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ITAKURA’s EYE 「ナンセンス政策案」

昨日(2010年2月17日)、鳩山首相は、「企業の内部留保への課税を検討する」と発言しました。

これ、常々、日本共産党が主張するところの、「労働配分が減り企業の内部留保が増えたことが、雇用環境の悪化を招いたのだ!」とする・・・

ものすごくマヌケな発想に基づく主張

に対する首相からの回答ということになります。

日本共産党が、ワーワー言うだけならほっとけば良いのですが(笑)、民主党までもが「検討する」などと言い出す始末ですから、書かないわけには行きません。

民主党にも、日本共産党にも、もっと企業財務について「基礎的なこと」を勉強してから政策について発言いただきたいと思うところです。

 

そもそも、「内部留保」とは、そのままジャブジャブ現金があるということを指しません。

つまり、「内部留保」=「余剰現金」、ではありません。

企業会計上、過去から積み上げられた税引き後の利益を、設備や在庫など再投資というカタチで保有する場合も、(減価償却や在庫評価減の分、毎年減りますが)内部留保としてカウントされます。

つまり、会計上の内部留保は、現金だけでなく、設備や在庫などのカタチとして、既にキャッシュアウトされた資産も含むわけです。

そして、設備や在庫を取得するためのキャッシュアウトは、中小企業などを通じて、労働配分の原資となっているわけであって、大企業だけが現金を溜め込んだ結果というわけではありません。

 

過去にも書いたことがありますが、2000年以降~リーマンショックまでの期間・・・つまりアメリカが過剰消費していた期間・・・日本企業の多くは、過度な設備投資を行ってきました。
(トヨタのレクサスブランドなんかがその代表です。過度な設備投資だったとは、今になっていえることではありますが。)

このことは、バリュエーション(=企業価値評価)を通じて、キャッシュフローから分析すれば明白なことですが、当時のバリュエーション時にも・・・

「売上高は成長しているが、投資CFが相当に多く、場合によっては、営業CFを上回る投資CFが継続する企業も多数あり、投資家に帰属するフリーキャッシュフローは、いつになったら得られるのだろう?」

といった疑問が沸いてくるほどでした。

(投資家に帰属するCF = フリーCF = 営業CF から 投資CF分を差し引いた値。
 キャッシュフロー計算書上では、キャッシュアウトがマイナス表記になるので、
 計算式上では、フリーCF = 営業CF + 投資CF
 あくまでザックリ計算の方法ですが)

 

日本共産党のマヌケさは、これら過去の設備投資などが、回りまわって中小企業を通じ、従業員への配分になっていることを理解できていないことにあります。

何度も書いていることですが、企業のコストとは、それが設備投資であれ、原材料であれ、なんであれ、突き詰めれば、人件費と資本コストの二つに集約されます。

したがって、この数年間、増加した企業の内部留保のうち、在庫積み上げや設備投資の大部分は、回りまわって人件費として従業員の給与などに配分されて「きた」わけです。
(もちろんすべてではありませんし、リーマンショック以降は、それまでの過剰な設備投資が抑制されているどころか企業のバランスシートは縮んでいます。)

ですから、大企業の内部留保が増え、労働配分が減ったことを観て、そのまま、「俺たちの分が取られた!」とするのは、明らかにマヌケな発想です。

つまり、労働者は、そういった恩恵を受けてきているわけで、大企業の内部にだけキャッシュを溜め込んだというわけではないのです。
つまり、内部留保の一部が、「実質労働配分」となっている点を見逃しているわけです。

もちろん、内部留保が全く余剰現金化していない、と主張しているわけではありません。

(設備投資については、企業会計上、複数期に渡って減価償却費として計上されるので、キャッシュアウトが直ちにコストとして計上されるわけではありません=キャッシュアウトしているにも関わらず内部留保が減るわけではありませし、原材料の在庫についても、それが倉庫で眠っている間は、コストとして計上されるわけではありません=キャッシュアウトしているにも関わらず内部留保が減るわけではありません。そしてどちらのキャッシュアウトも、中小企業を通じ、労働配分の原資となっていることを無視することはできません。)

 

以上は、彼らがマヌケというよりは無知という範囲ですが、彼らをマヌケと評するのは、民主党や日本共産党の思惑・・・それは雇用増や、労働配分増といったところです・・・にはならないどころか、全く逆の効果(・・・実質労働配分が減少し、雇用が失われる)に至るということです。

内部留保に対する課税が行われた場合に考えられる経営者の行動は・・・

1、投資家への還元

現金としての内部留保が潤沢にある企業の場合には・・・

配当可能利益があれば、配当性向を高めることによって株主への配分がされるでしょう。
配当可能利益があろうが無かろうが、経営者が自社株が「割安だ」と判断すれば、自社株買いによる株主への還元がされるでしょう。

このことは、内部留保課税がされれば、株主からこういった圧力がかかることになるのは明らかです。

2、有利子負債の返済

有利子負債があり、且つ、純有利子負債が総有利子負債にくらべ小さい企業(=つまり、有利子負債があり、余剰現金が潤沢にある企業)の場合には・・・

金利を支払った上に内部留保に課税されるなんてバカバカしいことをするぐらいなら、最適DE比率を維持できず資本コストが多少上昇しても、有利子負債を返済することになるでしょう。

このことは、経済全体を縮小均衡させる結果になり、雇用確保とは全く逆の方向に進むことになるでしょう。

3、さよならジャパン

これ、説明する必要はありませんよね(笑)

国内の雇用が失われるのは火を見るより明らかです。

 

つまり、彼らの無知に基づく稚拙な政策案は、彼ら自身の支持基盤の首を絞める結果になる可能性が極めて高いというわけです。

 

その他の鳩山首相の「検討します発言」について・・・

「所得税の最高税率の引き上げ」・・・

これは、リーマンショック以降の世界のトレンドですから、「ある程度は」仕方ないと思います。
しかし、富裕層の「さよならジャパン」の傾向は、益々強くなることでしょう。

「証券優遇税制の見直し」・・・

これについては、過去にも書いたことがありますが、特にキャピタルゲイン課税については、「低すぎる」と思いますので、暫定税率前の20%程度までの引き上げは、(デイトレ排除という効果も少々あり)、賛成します。

 

彼らが自らの首を絞めるだけなら、勝手にどうぞ! となりますが、彼らの政策が、経済のパイを縮小させ、労働機会を減少させ、企業を海外へ送り出すバイアスになるとすれば、お話にならないわけです。

民主党への政権交代について、昨年は、「面白そうだ」と僕自身も思っていましたが、蓋を開いてみたら、民主党政権は、この国をダメにしてしまう可能性が高いと思います。

 

断っておきますが、僕は、労働者の敵でもなければ、資本家の犬でもありません。

この両者は、どちらかの意見に世論や政策が傾き過ぎることが最も危険なことです。

 

無論、余剰現金(←内部留保とは全く異なります)をたくさん抱える企業経営には賛成できません。

余剰現金が多ければ、企業のROIC(投下資本利益率)を押し下げてしまいますから、投資家としてもリターンの減少となり歓迎できません。

個人であれ企業であれ、「溜め込む行為」は、経済全体に対してマイナスであることは明らか・・・というより、それ自体がデフレーションの原因でもあるわけです。

しかし、企業であれ個人であれ、先行き不透明な現状では、リスク回避(=継続性の維持)のために、投資や消費を抑制することはいたしかたありません。

先行き不透明であることの大きな原因は、企業経営にあるのではなく、政治にあるのではないでしょうか

その解決策を、稼ぎ頭であるところの企業の競争力を奪うカタチで企業に負わせるのはナンセンスです。 

 

2010年2月18日 板倉雄一郎





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