
この書類は、毎日の買付株数を把握することができるので、ご興味のある方は、是非チェックしてみて下さい。
(2)自己株式の買付方法を理解する
現在、私がIRを担当している会社でも自社株買いを実施しているのですが、そこで感じるのは「多くの個人投資家は、需給面で自社株買いに過大な期待をしている」ということです。
例えば、ヤフーファイナンスの掲示板等で
「自社株買い発表だ!十分下がったから、ストップ高まで買え!」といった書き込みがありますが、実務上、こんなことはありえません・・・。
自社株買いは株価操縦やインサイダー規制に抵触するおそれが高いので、買付を行うにあたっては様々な制約を受けます。
例を挙げると、自社株買いは成行ではなく指値注文であることが要求され、寄付きでは前日の終値より高い価格を指すことができず、場中もその日の高値までしか指せません。
つまり、自分でその日の高値を更新することはできないのです。
また、毎日の買付株数も過去の出来高を参考に制限が加えられるので、「大暴落したのでとにかく買いたい!」という時でも一定の株数しか買えません。
そして、買付できる時期についても、決算期末日以前の5営業日はダメだとか、インサイダー情報を有している期間はダメだとか、色々な制限があります。
(東京証券取引所公表の「自己株式取得に関するガイドライン」より)
これらを考えると、短期的な需給面においても、自社株買いが株価上昇に貢献できる要素はさほど大きくないことが分かると思います。
流動性の低い銘柄だと、「自己株式取得のお知らせ」が出ただけで、翌日に暴騰することがあります。メディアでも、「自社株買い発表を好感して株価上昇」なんてコメントが出ます。
あれは会社が買うことで上がっているわけではないですからね。
短期筋の投資家が買っているだけですから。
むしろそうなると、会社側は買えなくて困っていたりします(笑)
(そのため、ほとぼりが冷めると元の水準に戻ることが多いです)
このように、自社株買いに短期で過大な期待を抱くのは禁物です。
むしろ、「自社株買い」は、経営者の「ファイナンスに対する理解及び株価に対する見解」が浮き彫りとなる点で興味深い資本政策であり、長期の株価形成においてボディーブローのように効いてくるものです。
皆さんも自分が気になる銘柄の自社株買いの状況をチェックしてみてはいかがでしょうか?
経営者の判断を検証してみることをオススメします。
2008年2月21日 S.Yoshihara
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