板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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SMU 第100号「財務は結果?」

夏休み中です。
とは言っても、「おりおば」の出版に関する出版社との打ち合わせやら、顧問先ベンチャー企業のミーティングやら、なにかと結局普段とあまり変わらない生活でございます。
それにしても、暑いですね。
皆さんにおかれましては、僕のように体調を崩さないようご自愛くださいませ。

それでは、久々のエッセイの本題「財務は結果?」です。

「財務なんて結局、結果なわけでしょぉ?、そんなの誰かに任せてるよ」
こんな発言をする(広義で言うところの)経営者が目につくようになりました。財務や財務戦略を軽視する経営者が増えたわけではないのでしょう。逆に、間接金融がすべての金融手段であった過去に比べれば、経営者全体の財務に関する知識や経験は増える傾向にあると思います。
それでも、上記のような発言が気になる機会が増えたのは、一つには、僕自身が企業価値評価に向き合うようになって、この手の発言や態度に敏感になったこと。さらに、経営者だった過去の自分が失敗した原因を、そこに見つけたことなど、つまり僕自身の変化によるところが大きいとは思います。

確かに、財務は企業活動の結果を如実に表す。そして、いくら企業価値創造の基本を知っていたところで、それが直接好業績=企業価値創造に結びつくとは限りません。確かにそれはそうです。
しかし・・・・
売り上げがどれほど増えても、利益が伴わなければ、経済活動としての企業の意味は無いことなど、経営者でなくても知っています。また、経済実態としてのキャッシュフローの方が、会計結果による利益より経営にとって重要であることも、経営者であれば、少なくとも肌では感じているはずです。
これらのことを「関係ないよ、経営は努力と根性だよ」などと言う経営者あまり居ないでしょう。
これらと同じように、たとえば、資本コストを大きく上回る投下資本利益率がなければ、どれほど売り上げや利益を増やしたところで、企業価値が高まることはないことや、資本コストを下回る投下資本利益率の企業の場合、売り上げや利益を増やせば増やすほど、企業価値が破壊されてしまうなどという原理も、知っていてしかるべきだと思うわけです。
だってそうですよね。その企業が一円でも他人資本を利用しているとすれば、その他人資本の価値を創造する方法を知らないでは済まされないわけですからね。

バブルとその崩壊の過程を思い出してみれば・・・・たとえば不動産業の場合、土地の値段が右肩上がりで上昇を続ける中、彼らは有利子負債をどんどん増やして不動産の取得、開発、販売を手がけていたわけです。当然仕入れた在庫(不動産という有形固定資産)の価値が、特に経営をしなくても、どんどん上昇していたし、それに伴って、賃貸収入も増加し、しつこいようですが特に経営をしていなくても、企業の業績は向上したわけです。そこには資本コストであるとか、投下資本利益率であるとか、はたまた企業の価値創造の根源が何であるかとかいった一部の人がアレルギーを起こすような面倒な概念を経営に持ち込む必要がなかったわけです。少なくとも地価が上昇している間については。
ところが、地価が下落し、それを担保に企業に融資していた金融機関の不良債権が増え、引当金が増加し、自己資本比率が下がり、さらに株価が下落し・・・と皆さんご存知のようにバブルが崩壊し、多くの企業が倒れたり、実質的に倒産状態に追い込まれました。
バブル崩壊による企業倒産と金融機関の財務体質の悪化のメカニズムについては、以上のようにわざわざ書くまでもなく、世間で言われているとおりです。
しかし、以上のことを個別企業の倒産原因として捕らえて良いのでしょうか?
地価が右肩上がりでは企業業績が上昇し、地価の下落と共に業績が悪化し倒産する・・・こんなの果たして経営といえるのでしょうか? いえないですよね。
というか、そんなの誰だってできるわけです。経営者でなくても、経営者が居なくても、できるわけです。

以上のような話をすると、
「へぇ~なるほどね、でも、うちの場合は優秀な会計士が居るから、そいつに任せているから大丈夫」
こんな返事が帰ってくることがあります。
しつこいようですが、企業価値創造の原理を他人に任せて、一体何が経営なのでしょうか?
もし仮に、個別企業の企業価値創造の方法が、常に一つしか存在しないとするならば、他人に依頼してもいいでしょう。どの戦略をとるかという意思決定の必要がないからです。それを任せる会計士にも特別な能力は必要ありません。
しかし実際に、企業価値創造の方法は、その個別企業ひとつをとっても、多種多様です。どの戦略をとるかの意思決定が経営上最も重要な仕事であり、その決定を行うには、経営者自らが企業価値創造のメカニズムを熟知している必要があるわけです。
いうまでもありません。

企業価値創造の原理を理解することの方が、現実社会で売り上げや利益を作り出すことより、遥かに簡単なことです。どちらも経験している僕は、断言します。
企業価値創造を前提にした財務戦略なくして、企業価値創造も、結果としての財務もありえませんし、あっても経営効率の最大化が図れていないことが多いわけですし、効率が悪ければ、資本はもっと効率の良い企業に流れていきますし、結果として「儲からない」となってしまうわけです。

「そういうの、人を雇ってやってますよ」という経営者の方々、その任せている人に経営を譲ったらどうですか・・・いや、既に経営をしていないわけですよね。
僕の「企業価値評価シリーズ」で行っているように、すべての経営者がエクセルの計算シートを作成して、自ら数字をいじることなど必要ないとは思います。それこそそんな作業は誰かにやらせればいいことです。しかし、その基本的なメカニズムを知らないのでは、誰かが出した戦略の意思決定を握っているのは、経営者ではなく、その誰かになってしまいますよ。

2004年8月3日 板倉雄一郎




 


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