「Disclosure means Fairness」(フェアであるということは、情報開示をするということである)
By Yuichiro ITAKURA.
一つのケーキを、二人で平等に分ける方法ご存知ですか?
もちろん、分子レベルで、完全に均等になるように、ケーキを切断することなんて不可能ですから、物理学の話しではありませんよ。
ご存じない方は、ちょっと考えてみてくださいね。
答えは、最後に書いてあります。
それまでしばし、僕の「独り言」に付き合ってください。
まあいいじゃないですか、SMUはこれをもって最終回ですから・・・・
僕が代表取締役を務めていた株式会社ハイパーネットの倒産から、早7年。
「社長失格」のヒットによって、多いときには年に100回以上の講演依頼を受け、多いときには10社を超える企業の顧問や外部取締役になり、ベンチャーキャピタルを創業し、その後、いくつかの本も出版しました。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、糸井重里氏の「ほぼ日刊イトイ新聞」では、「懲りないくん」という週間エッセイを展開しながら、「過去や将来なんてどうでもいい、今を楽しもう」という生活を、赤裸々に書いていたこともありました。
この7年間の僕の行動から、「板倉は再起を果たした」と評価する方もいらっしゃいましたし、「会社潰しておいて、呆れるよ」と評価する方もいらっしゃいました。
どちらも、間違っているとは思いません。
しかし、僕の7年間は、常にイライラの連続でした。
過去の失敗に対するイライラでもなければ、世間が評価する自分と自分が評価する自分のギャップに対するイライラでもありません。
「本気で、再起を果たそうとしない自分に対するイライラ」が、常に僕の中にありました。
もう5年も前のことですが、「うちの取締役になって、金融や証券を学ばないか?」というお誘いを、某中堅証券会社の取締役から直々に頂いたことがあります。
彼らの提案は、僕に金融・証券を学べる環境を提供し、一方で、僕に「オンライン証券売買システム」の開発を任せるというものでした。
「いずれそうなるんだろう」と、未来予測の得意な僕は、彼らの提案を、面白そうだと、思いました。
しかし、僕は、その面白そうなお話を、少し迷った後、その場で、お断りいたしました。
その役員の「板倉さんは、金融とか証券とか、わかっていないでしょ?」という言葉が、お誘いをお断りした最も大きな原因でした。
彼は、発売されたばかりの「社長失格」の内容から、僕の「金融システムに対する理解の欠如」そして「企業家精神」を同時に読み取ったのでしょう。
「あいたたたた、痛いところを突かれたな」というのが心の内でした。
しかし一方で、「このまま先方の懐に入ってしまったら、彼らの常識の範囲でしか、学べなくなる」という思いが、僕の中に鮮明に浮かび上がりました。
つまり、何度も書いているように、バイアスの存在です。
それも、現在の僕が、最も非難するブローカレッジのバイアスです。
当時の(いや今でも)彼らの「体育会系」のノリを、僕は好きになれませんでした。
同時に、資本主義社会のまさに「コア」であるところの「金融・証券」について、誰か全面的に信頼できない相手から学習したくはなかったのです。
なぜなら、金融・証券は、ビジネスの中のビジネス・・・まさに、これ以上は無い「頭脳と経験の勝負」の世界・・・だから、変なバイアスによる教育をされ、その上でさらに失敗などしたら、次が無い・・・僕は本当に立ち直れなくなる・・・そう感じたからです。
僕は、可能な限りニュートラルに、可能な限り信頼できる相手から学びたいと思うようになりました。
残念ながら、全面的に信頼できる誰かは、少なくともこの日本では、見つけることが出来ませんでした。
「自分で、学習するしかないな。
まあ僕には、学習の結果を検証するための過去の経験があるし、
ネットのおかげで、リアルタイムに様々な情報を入手できるわけだし。」
細々とベンチャーキャピタルを経営しながら、一方で個人投資活動をはじめ、そして様々な書籍などの情報を元に、もともと頭の構造が向いていると感じていた経営、経済、そして金融・証券について、腹の底に落ちるまで時間をかけ、理解を深めてきたというわけです。
様々な角度から「お金」について考える過程で、別々の事象として理解していたことや経験したことが、少しずつ結びつき、あるとき、「お金に関することすべては、同じ理屈で動いている」ということに気がつきました。
つまり「お金の根本原理」に、やっとこさ、たどり着いたというわけです。
しかしこの時点では、原理にたどり着いたに過ぎません。
その原理を紐解き、これまでに無い新しい何かを生み出すこと無くして、理解の意味など全く無いと思っています。
しかし僕は学者ではありませんし、学者になりたくもありません。
僕は、以上の理解を実践し、実績を残したいと思うようになりました。
そのきっかけにならないだろうか?
このエッセイシリーズは、なかなか動き出さない自分への戒めと励ましの意味をこめて、
「スタート・ミー・アップ」とさせていただいたというわけです。
学習したことを文章にしたり、他人に教えたりすることによって理解を深める。
昨年の春、名古屋の友人たちに背中を押され、僕は少しずつ、自分のスタートアップを始めました。
「お金の理屈」に焦点を絞り、気の向くまま進めてきたスタートアップは、ようやく、完了しました。
すべてを理解できたなどと思っているわけではありません。
知れば知るほど、理解が進めば進むほど、自分が如何に無知であるかを思い知らされます。
おそらく死ぬまでそうなのでしょう。
だから、いつまでも勉強は必要です。
ですが、いつもまでも「机上の勉強」ばかりでは、何も生み出せません。
ここから先は、経済的なリスクを取り、実際のリターンを長期間積み上げるしかないということです。
「これ以上は、実践するしかない」
そう思ったことが、僕のスタートアップの完了というわけです。
今の僕には、たいした経済的資源はありません。
しかし、この体(玉ねぎの皮一枚ほど成長した脳みそと、よくしゃべる口)、そして何より、互いに信頼し尊敬しあえるパートナーに囲まれ、しばらく忘れていた「勇気」を取り戻すことができました。
最後に、自分自身の価値について、このWEBのPV(ページビュー)によって自信を持たせてくれた多くの読者の皆様へ、この場を借りてお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
板倉雄一郎 2005年2月4日
PS:
っていうか、以上のような、湿っぽい感じって、僕に似合わないのですよぉ〜(笑)
なので、数日後から、新しい連載「Keep It Simple , Stupid」
略して「KISS」を「ほぼ毎日エッセイ」として始めます(笑)
題名からお分かりのとおり、「物事単純化して考えよう!」という軸に沿って、やたら難しそうに装っている金融や経済、そして経営について、単純化して表現してみようではないか! というわけです。
数式や理論を持ち出せば、確かに書く労力は軽減されるのですが、「だれでもわかる表現」には、それ以上の価値があると思っているわけです。
それと、「おりおば(おりこうさん と おばかさん の 経済学)」についても、なかなかわかってくれない出版社など放っておいて、このWEBで、「少しずつ」発表していきますね。
つまり、「KISS」と「おりおば」の二本連載のスタートってことです。ははは(笑)
これからも、よろしくでぇ〜す!
問題の答え:
まず二人のうち、どちらか一方が、現実的に可能な限り2等分になるように、ナイフを入れます。
次に、ナイフを入れるのを見ていたもう一方が、どちらか一片のケーキを選択します。
ただ、それだけです。
自己責任とフェアが合体した瞬間です。




















