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ITAKURA’s EYE 「週末の徒然形式私見」

週末の徒然を書きます。
2010年も1月の終わりになって、やっとエンジンがかかってきました(笑)

なんだかいろんな人騒がせなニュースが多い昨今ですが、全体を通して感じることは、

「みんなイイワケばっかりだな」と思うことです。

その昔、日本人には恥だとか自尊心だとか、そんなことが心の多くを占めていた時代があった「のではないか」と思うのですが、今はどうでしょうか。

ちょっと前まで、僕は、「違法でなければなんでもあり」、という考えに対して、「適法か否か以前に職務責任において是非を考えるべきだ」、と主張してきましたが、今は、「違法でもバレなければいい」とか、「違法でもイイワケ上手ならば大丈夫だ」、みたいな方向に日本人の品格がまた一段下がってしまったように思います。

その上、そういった品格を下げている方々が、そこらへんの馬の骨なら、「あほなやつ」で終わりですが、社会に大きな影響力を与えること間違いなしの方々(政治家、芸能人、スポーツ選手など著名方々)が、「バレるまでは、ヘーキでいいわけをし続ける姿勢」を、連日ネットやマスメディアで見せ付けられている人・・・特に子供・・・は、どんな人格になっていくんでしょうね。

 

そんな偉そうなことを言える立場でもありませんけれど。

 

<トヨタ車・リコール問題>

トヨタは世界の2大マーケットからいじめられています。

これ、「部品の共有化によるコストダウン」という、
「何も起こらなければ素晴らしい手法」だったことが、
「何か起こってしまったら影響が広範に及ぶ」というダウンサイドリスクの顕在化ですよね。

部品の共有化をすればするほど、たった一つの部品に不具合が生じた場合の業績に与えるマイナスの影響が大きくなるわけです。
そこで重要なのは、その部品に不具合が生じる可能性ですが、これは重要ではあるが実際には測定不能だと思いますし、論理的に正規分布を頼りに確率を算出し、

「部品共有化によるコストダウン効果」と、
「部品不具合時に発生するであろう業績下落」 * 「部品不具合発生確率」
を比べて部品共有化をどこまで進めるかの意思決定をする・・・

なぁ~んて、めんどくさいことを主張してもビジネススクールでちょいと点数を稼げる以上の価値は無いと思うので、ここはベタで・・・

「高品質ブランドが、高品質維持の努力を忘れた日」

と、「ブランドにあぐらをかいちゃいけまへんで!」という応援の言葉で。

 

高効率は、「何か起こった場合の影響が大きい」、ということと表裏一体なのですよね。
馬車より自動車の方が遥かに時間効率がいいけれど、事故った場合の被害は自動車の方が大きいですよね。

ネットの普及は、それ以前に比べ、様々な効率を上げてきましたが、ウィルス被害、サーバー障害、ネットワーク障害、イイカゲンなネタやエロネタ情報の氾濫、など、何かあったらその波及が急速で大規模になるわけですよね。

益々、「ダウンサイドリスク限定、アップサイドリスク(理論的に)無限大」、というポジションが今の時代に合っているのだろうなと思う次第です。

 

<政治献金>

またぞろ政治献金システムについての改革論が出てきそうですが、最終的には、「すべての政治献金は個人献金にすべき」だと思います。

というのは政治に限らず、あらゆる社会構造の問題解決の根本的手法として、「資金のバイアスの最適化構造」が効果的だと思っているからです。

過去にもいくつか書いたことがありますが、たとえば・・・

アメリカに、「コンシューマ・レポート」という、あらゆる商品の消費者の立場での評価を掲載する雑誌がありますが、この雑誌、「一切の広告が無い」代わりに、「消費者の雑誌購買売上」によって経営されているわけです。当然ながら、商品を販売する企業のバイアスは排除でき、消費者は本当に必要な情報を入手できるというわけです。

間違った例としては、日本の視聴率調査があります。
本来、視聴率が必要であるはずの広告主からの資金は間接的にしか入っておらず、視聴率が高いことが収益増に繋がるメディア側がその費用を、少なくとも直接は負担しているおかしさがあるわけです。
だからと言って、視聴率調査に偽装がある、と言っているわけではありません。しかし、視聴率を今以上に正確に把握できるシステムへの移行を、なんだかんだイイワケしながら先延ばしにすることぐらいは、違法でも偽装でも無いですから、その可能性は否定できないですよね。

また、監査法人と企業の関係についても同じことが言えますよね。

参考エッセイ:ITAKURA’s EYE 「グル?」

このように、「資金のバイアスの最適化構造」が成されている場合とそうで無い場合では、問題解決の手法が異なります。
成されていない場合には、たくさんの「ルール制定」が必要になり、
なされている場合には、「システムそのものが問題解決をしているので」、ルールが少なくて済むわけです。

結局人間のすることですから、「だれからカネもらうの」ってことによるバイアスは常にあるわけですよね。
だから、「構造そのもの」を、「誰が必要としているのか」という視点から最適化することが最もシンプルで効果的なのだと思います。

 

たとえば、板倉雄一郎事務所の場合、過去にはそりゃぁたくさんの広告出稿問い合わせがありましたが、一切受け付けませんでしたし、今後も受け付ける予定はありません。
そのおかげで、僕の「言いたい放題」が続けられるというわけです(笑・・・それが僕の収入においてよいか悪いかは置いといて)

 

ネットの社会でも、何でもかんでも「無料」が常識でしたが、当然ながらそれを支えてきたのは広い意味での広告収入です。

でも、それも折り返し点に達しているんじゃないでしょうか。
本当に必要な情報を手に入れるためには、自らお金を支払う。

当たり前のコンコンチキだと思います。

 

もちろん、広告モデルがすべてダメだなんて思いません。

たとえば、テレビの「お笑い番組」であれば、広告モデルのほうが良いと思いますし、フリーペーパーモデルは間違っているとも思いません。

 

構造も、使い分けですよね。

 

 

<マクロ経済学>

公開された、日銀の99年7月~12月の決定定例会合議事録を読んでみました。

結局、マクロ経済の先行きなんて誰にもわからない、と、いつもの結論が出ただけでした(笑)

 

今日はこんなところで、皆様良い週末を。

 

2010年1月29日 板倉雄一郎





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