板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  スタートミーアップ  > SMU 第89号「キャッシュフロー」

SMU 第89号「キャッシュフロー」

キャッシュフローを日本語に直訳すれば「現金収支」ということになります。良く誤解されるのは、「ああ、要するに資金繰り表でしょ」というパターンです。
確かに、本質的には、資金繰りと同じです。しかし、中小企業が行う資金繰り表(グロスキャッシュフロー)というのは、あらゆる現金収支をひとまとめにして、「資金ショートが起こるのか、起こらないのか」を把握するということを目的にしているのに対して、いわゆるキャッシュフロー計算書は、「どのように現金を調達し、どのような目的で、どれほど外部に流出しているのか」を把握するものです。

キャッシュフロー計算書は、損益計算書(P/L)や貸借対照表(B/S)に比べ、その項目が非常に少なく、大きく分類すれば、「営業C/F」、「投資C/F」、「財務C/F」という3つだけです。項目が少ないから簡単だというわけでは全然無くて、項目が少ないから、それぞれの項目をはじき出すうえでの、要素を理解しなければならないということになります。

今回「企業価値評価シリーズ」で取り上げた個別企業(の固有名詞については、ここでは差し控えますが)は、あるIT関連の大企業2社、および車に関する貿易を行う企業の1社についてです。
(あくまで、短期の財務上の数値を利用した、簡易な企業価値評価であることを先にお断りしておきます)

まず、IT関連大企業のキャッシュフローについてです。
A社は、業界トップの市場占有率(シェア)50%強を維持し、B社は、シェア第2位です。
このところB社のシェアが著しく伸び、A社のシェアを食っている状況です。
そこで、この2社の(短期の)C/Fだけを取り出して、C/Fから判断する企業の競争力について考えてみました。
まず、A社の前期(2004年3月期)C/Fですが、以下のようになります。
営業C/F__17,102
投資C/F__-8,473
そして、B社の前期C/Fは、
営業C/F__6、226
投資C/F__-2,148
よって、両者のフリーキャッシュフロー(営業C/F+投資C/F)は、それぞれ、
A社フリーキャッシュフロー__8,629
B社フリーキャッシュフロー__4,078
となります。
明らかにフリーキャッシュフローの絶対値については、A社が、そのシェアの分だけ多いわけです。
ところが、企業価値評価における最も重要な要素は、当該企業の「将来キャッシュフロー」ですので、今後両者が競争の中で、どのような展開をするのか・・・ということが重要になります。
競争優位を判断するのは、様々な要素を検討する必要がありますが、(今回は短期のキャッシュフローにその要素を限定しているので)キャッシュフローから、将来の競合関係を考えて見ます。
僕が最も重要視するのは、すなわち「企業を継続するために、どれほどの投資が必要であれるか」という点です。。この視点で両社の数字を分解すると、
A社__50%
B社__35%
「追い上げる側の」B社の方が、営業C/Fに対する投資C/F比率が小さいことがわかります。
絶対額で比較した場合には、A社の投資額は、B社のおよそ4倍もあります。(両社のシェアの違いは、そんなに大きくありません)
一般的には、シェアを拡大する(追い上げる)方の企業のほうが、営業C/Fに対する投資C/F比率は(あたりまえですが)増大しますし、またシェアは競争優位上、最も有効な要素の一つのはずです。
ところが、この2社の属する市場は、ほぼ飽和状態にあるため、この一般論が通用しないというわけです。
この2社の比較の場合、圧倒的にB社の将来の競争力が強いと判断できます。
それでは、この両社の商品に、その投資額ほどの大きな魅力の差があるかといえば、少なくとも一消費者としてみた場合の差など、事実上ありません。A社の投資が、B社に比べて大きいわけですから、商品上の差がでて当たり前なのですが、今のところ(A社の次期商品が出ていない=投資分が商品力にまだ反映されていないので)その差はほとんどありません。

以上を(極めて簡素に考えると)B社の競争力の方が明らかに高く、A社は、現在のシェアを維持するために、営業C/Fの多くを投資にまわさなければならない実態が明らかになります。
(しつこいようですが、短期の数値を使った、簡素な競争評価です。実際の詳細評価の場合、A社の投資キャッシュフローの中身を分析し、将来の需要に答えることができるのか否かを検討する必要があります。)
実際、長期では、B社は常にシェアを伸ばしています。
この業界の場合、一般消費者が他者の商品に乗り換える際の消費者側の「乗り換えコスト」が比較的高いにもかかわらずです。
さらにこの「乗り換えコスト」の大部分は、法制度の改正により、あと2年ほどでかなり小さくなる予定です。
僕だったら、B社の「一時的な悪いニュース」によって、株価が下げたときに買いを入れます。(実際、超短期のA社のシェアの伸びが、めずらしくB社を上回ったニュースのために、B社の株価が下落しています。以上の考察に限定した場合、買いと判断します。)
ただし業界シェア3位企業C社の今後の動向は見逃せません・・・現在は、ある事情があって、C社の株価が動かない状況にありますが、僕個人は、実はC社に非常に興味があります。
以上が、短期のC/Fから企業の競争優位性を判断する「ごく限られた条件の中での」例です。

一方、キャッシュフローは、単独企業の経営方針を如実に表します。
ある貿易関連企業D社は、ここ数年急速な(会計上の)増収増益基調にあります。
株価は(少なくとも短期では)急騰しています。しかし結論から言えば、僕はこの企業は買えません。
この企業の会計上の2003年12月期(前期)数値は、以下のようになっています。
売上高__18,278
経常利益_ 1,097
当期利益_  638
一方キャッシュフローは、
営業C/F_-1,079(マイナスです)
投資C/F_ - 21
財務C/F_1,223
つまり、簡単に言えば、会計上の利益は増収増益であるにもかかわらず、キャッシュフローはマイナス(つまり現預金残高が減少)です。
現預金に関しては、マイナスという数字はありえませんから、その分この企業は、財務的に資金を調達しています。変ですよね。
変だな、不思議だなということを感じたらどうするか・・・B/S、P/Lに目を通します。
この企業の場合、B/Sを見ると、その中身がわかります。
B/S上の「流動資産」の比率は、総資産のなんと90%以上です。
これだけみれば財務体質は悪くありません。いや非常に良いわけです。ところがその流動資産の内訳を見ると、流動資産の半分以上が「売り掛け」という債権になっています。
つまり「契約はしているが、現金にはなっていない」資産が、この企業の資産の大部分だというわけです。
果たして本当にこの売り掛けを現金として回収できるのか?
問題は、売り先にあります。ここでは説明を割愛しますが、僕はこの企業の売り先の詳細を手にすることができませんが、その地域(国外)を考慮した場合、債権回収に多少の疑問は残ります。
よって、僕個人は、いくらこの企業の会計上の利益が増収増益で、かつ株価が急騰していても、買いません。
さらに負債・資本(つまりB/Sの貸し方)をみると、これまた驚きます。
流動負債の大部分が、「買い掛け」という債務です。流動資産と流動負債を加味して言えることは、先の「契約はしているが、現金の動きは無い」ということになお確信が持てます。
つまり買い入れは債権者がそばにいる国内(支払いをとぼけるわけにはいかない)で、売り先は、遠い海外(相手に契約キャンセルをされた時の対処に時間とコストがかかる)・・・う?ん、もし僕がこの会社の経営者なら、不安で不安でたまりませんね。
(当該企業の有価証券報告書には、物品の納品は代金の支払い後なので、いわゆる「とりっぱぐれ」が無いと記述があります。確かにとりっぱぐれは無いかもしれませんが、過去に計上した利益はなくなる可能性があります。)
「じゃあ、出も入りもないのなら、心配ないじゃないか」と思われる人もいるかもしれませんが、そうはいきません。
なぜなら、会計上の利益に基づいた現金支出があるからです。つまり税金です。
増収増益ですから、税金は払っています。もちろん言うまでもなく、営業上得られるキャッシュ(営業C/Fがマイナスですから)を超えた税払いをしているわけですね。
ものすごく極端に言えば、税金を払うために財務C/Fで補っているといえます。
僕の判断基準では、「絶対に買ってはいけない企業」となります。
もちろん、僕の心配をよそに、この企業は今期しっかり(前期の)売掛債権を現金として回収でき、営業C/Fも今期大幅に向上するかもしれません。ですから、以上は当該企業が「会計上の数字を良く見せるための、数字操作をしている」とは言い切れません。
しかし投資をする上で大切なことは、「儲けようとするより、損をしないようにする」ということですから、投資対象にはなりえないということになります。

以上は、しつこいようですが、短期の数値に限定した企業評価の一例です。実際、本気で当該企業への投資を考えている場合には、企業の(少なくとも3期分の)過去の業績から、その傾向を判断しなければなりません。
しかしキャッシュフローは、会計上の数値より企業実態を如実に表すということはご理解いただけたのではないでしょうか。

上記企業の数値を参考に「会社四季報」をめくり、「一体どの企業だ?」などと探ることに大きな意味はありません。大切なのは、以上の「考え方」、「分析の仕方」ですから、そこらへんを参考にしてください。

以上、キャッシュフローの重要性についてのエッセイでした。

2004年7月12日 板倉雄一郎





エッセイカテゴリ

スタートミーアップインデックス