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「懲りないくん」2002年6月13日号(70)

原稿とプロジェクトMと講演、そしてサッカーワールドカップで週。

6月9日(日曜日)

20:00
〆が近い7月発売予定の「失敗に学べ!」日経BP社の原稿修正。
この本、GMO社シリコンバレーエクスプレスにて昨年から連載していた「ベンチャー学」の単行本化なわけだが、今時「ベンチャー」というキーワードでは販売部数が見込めないという販社の意向もあり、ベンチャー学をさらに一般化した内容にと大幅に加筆修正を加え、タイトルも上記の通り変更したというわけでございます。
ムツカシイ、ビジネス・経営用語を可能な限り一般の言葉に直した内容になっているはずですので、よろしかったら7月以降大手書店にて手にとってくださいませ。

6月10日(月曜日)

いくつかの投資案件のプレゼンテーションを受け、さらに当社投資先の海外進出の提携申し込みを受けるなど。
ビジネスとは面白いことに「話がやってくる状態」が作れれば、しばらくは事がうまく運ぶが、やがて、話がやってこなくなる時期もある。そのときは、自らの経営に注意する時期というわけだ。社会の中におけるポジションの変化を、肌で感じる冷静さと謙虚さが経営チェックの基本だったりする。そう、昔の僕は「話がやってくる状態」では有頂天になり、「話が逃げていくとき」は周囲が馬鹿だと思っていた。そして失敗した。
これ、恋愛現場における自分の価値判断など、個人生活にも当てはまるわけね。

6月11日(火曜日)

終日「プロジェクトM」の活動。

6月12日(水曜日)

15:00
内閣府「未来生活懇談会」でのプレゼンテーションとディスカッションのため、その会の目的(ゴール)もよくわからないまま、霞ヶ関。
30名ほどの出席者の中には、竹中大臣をはじめ、メディアでよくお見かけする代議士や官僚の方々に混じって、プレゼンターとしてマネックス証券代表取締役松本大氏、それに会社名も忘れたが何処かのソフトウェア開発会社の自称「うまくいくことしかやらない=絶対に失敗しない経営者」という社長様、そして僕。

この会のテーマは「チャレンジ」とか「国民の豊かさ」とかなのだが、僕のこれらの考え方に対する、僕特有の意見はすなわち「チャレンジ推進とは同時に失敗の創出を意味する~(中略)~よって、多くの失敗を吸収できる金融システム(=直接金融)の充実がその前提として必要~(中略)~また、一企業という小さな会計単位による成否の判断より、地域や国家という大きな会計単位での成否を考える文化が必要」ということ。
ところが、短い時間でこれらの内容を口頭で伝えると「失敗は良いことだ」と僕が訴えていると総括する、まあ言ってみれば料理の味に「甘い」と「辛い」の区別しかつかない、インチキ食番組のタレントの様な人がよく居るのだが、この日も数人、そんな人が居たように思う。

自称「絶対に失敗しない」社長様によると「事業に失敗した人は、世の中から消えればよい」などと発言する。よくいます、今そこそこうまく行っている人の中には、この手の事象の一部分しか見えない類の「規格人間」が多い。複雑系の経済の中では、ある視点による「失敗」は別の視点では「成功の糧」になっていることなど、今更しつこく説明する必要は無いが、「失敗=終わり」なら、賢いやつほどチャレンジしなくなってしまいます。
この社長、さすが東京大学出身~「規定された答え」、「用意された答え」がすべての回答ではないということをあまりよく知らないのだろう。
まあ、そんな個人批判はどうでも良いことなのだが、僕が一番気になったことは、「チャレンジ」を謳う割りに「失敗」を解決事象から除外しているこの会の雰囲気だ。
司会進行の女性は「ベンチャーの失敗は、やってる人間の人間性の問題ではないか?」までも言い放つから、怖い。

話は変わるが、ある経済学者の論文によると、19世紀の経済学は、理論と実体経済の乖離がしばしば顕著に現れ、その修正が学問としての中心になった時期あったという。
当時の学者も、学者を抱える富裕層も、ある事象についての意識が希薄だったがために、この乖離が生じたと後に解明されるのだ。その事象とは「失業」である。
学者は「失業」という経済に大きな影響を与えるが、自らが現実として認識していなかった「因数」を、研究から除外してしまったらしい。
これはまずいことだ。
同じようなことを、僕はこの会にも感じたことを、ここで報告しておく。

断っておくが、僕はこの国の「政治」について批判をしているわけでも、政治に大きな問題があるといっているわけではない。というよりむしろ政治そのものにまったく問題ないと思う。
問題があると考える人は、政治を問う前に、政治家を選んだ自らに問題を見つけなければならないからだ。
「日本の政治は云々かんぬん」などとよく耳にするが、その言葉は日本人についての批判とほぼ同義である。

などといろいろ薀蓄を書いてみたものの、本日の総括は「僕は、『朝まで生テレビ』などには出ないほうがよい」でした。

6月13日(木曜日)

13:00
ホテル日航東京は「スパ然」。
T嬢も「家族会員」として登録。
なんだかこういう行為が「家族なんだ」と実感させる。
あっ、いやいや、まだ家族としてペーパーの手続きをしていなかった。

15:00
福岡大学経済学部・起業論講座での講演のためNH259で空路福岡。

18:00
同大学セミナーハウスにて、昨年の講演にも参加した学生諸君20名程との歓談は、起業論を明日の講義にと、まずは恋愛論。
学生は男女とも、この辺の話大好きなのね。

6月14日(金曜日)

09:00~12:00
3時間に及ぶ長丁場の講義は、後半の1時間、疲れがどっと出て元気なし。
されど学生諸君には「状況がどうであれ、自らの優位性は何であるかを見つけ出すことが、成功をつかむ条件である」というあたり、喜んでいただいた模様。
たとえば、コンピュータが不得意ということは、一般的にそれ自体が「不利」なことだと認識されがちだが、不得意であるがゆえに感じることもまたあるわけで、それを見つけ出せれば、「不得意」も「優位な立場」に変換できるというわけだ。
現在の社会は、過去(の人)が作り出したこの時点での結果に過ぎない。よって、それに迎合することは、作り出した人たちに対して、はじめから劣者としてスタートすることを意味する。
学生であることの優位性は、社会のルールが身に染みてしまう前であるがゆえに、新しい価値感、自分たちが優位に立てる価値感を、創造できることにあるだろう。
与えられた価値感に基づく評価基準での成否を追いかける前に、価値感そのものを創造するチャンスを有効に利用してもらいたいと思う次第である。

12:00
同大学教授諸氏と昼食。
芹澤数雄・経済学部学部長より彼の論文「経済学、科学の価値前提を問う」を頂く。

14:00
福岡空港よりNH256にて空路羽田。
先の論文を拝読するが、大変興味深い。
学問、特に科学の発見や発明は、絶対的な価値と成否が得られるように思われるが、実は、社会や研究者の立場から独立ではないという内容。
僕が書くとうまく伝えられないかもしれないので、これ以上は割愛。

17:00
飛行機の後はプールということで、「スパ然」。

20:00
T嬢を誘い、久々の「第三春美」。
「スルメの塩辛」、「特大(1.4Kg)マダカあわび煮」はサイコーでした。
「サイコー」では、僕もインチキ食番組と一緒だね(笑)

22:00
自宅へ帰り、録画しておいたワールドカップ(日本VSチュニジア)を観戦。
以前にも書いたことだが、冬季五輪の期待以下の成績の原因を、僕なりに考えるとこうな
る。
1、 4年前の成功体験
2、 4年の歳月による体力の低下
3、 サポーター(?)の興味減退
いずれも、人の入れ替え、新旧交代がサッカーほどなされなかったことが原因ではないかと思うのだ。
経済にも同様のことが言える。
今、この国を代表するような大企業のトップは、これまでの高度経済成長という特別な環境の下、成功を収めてきた方々であるから、環境の変化に対して、それまでの手腕が同等の価値を持つとは限らない、いや、むしろネガティブに働くということだ。

ということで、薀蓄が多い週でしたが、来週もまた薀蓄書いてみたいと思います。

板倉 雄一郎
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