2004年04月03日
SMU 第51号「根源的な自分」
僕は今、いろいろあって、千葉県船橋市の実家に両親と犬と共に暮らしている。
まあ、世間一般的に言えば「都落ち」だし、東京の友人連中から見れば「田舎暮らし」なのである。
ところが、これがいろいろ都合が良い。
船橋市の就労人口の大部分は、船橋市が東京のベッドタウンと呼ばれるように、東京に仕事の場を持っているわけだが、家庭は地場に依存していることは間違いない。
おかげで、徒歩15分圏内に、「ヤマダ電機テックランド」(=PC関連など要するに「文房具」の買出し場)、「TSUTAYA」(=レンタルは全くしないが、書籍やDVDなどベタな知恵や情報を得る場)、「ユニクロ」(=犬の散歩や部屋着の調達〜いや、この辺を移動するときという限定では普段着の調達場でもある)、などなど生活と仕事に必要なものの調達が可能であるし、「たらふく食べて3000円のすし屋」や「地元の人はあまり興味を示さないまともな仕事をする日本料理屋」、そしてもちろん「吉野家」、「KFC」「ドミノピザ」そして「ラーメン屋」などなど何でもある。
要するに、生活するに困ることは、当たり前だがほとんど無い。
今年の1月まで暮らしていた原宿より、はるかに使い勝手が良いというわけである。
おまけに家賃も安い(実家だから無料ではあるが家に金を入れている〜しかしこれは家賃のように全く無関係な家主に払うものではないから全く別物だ)。
そして、犬の散歩のロケーションには「今日はどこ行こうかな?」などとその選択に迷うほど、桜並木の川べりもあれば、漁船あつまる船橋港〜船橋海浜公園などもある。
それでは、あの原宿の高額な家賃という対価を払うことによって、僕は何を得ていたのだろうか?と考える。
「女の子を簡単に連れ込める場所」(=これはホテルを利用することによって変動費化できる)、「パーティーや友達からの誘いにすぐ乗れる距離」(=夜の場合、車を飛ばせばせいぜい30分の差だからどちらかというと気分の問題だ)、「原宿に居を構えるというステータス」(=あほか、どこに住んでいようとその人のバリューに大きく影響することは無い。ウォーレンバフェットだって、オハマのトウモロコシ畑の真ん中に住んでいる)と、探せど探せど高額家賃の対価が見つからない。
原宿に住む合理的な理由が自分の中に見つからないということは、その行為自体に全く合理性が無かったということに他ならないわけだ。
そんなことに気がつき「周囲に翻弄されていた。」と僕は20歳から現在に至るビジネスの20年を振り返っている。
小学校4,5年生のころだったと思う。
当時「仮面ライダースナック」(正確な名称は失念)なるものが、流行していた。いやもっと正確に言うと、そのスナックのおまけになっていた「仮面ライダーシリーズのブロマイド」が流行っていた。
クラス男子のほとんどが、それを集め保管するための「ブロマイドアルバム」を手に入れ、休み時間ともなれば、互いに重複して持っているブロマイドを交換し、放課後ともなれば、親からもらったなけなしのオコヅカイを持って駄菓子やに集い、新規に「ブロマイドを」調達しているという状況だった。
僕は、仮面ライダーはTVで見ていた。そんなに面白い番組だとは思っていなかったが(子供のころから、毎回ストーリーのテンプレートが決まっている、黄門様的な番組にはあまり興味が無い)友人たちとの会話についていけない寂しさを味わうよりはましだと思って、社交辞令的に自分の貴重な時間を使っていた。だが、僕の投資(=番組を見るための時間)は、僕の努力むなしく、あまり社交辞令にも役に立たなかった。なぜなら、その延長であるところのブロマイドに全く興味が無かったからだ。
どちらかというと、どういうわけか友人たちの受けがよかった僕は、仮面ライダーのブロマイドが無くても、疎外感を感じるわけではなかった。それがなおさらブロマイドに興味を持たなかったわけでもある。
それでも僕は、「友人に会いたい」という気持ちから、放課後の駄菓子やには出かけていった。
そして、僕は他の友人たちと全く違った行動を取っていた。
彼らがブロマイド収集のために買った「スナック菓子」は、駄菓子屋の隣にあるゴミ箱へと向かう運命にある。僕は、それら手付かずのスナック菓子を集めては、自宅に持ち帰り、ひそかにおやつにしていたのだ。
「こんなおいしいもの、なんで食べないんだろう?」と一人無償で手に入る、スナック菓子を一つ一つ眺めながら、そんなことをつぶやき悦に入っていた。
根源的に個性に基づいた価値判断をもっていた頃の話である。
あれから30年。僕はいつの間にか、価値判断を他人に求めるようになっていってしまったのではないかと、今更ながら思う。
「IT」、「ベンチャー」、「フェラーリ」、「都心の暮らし」などなど書き始めたらきりが無い。
それら価値判断を他人に依存する僕の30年は、僕らしい生き方だったのか?
きっと、そうではなかったのだろう。だから失敗したし、だから今、過去の自分を将来の糧に使用とは思うが、「欲しいものを手に入れてきた」とは全く思わない。
僕は、ブロマイド(=大衆の中で価値が相対的に作り上げられるもの)より、スナック菓子(=実際に自分の糧となるもの)が根源的にはすきなのだ。
だから、僕の今の車は、10年落ちのボロボロ(とはいってもちゃんとメンテナンスしている)VOLVOだし、住居は親と同居の30年落ちの家屋である。六本木ヒルズにも(よほど予定がある場合は別だが)特に興味は無いし、そこに居ない自分にも全く不安を感じない。
歳を取っただけといわれれば、それまでだ。確かに過去の経験を今こうして解釈できるようになったのは、その時々の欲しいものを手に入れてきたからに他ならない。そして歳を取ってきたわけだ。
だけど、僕は今、以上のようなことに気がつき始め、自分に対する自信を取り戻してきている。いや、派手にベンチャービジネスをやっていたときより強靭な自信に結びついてきているように思うのだ。
自分が信じて「価値あるもの」と判断できることに、あらゆるリソースをつぎ込んでいく姿勢を、徐々に取り戻しつつある。
板倉雄一郎 2004年4月3日




















