板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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SMU 第98号「増資と企業価値」

今日も良い天気でございます。暑いです。
昨日の大手商社での講演を最後に、夏休みでございまして、毎日アップデートしないので、よろしくお願いいたします。

それでは久々の本題、「増資」についてです。

「株価が高い今のうちに、金を集めちゃおうぜ、どうせ返さなくていいのだから」
これは、僕が勝手に想像した彼らの胸の内を文章で表現しただけのものです。
このところ、上場企業による公募増資はかなり流行っていますよね。このエッセイでも何度か取り上げましたが、イオンによる1000億円超えの公募増資、住友商事(昨日の講演先)による1000億円超えの公募増資、などなどなどなど、今年に入ってから既に2兆円に迫る資金が市場から企業に吸収されているというわけです。
彼らの発表の(少なくとも)新聞記事に載っている内容を良くみてください。
「調達した資金を、?の買収や、?への投資に振り向ける」という内容ばかりではないでしょうか?
これを、板倉的にカンタンに表現すれば、「?に金を使いたいので、金ください。」となります。
つまり、その資金によって、「何を買うのか」は大きくリリースされるのですが、金の出し手にとって極めて重要であるおところの、「?を買うことによって、何年後からどれほどの収益につながり、したがって、一株辺りの株主価値が?ほど上昇する予定」という表現はほとんどないわけです。
その辺は、最近この国で極めて都合よく使われるところの「自己責任」というキーワードによって、最初の言葉「株価が高いうちに・・・・」に続き、「だって、資金出したやつの自己責任だからさ」となっているように思うのです。

既存株数の10%に当たる新株を発行すれば、当然ながら、その瞬間、EPSは、新株発行前の91%に落ちます。この新規資金の次年度からの運用成績が、それまでの事業とほぼ同等だったとした場合、やっともとのEPSに戻るだけで、株主価値に変動はありません。つまり公募に応じた株主に新たな価値がうまれるのは、新規調達された資金の運用実績が、その企業の過去の資金運用実績より大きく上回らなければならないというわけです。
果たして発行主体の企業は、以上のようなことを考えているのでしょうか?
同じ経営者、同じ事業モデル、(増資する場合とそうでない場合を比べて)同じ経済環境の下で、単に投下資本が増えただけで、利回りが向上するなんて、魔法でも持っているとしか思えません。
しつこく書いていることですが、投下資本利益率に変動がない限り、どんなに投下資本を増やしても、一株辺りの価値に変動はないわけです。つまり論理的には株価の上昇もないわけです。
最悪なのは、資本コスト(これを書き始めると非常に長くなるので割愛しますが)を下回る投下資本利益率の企業の場合、投下資本を増やし、売り上げや利益を増やせば増やすほど、企業価値は破壊されてしまうのです。
ちなみに、上記2企業のROEは、わずかに10%前後です。幸い両企業とも、自己資本比率が低い分、資本コストが低い(有利子負債のコストは、株主資本のコストを下回ります)ので、何とかなりそうに見えますが、増資によって自己資本比率が上昇しますから、資本コストは以前より高くなります。よって、これまでのような事業形態による投下資本利益率をはるかに超える新規事業なくしては、株主価値は創造できません。
以上、当たり前のことですが、企業経営者は以上のようには考えていないように思うのです。僕の勝手な憶測でなければいいですが。

一部の読者から、へんてこりんなコメントが来る前に断って起きますが、僕は「増資は(無条件に)悪いことだ」と書いているわけではありませんので、あしからず。

2004年7月27日 板倉雄一郎




 


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