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SMU 第56号「企業買収とシナジー」

ネット関連企業の業績が伸びている。2000年前後のいわゆる「ITバブル」とは質が違う。

常時接続とケータイの普及で、消費者のネット接続が加速され、実態が伴っているからだ。

電子商取引の取引(主に物販と金融)額が増え、企業のネット広告宣伝予算の比率が上がり、ソーシャルコミュニケーションなるネットの基本機能を利用したモデルも登場し、コンテンツの充実も加速中だ。

今度ばかりは、一部の企業を除いて「バブル」ではなさそうだ。
一方で、営業活動によるキャッシュフロー(本業の儲け)と財務活動によるキャッシュフロー(主に増資など)によって得た資金の使い道は、手っ取り早く企業規模(売上高や利益)を拡大することができる企業買収に向いているのが実情である。

この行為は、価値を創造するのではなく、単なるモノポリー(陣取りゲーム)になってはいないだろうか。

その昔、渋谷にビットバレーなる集団があった。米カリフォルニア州サンノゼ周辺のIT企業が集積する地域をシリコンバレーと呼ぶことにちなんで、そう呼ばれていた。

しかし実態はシリコンバレーとは全く異なっていた。シリコンバレーのIT企業群のほとんどが「IT技術」をベースに企業を成長させていたのに対し、ビットバレーの企業群のほとんどは、いわゆる単なるドットコムビジネスであった。

技術ベースの事業に比べて、遥かに手っ取り早くスタートアップできるドットコムビジネスは、当時のなんちゃってベンチャーキャピタリスト、およびそもそも企業評価など全くできない銀行などからの資金ばら撒きを受け、雨後の筍のように増えた。

シリコンバレーのその実態についてよく知らないのに(そもそもシリコンバレーにどんな企業とどんな支援環境があるかなど、知っている人はほとんどいなかった)、皆がITと名乗るだけで、手っ取り早く大金を手にすることができると思い込んでいた時期である。当たり前だが、「実体の無い宴」はあっという間に終焉する。

ならば今度ばかりは、技術ベースでなくとも、実態が伴っているから順調に伸びていくのかといえば、そうとも限らない。と僕は思う。

その理由は、冒頭でも書いたとおり、多くのIT企業が「企業価値創造」という路線ではなく、単なるモノポリーのために、手元の資金を使っているからである。

確かに買収により個別企業の「足し算による業績」は伸びる。買収によって手元の現金または自社株式は買収先の「事業」という資産に変わる。それ自体は否定するべきものではない。なぜなら何の利回りも生まない銀行預金よりは、その方がマシだからである。しかしだ。企業の所有者であるところの株主から見た場合、本当にマシだろうか?

株主が個々の企業に大切なお金を投資する理由は、「他への投資より、利回り期待が大きい」と思うからであって、単なる買収のための資金であれば、そもそもその企業から間接的に買収してもらう必要など全く無い。投資家が直接被買収企業に投資すればよいということになる。

コーポレートガバナンスが以前よりは遥かに効果を発揮する現在では、以上のようなことは株主も十分承知している。さらに株主がどう考えるかを経営者もある程度承知している。そこで買収行為を正当化するためにひねり出されたのは「シナジー」という得体の知れない「イイワケ」である。つまり、投資家が直接被買収企業に投資するより、ある企業が非買収企業を買収する方が、シナジーが生まれるので、資本効率が良いという説明である。
こんなことがまことしやかに市場に行きわたっているせいか、どこかがどこかを買収するというニュースは、少なくとも短期的には当該企業の株価を押し上げることになる。

シナジーというイイワケは、買収行為の正当化だけに使われるばかりではない。買収における費用の正当化にも使われている。通常企業買収をする場合、買収企業も被買収企業も成長分野と認識される分野にいる場合、被買収企業の純資産価値よりも高い値段で買収される。純資産価値よりも多い分を「のれん代」と呼ぶ。こののれん代が支払われるイイワケにシナジー効果が使われるのだ。
(もちろんフランチャイズ権など継続企業であれば確かに純資産以上の価値がある場合が多いが、のれん代が純資産の数倍以上の場合もある)

のれん代は成長企業の場合、税効果も考慮に入れた結果、通常最初の一年で償却される。(短期で償却することそのものは、余計な資産を計上しないという意味ではよいことだと思うが、これは規制されると思う)

つまりシナジーという呪文が、買収行為そのものの戦略的優位性と、その費用(のれん代)の償却の二つの側面で利用されているというわけである。
無能な経営者にとっては極めて重宝な呪文である。

さて、果たしてシナジーという効果が現実に価値を生み出したことが過去にどれほどあるのだろうか・・・ここで詳しく具体例を述べることは割愛するが、僕の記憶と参考図書を読む限り、その効果が現実の価値に結びついた例は、ほとんど無い。

それどころか買収がコスト増大を伴い断念、一転して売却先を探すという例もかなりある。買収の結果は、被買収企業の売り上げと利益を買収企業に連結した分の増加でしかないことがほとんどだ。つまり投資家から見れば、買収企業に投資するのも、被買収企業に直接投資するのも、同じ資本効率というわけで、買収によって株価が上昇することは、おかしなことなのだ。

シナジーという言葉の歴史が日本より深いアメリカでは、そんなこととっくに気がついている。たとえばそれは、ソフトバンクによる日本テレコムの買収に際して、いくつかの米系評価会社がソフトバンクの格付けを引き下げたことにも現れている。ソフトバンクによる日本テレコムの買収ほど大規模な買収でなくとも、新興市場のいわゆるネットベンチャーは、先を争うように手元の流動性を買収に使う。当然買収した分だけ、連結の売り上げも利益も増える。で投資家は喜んでその企業の株を買う。しかし資本効率はシナジーが生まれなければ基本的に変わらないのだ。せいぜい評価したところで、先にも述べたとおり、「銀行に寝かせておくよりはマシ」という程度の資本効率上昇しか生まれない。まあ、中にはシナジーが実際に効果を発揮することもあるだろうが、ほとんどの場合そうはならない。歴史的にそうはならない。

なぜなら、買収によって企業規模が拡大すればするほど売上高、利益とも上昇するのに、投下資本に対する利回りは低下し、企業の価値破壊につながる場合があるからだ。

企業買収なんて手段は、資本の使い道を見つけられない成熟期の大企業と、本業の成長を確信できない無能な経営者の逃げ道としての手段でしかない。(もちろんすべてがそうではないが)
本業の利益成長に自信があるなら、買収に使う資金を本業の拡大に使ってこそ、株主価値が最大化される。

育ちきった大人の男女が結婚しても、ただ収入だとか資産だとかの足し算にしかならない。大変難しいことだが、お互いが共鳴して掛け算になるような結果でなければ意味が無い。ましてや相手に経済的におんぶしようなどという場合は手に負えない。

せっかく実体を伴ったネット関連企業の業績が出てきたところなのだから、表面だけをシリコンバレーにまねたビットバレーと同じ轍を踏まぬよう、ネット関連企業の経営者には、企業価値創造というテーマに真剣に取り組んでもらいたいと、今はプレーヤーから投資家になった僕は密かに心配している。

2004年6月7日 板倉雄一郎
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